46『常識って何だっけ』
2F迷宮のとある通路。
するする動く植物少女、プラムを連れた桜は辺りを見渡しつつ歩いていた
とは言っても、プラムは『成長する』魔物なのでゴールの場所が分かったりはしない。
かといって全く役に立たないというわけではない。
桜はプラムを連れてあちこち歩き回ることで、プラムはその道を記憶し
同じ道を通ることを避けるのである
プラムはどの道を通っても同じように見える迷宮では、割と役に立つ魔物だ
『成長する』という力に、もはや上限は存在しないのである。
「ここって……さっきも通ったかな?」
『……あっち』
プラムが黄緑色の蔓で方向を示し、するすると移動してゆく
そしてそのあとを桜が追いかけるといった作業の繰り返しである。
単調ではあるが、もっとも確かな方法で桜はゴールへと近づいていた
『?』
ふと、曲がり角の先でプラムが立ち止まる
「どうしたのプラム」
数秒遅れて桜が追いつき、プラムが見つめる方へ目線を向け……
……硬直する。
「……!」
白い通路に停滞する黒い塊。
音もなく渦巻く黒い『何か』は通路を埋め尽くし、
その中心には水色の瞳が燦然と輝いていた
『……ん? 圭一を気にしてる女子じゃない。何してんのよこんなとこで』
「いや、あの……私も一年生ですし……」
『そんなことどうでもいいわ』
「えぇ……?」
ずるりと暗闇から黒い腕が伸び、白い壁をぺたぺたと撫でる。
桜は首をかしげながらその様子を見ていたが……
『……何見てんのよ』
「えっ? あ、ごめんなさ……」
桜が謝りつつ俯いた瞬間、ギャリンという微妙な音。
そして何かが金属を引きずりながら這っていくような音に、桜が顔を上げると
そこに暗闇は存在せず、ただどこまでも真っ白な通路が広がっていた。
壁には刃物でこじ開けたような大穴が空いており
穴の傍には深紅のメイド服を纏う女性。柊が立っていた
「あ……」
『?』
「貴女のご健闘をお祈りしております。どうか、良き結果を残せますよう……」
その瞬間、桜の視界は歪み、捩じ切れ、混ざり合い……
気が付いた時には柊はおろか、大穴すらも消えていた。
「あれ……?」
~
『破』
『壊』
白い壁に次々と文字を描き、打ちこわし、突き進むノワールは少し不機嫌であった。
会話に混ざれなかったことに対して……それもあるが、そうではない。
ノワールは『具現化する』魔物である。
文字に書いた方がイメージしやすいため、彼女は文字を具現化することを得意とするが
その気になれば思い描いたイメージを具現化することもできたはずである。
それなのに、できなかった。いや、しなかったのだ。
「……」
どうして、しなかったのか。
ノワールはぐるぐるとその理由を考えてみる……が、答えは一向に出てこない。
『貫』
赤い光線が白い壁を幾重にも貫き、やがて消える。
すたすたとひたすら直線を進んでも、ゴールである扉は出てこない。
ノワールはふっと俯き、深呼吸する
『……♪』
……と、すぐ隣を楽しげに駆けてゆく少女が視界に入った。
大きな布で全身を覆った、その人物は駆けてゆく最中一本のナイフを通路に落とした
「(あの人は……さっき食堂にいた人? でも、スミレ先輩と……あれ?)」
ノワールは白い通路にきらりと光るナイフを拾い上げてみる
豪奢な模様が刻まれた銀のナイフだ。見るからに高級なものである
「……待って。落としたよ」
『!』
裸足で走っていた少女は立ち止まり、くるんと振り返る
そしてノワールが持つナイフを見つけ、てこてこと近寄ってきた
そしてぶかぶかの袖に包まれた手で銀のナイフを受け取ると
そのまま白い床にガリガリと傷を付け始めた
『♪』
傷は徐々に文字のようになっていき、
拙い形ではあったが、いつしか白い床には感謝を示す五文字が刻まれていた
そしてノワールに向かってぺこりとお辞儀し、少女は去って行った。
しばらくの間、その後ろ姿を見つめていたノワールではあったが
ふと気が付くと、ノワールは何だか胸のつかえが取れたような気分になっていた
それが少女の無邪気さによるものなのか、それ以外なのかは定かではない
~
「さぁ先生方。ついに出番ですよ」
「私たちが出たところで何も変わらない気がするんだけど」
「今年もひどい有様だ……我らの合作がまるで意味を成していないでは無いか」
「毎年の事ですよ……頑張りましょう」
「毎回毎回……特殊科は粒ぞろいだなぁ、負けてられん」
「まぁ負けてるけどな。毎年惨敗だろーが」
「静かにしろ悪魔風情が。祓うぞ」「黙れ聖人気取り。焼くぞ」
3F・教師待機室では、流星学園の教師陣が溜め息交じりに話していた。
教師は普段出番が少ないだけに、彼らの使い魔はやる気に満ちている
流星学園の教師は皆、Aクラス以上のテイマーである
となればその使い魔は幾年も生活を共にしたパートナーであり……
……当然、生半可な魔物ではない。
「各学科の頂点は誰なのか。見せつけてやりましょう?」




