56『実家』
『くっくっく……主人に触れて悪かったな。白いの』
声と共に俺の目の上から腕らしきものが退けられ、俺の視界は明るくなる。
と、同時に俺の視界に飛び込んできたのは……小太刀を構えたユイと母さん。
ベキベキと淡く光る氷を纏うユイは臨戦態勢だ。
ユイの紅い眼が睨む先には……さっきまで俺の視界を封じていたであろう人物。
身長は高く、髪は茶色と緑が混ざり合う微妙な色彩を放ち
その体は女性らしい丸みを帯びてはいるが、蔦が絡む木肌や蟲の甲殻に覆われ、
さらにその背には蟲の翅と鳥のような翼が生え、足元は透き通る水。
腰元からは鱗に覆われた尻尾が緩やかに蠢いている。
色白な肌に映える紫と緑のオッドアイが、俺を見つめていた。
なんというか……色々盛り沢山な美女である
『どうだ。驚きで声も出まい』
ふふん、と自慢げにたわわな胸を張る不思議な女性。
甲殻やら木やらに覆われているとはいえ、見事な肢体を強調されては直視できん。
「地皇様。あまりうちの息子をからかわないでくださいな」
「紫苑さま……同族とはいったいどういう意味ですか」
「そのままよ。ユイちゃん」
母さんは穏やかな微笑みを絶やさない。
ユイの同族だって……? どこをどう見ても別種族だろ。
っていうかユイがいつの間にか母さんを様付けで呼んでるとはこれ如何に
『我の事を忘れてしまったというのか……哀しき哉』
「この匂い、懐かしいとは感じていましたが……まさか」
『我が名は地皇。かつてこの地を滅ぼした『自然を司る』魔物であるぞ!
はーっはっはっはっは……我が力の前にひれ伏すがいい!』
高々と言い放った女性の正体は、『生きる伝説』だった。
「……マジで?」
~
『……と、いうわけでだ。我はずっと見守っていたのだぞ圭一よ』
「んなこと言われても……」
茶室の真ん中で俺を含めた三(四)人は座布団に座って話すことになった。
聞いた話によると『自然を司る』魔物である地皇は地震を引き起こすだけでなく
自然災害を抑えたり、山の自然を豊かに保ったり……凄い魔物らしい
地皇がこの地に住まうかぎり、この地は安泰だという。
にしても……伝説の魔物がこんな身近に居たなんて……
『それより、お主は何をそんなに驚いておるのだ?』
「いや……災害系っていったら、大昔の伝説だし……まさか実在するなんて」
『「……」』
……三人の視線が、俺に集まる。
俺……何か言ったか?
「はぁ……」
「うふふ、鈍いのね」
『まさか気づいていないわけではあるまいな……』
ユイは冷たい吐息を漏らし、母さんは微笑み、地皇は呆れたように俺を見つめる。
どういうことだ……? 気づいていないってなんだよ
『(まぁ、世の中には知らなくても良いことで溢れておる)』
「(そうね。知らないままの方が面白いかもしれないわ)」
「(……私としてはどちらでも構わないのですが)」
三人が俺を見ながら何か言っているが、どうにもよくわからん。
何だっていうんだ……
「それより、圭一。貴方……課題があるんじゃないのかしら?」
「……そうだ! 母さん、魔太蛇尾ってしらないか? あと、手頃な♀魔物」
「あらあら。女の子の魔物なら目の前に居るじゃない」
「違う! 使い魔とは別に触れ合わなきゃいけないんだ
だから、できれば野生の魔物で……」
「居るじゃない」
母さんはニコニコ微笑みつつしなやかな指で地皇を指差している。
そうか……っていやいやいや。確かに♀の魔物だけどさ。
っていうか魔太蛇尾の正体は未だ分からずじまいだ。
またたび……? いやまさかな。
『我と触れ合いたいと申すか。何をするにしても、優しく……頼むぞ?』
「何で乗り気なんだよアンタ!」
「課題として触れ合うなら使い魔である私が先です!」
「お前キャラ崩壊してんぞ」
「それじゃあ、一通り終わったら呼んで頂戴」
母さんは引き留める間もなく茶室から出ていき、
……俺は、二匹の『魔物』に囲まれていた。
~黒館~
「ちょっと柊!! どーいうことなの!?」
「申し訳ありません……」
黒館の書斎。
書類の山を叩きつけ、怒鳴る少女が一人。
千切れたアホ毛をぴこぴこ動かすその様子はどこか微笑ましい。
アサギに深々と頭を下げたまま微動だにしない柊の陰には、
カラフルな少女たち、colorと大きな布に覆われた少女、キャロルが隠れていた。
「突然消えたことはもういいとして、どうしてキャロルがうちに居るのよ!」
『……っ』
「旦那様のご厚意でございます……お嬢様」
キャロルはビクッと体を震わせ、柊の後ろに隠れる。
それに対しアサギは軽くため息をついて書斎の席を立つ
「んもぉ……何ビクビクしてんのよ! ほら、出てきなさいッ」
『……!?』
アサギはキャロルにスッと手を差し伸べた。
「折角来たんだから……少しくらい遊んでいきなさいよ」




