58『呼び出し』
《特殊魔物科一年、杉原圭一。至急校長室までお越しください
繰り返します、特殊魔物科――》
学園に戻った俺を待ち受けていたのは、校長からの呼び出しだった。
まるで俺が帰ってくるのを見計らったようなタイミング……俺、何かしたか?
実家で色々あって疲れてるってのに……一息ついてたらこれだよ。
呼び出されるような心当たりは無いんだが。参ったな
何だってんだ……休む暇もありゃしない。
「呼ばれていますよ。至急と言われていますが」
「分かってるよ。俺何かしたかなぁ……」
『What did you do?』(あなた、何したの?)
ユイを軽く撫でつつも、突然の呼び出しに緊張してきた。
この……なんていうか胸の奥がムズムズするような……
どうにも好きになれないな。それは俺だけじゃないはずだ。
とりあえず俺は部屋に荷物を置いて校長室に向かう。
そういえば、前先生が言っていたが……この学園は半分が幻覚で作られているらしい。
長い廊下も幻覚のせいで果てが無いように見えるが、実際は突き当りもある。
それなのにきちんと生活できるし、生徒同士でのトラブルも見ない。
そのあたりは流石先生といったところなのだろう。
学園の素材に用いられているのは金で縁取られた木材。赤い絨毯が良く映える。
窓もきちんと開くことが出来るし……いくつものカーテンが廊下を彩っている
これが幻覚だなんて信じられないな……
階段を進み、職員室を抜け、しばらく歩いた先に校長室はある。
校長室に続く専用の廊下は殆ど歩く者が居ない為、いつでも新品同然だ
まぁこの学園は掃除が行き届いているからどこも綺麗なのだけれど……
鮮やかな茶色と臙脂色の壁の中、きらりと輝く豪奢な校章。
校章の下には一際立派な扉と煌びやかな金のラインが見て取れる
その中心には白金で彫り込まれた『principal’s office』の文字。
校長室には始めて来たけど……流石は学園の頂点だ。
扉も雰囲気も格が違う。
アリスはポケットから顔すら出さず、ユイは心なしか怯えているような……
「大丈夫なのかお前たち」
『A no problem!』(大丈夫!)
「べ、別に……私はこの程度で怯んだりしま、しませんッ」
微笑ましい奴等だ……
とりあえず俺も服装を整え、軽く深呼吸し……扉をノックする
――コン、コンッ コン、コンッ
「――入りなさい」
「失礼します」
静かにドアノブを回し、俺とユイは校長室に入る。
校長室は箱庭で見た場所とほぼ同じ景色が広がっていた。
違う所と言えば、大きな階段が無くなっていることくらいか
正面にはこれまた立派な机。大きな椅子には校長先生が腰掛けていた。
入学式の時見た常闇のような服とは少し違う……立派なローブを身に纏っている。
青い髪に良く映える金色の瞳、服の上からでもわかる豊かな双丘。
まるで年齢を感じさせないその肌はユイと並べても相違ないほど白く美しい。
……やはり美人だ。どことなく笑顔なのがより一層整った顔立ちを際立たせている
ってちょっと待て……笑顔、だと!?
「ふふ……よく来たわね」
「あの……校長先生、俺が何か……?」
「別に何も咎めるつもりは無いわ。少し頼みたいことがあるのよ」
いつになくご機嫌な校長は自らの青い髪を指先で弄りつつ微笑む
頼みたいことってなんだよ……嫌な予感しかしない。
「貴方は、降魔伝説を知ってるかしら」
「あー……昔この世界に舞い降りた七匹の魔物の話ですよね。
えっと確か、天変地異を引き起こして各地に散って行ったっていう……」
「そう。その魔物たち、『七天』は各地で有り余る魔力を振りまき
豊かな土地を作り出し……人間の繁栄を少なからず支えているのよ。
その中でも数匹は力ある人間に打ち倒されたり、封じられたりしたらしいわ」
「それが、何か……?」
俺が尋ねると、校長先生はにっこり笑って一枚の紙を取り出した。
その紙には『水姫祭』と言う文字の下に青い女性のイラストが描かれている
冷たい瞳、半透明の体、淡い水色の服。
流れる川のように清らかなその髪はとても長く……
透明ながらも形を保つその手には、透明な槍が握られている。
どこか悲しげなその表情は、イラストといえど美しかった
「水姫祭……?」
「ここからは少し遠いのだけれど、南の街で開かれるお祭りよ。
毎年、梅雨の時期を乗り越えたことに対して水姫に感謝するお祭りなの。
水姫はかつて水害を引き起こした七天の一匹とされていて……同時に『水を司る』魔物よ」
「まさか……その祭りに参加してこいと?」
「別に一人で行けなんて言わないわ。特殊科のメンツと、暁を同行させるわよ」
何だかんだで参加することは決定事項らしい。
俺の予定とはだいぶ違うが、何はともあれ夏祭りだ。
どうしてこう……夏祭りってのは聞くだけでわくわくしてしまうんだろうな




