53『お出かけ』
魔物がざわつく中、悠然とお茶を飲む女性。
輝かんばかりに美しかった薄紫の着物は、今や魔物の赤黒い血と肉片に塗れていた
するとどこからか雑巾と木桶を抱えた子供が駆けてきて、
放射状に飛び散った血をせっせと拭き始めた。
白い髪をリボンで束ねた齢10歳程度の少女である。
少女は血の染みた雑巾をぎゅうぎゅうと絞りつつ、女性に話しかける
『紫苑様っ お召し物は如何なさいますか?』
「大丈夫よ」
女性は優しく囁くように言うと、穏やかな微笑みと共に立ち上がり
汚れていない右手で少女の頬をぷにぷにと弄び始めた
『っ……』
「ふふ、かわいいわ」
紫苑と呼ばれた女性はひとしきり少女をぷにぷにすると、
満足したのか上機嫌で屋敷の廊下を歩いて行った。
~流星学園・666号室~
「何故急に山へ行こうなどと……」
「俺の実家は霊山って山の頂上にあるんだ。
そんなに高い山じゃないし、魔物がいっぱい住んでる山だからな……
課題は野生の魔物と遊ぶことだし……丁度いいだろ」
俺の実家は霊山という山にあるのだ。
霊山には魔力を持つ植物が沢山生えていて……降魔の森とよく似ている
昔、霊山には神様が住んでいると教えられたことがあるが
まぁ神様なんてのはそこらじゅうに居るもんだからな。スルーしよう
霊山は割と凶暴な魔物が多いし、人が住めるような場所ではないのだが
何故か俺の家は霊山の頂上にある。
理由は知らない。物心つく前には移住していたしな。
それに……俺がまだ子供だったころから魔物をよく見かけていたけど
襲われたりはしなかったし……親父は知らんが母さんは今も住んでるはずだ。
「えーと……一通りの道具と地図。護身用の武器は……必要ないな」
俺は必要な道具をバッグに詰め込み、上着を羽織る。
アリスをポケットに収め、水分食料OK。よし……大体こんなもんか
「さて……行くぞ」
「付き合わされるこっちにの身にもなってください。いい迷惑ですよ」
ユイは尻尾をパタパタさせながらドアに手を掛ける。
久しぶりの外出だから嬉しいのだろうか、ユイは時々犬っぽくて困る
口ではそっけない事言っておきながらも、ユイの体は正直だ。
~
「あーもしもしBBA? 夏休み入ったから後輩連れて帰るわ。
あ、それと魔物と触れ合う課題が出たからさ、その辺よろしく頼む」
『お線香用意しておいてねーっ』
《腹空かせて来いやクソガキ共が……ッ》
――ブツンッ
「……よし」
浩二はパタン、と携帯を閉じ、高い空を仰ぐ。
~流星学園・特殊科教室~
「……」
皆帰ってしまった教室の中。暁が教卓の傍に佇んでいた。
教室にはもちろん誰も居ない。
「……どうして皆さん帰ってしまうんですか……
確かに帰っていいとは言いましたけど、私夏休みは特にやることないんですよぅ……」
譫言のように呟く暁の傍には、いつの間にか柊が佇んでいた。
その傍らには数名の小さな女の子も居る。
「暁ー」
「おひさーっ」
「元気だったぁ?」
「暁……貴女が私を呑んだせいで、お嬢様に何かあったら承知しませんよ」
「皆さん……お姉さま。お会いできて光栄です」
暁は柊に向かって深々と頭を下げ、ふっと微笑む。
いつしか、紫色だった暁のメイド服は深青に染まっていた
「さて、この私を一晩も拘束したからには責任を取ってもらいますよ」
「そんな……私が何かしたわけではありませんよ。
それは、お姉さまも良くわかっているはずでしょう?」
「確かに。一定の範囲内に入ると吸収されてしまうのは私も知っています。
けれど、吐き出すのは貴女の匙加減でしょう。早く開放することも出来たはずです」
深紅のメイド、柊は色と真逆の冷たい瞳で暁を睨みつけた
顔のつくりや体つきがほとんど同じな二人ではあるが、性格は少し違う。
「……などと話している暇はありません。お嬢様の元へ行かなくては……」
「じゃあねー」
「また会おうね、暁」
柊は幻影の如く姿を消し、colorも一緒に消えていった。
そして再び教室に一人残された暁は、しゅんと肩を落とすしかなかった
~
「……」
「……」
『?』
「何故、何も話さないのですか?」
「話すことがないからだよ」
いい感じに舗装された道路を歩く俺とユイ。あとアリス。
公式連盟のバッジをつけたテイマーに会釈し
辺りをふらつく手乗りの魔物をどこか遠くへ放り投げ
写真取らせてくれと迫ってきたケモナーを一蹴し
それでも諦めず、抱っこしていいかなと言い寄ってきた会長を一蹴し
そんなこんなでしばらく歩いていくと、街並みのなかに大きな山が姿を現した。
山の周りをぐるっと囲むように道が作られており、頂上には巨木が聳えている
「まさかとは思いますが、貴方の実家はあの山の頂上ですか?」
「そのまさかだよ」
~
『……』
巨木に腰掛け、山に踏み入る二人を見つめる人影。
鱗に包まれた尻尾を揺らし……その瞳は穏やかな光を宿している
『……客人か……紫苑に伝えねばな』




