50『狂気+元狂気=混沌×2』
小柄な人物が扉の向こうに消えてから、数分。
見慣れた金色の滴が、扉を突き破り俺とユイの前に現れた
いとも容易く破られた扉の隙間からは……
これまた見慣れた金髪の小さな人形が遠慮がちに顔を覗かせた
「アリス?」
ぎいっ、と扉だったものをこじ開け……出てきたアリスの表情は暗い
どこか寂しげなその瞳は虚空をじっと眺め
その小さな両手には金色の鍵を抱えている
見たところ服や体に怪我は無いようだが……
「大丈夫だったのか? 中で何があったんだ」
アリスは首を振り、俺に向かって金色の鍵を差し出してきた
この鍵は……無限回廊で見たものとよく似ている
しかし俺が見たものより……何というか、古びた色合いである
「その人形……瘴気がこびりついていますね。嫌な匂いがします」
ユイが吐き捨てるように呟き、壊れた扉の向こうを睨む。
「瘴気……?」
「えぇ。これは……魔物の匂いです。かなり強いですね」
びりびりと刺すような冷気がその強さを物語っている
ユイが強いと言うならば相当な魔物なのだろう
「アリス、あの中に何か居たのか?」
『I do not understand it』(分からない)
アリスはぼんやりとどこかを見つめながら文字を浮かべ
もぞもぞと俺のポケットに潜り込んでそのまま大人しくなってしまった
さっき扉の向こうへ行った人がどうなったのかも気になるが……
アリスが戻ってきたからにはもたもたしている暇はない
何だかんだで鍵も手に入ったし。あとはゴールを目指すだけだな
~
キィンッ!
目もくらむ銀の閃光と共に鋭い金属音が鳴り響く
紺と黒が混ざり合う部屋の中、黄色く光る瞳が四つ。
『……っ』
キャロルはギッと白い歯を剥いて、四方からナイフを飛ばす
しかしナイフは虚空を切り裂き、闇色の壁に突き刺さった
飛び交うナイフの軌道の先には闇色のワンピースがひらひらと靡いている
その袖に繋がれた鎖は妖紀が動くたびにじゃらじゃらと音を立てていた
「あなたが遊んでくれるの……?」
ひょいひょいと舞うようにナイフを避ける妖紀は笑顔である
妖紀がぱちんと指を鳴らすと、数本の触手が音もなく飛び出しキャロルを狙う。
それに対しキャロルは槍と言わんばかりの巨大なフォークを構え、突撃した
ギィンッッ!
黒と銀が混ざり合い、部屋に閃光が走った。
銀のフォークは崩壊し、キャロルはとっさに受け身をとりつつナイフを飛ばす
ナイフを軽く避けつつ微笑む妖紀の傍には、数本の触手を持つ闇色の怪物が蠢いている
「壊しちゃだめだよ? でぃあぼろ~♪」
キャロルが飛ばしたナイフを怪物が弾き落とし、再び触手がキャロルを狙う。
『……!』
弾幕の如く飛び交う銀食器は触手を弾き返し、切り落とす。
しかし闇色の触手に触れた銀食器は次々とその形を失っていく……
息つく暇も無く襲い来る触手にキャロルは息を切らし始めていた
キャロルのスタミナは無限ではないのである。
触手を回避しつつ銀食器を飛ばす攻撃も、銀食器が無くなれば勝ち目は無い
終わらない攻防を終わらせるべく、ついにキャロルは言葉を紡いだ
『……動くな』「!」
音もなく伸びる触手と妖紀の体が固定される。
しかし闇に潜む怪物は新たな触手を作り出し、キャロルを狙う
雨のごとく降り注ぐ闇色を潜り抜け、キャロルは妖紀の懐に潜り込んだ
—―ガキンッ
銀の槍と鉛の鎖が火花を散らし、妖紀はくすくすと笑みを零す。
「ねぇ……もっと踊ってよ」
『……ッ』
キャロルは手にしたナイフを突き出す。しかしそこに妖紀の姿は無い
「そろそろ、私も動いちゃおうかなぁ~……?」
『!』
キャロルの背後で妖紀は溜め息を漏らし、闇に潜む怪物を撫でる
「ねぇ、ねぇ、貴方は殺してもいいの?」
~
狼の獣人であるユイが驚異の嗅覚を発揮し、ゴールは意外とすぐに見つかった。
アリスのことがなければもっと速くゴールできたはずなんだが
そもそもアリスが鍵を持ってこなかったらゴールは出来なかった訳で……
扉に鍵を差し込み、開け放つ。
その扉の向こうには再び大きな階段が姿を現した
「まだ先があるのか……いつ終わるんだ」
『タイムは37分18秒か。評価は2だな』
「……?」
どこからか声が聞こえ、同時に俺のテンションがガタ落ちする。
評価……2? いや確かに手こずってはいたけど……2って……
「早く行きますよ。私は早く休みたいんです」
「そうだな……もういいや」
やれやれと肩を落とし、階段を進む。
~
階段の先には休憩室のような空間。
学科ごとに仕切られたスペースの特殊科と書かれた札の下、先輩方とノワールがいた
「……お疲れ様」
「よう圭一」
「……」
「あれ……アサギはまだですか?」
「まだ来てねぇな」
アサギが俺より遅い……? 柊さんを連れていたのに?
あいつはあんまり手こずったりしないようなイメージがあるんだが。
「それより、見てみろよ杉原」
藤野先輩がちょいちょいと手招きして壁に取り付けてあるモニターを指差す
そこには、各生徒のタイムと得点。そして順位が映し出されていた
「これ……圧倒的すぎませんか?」
順位を見た俺が呆れたように言っても、藤野先輩はいつものことだと笑う
「――俺たちはまだまだ遅い方だぞ?」
「……え?」




