43『三年生の威厳』
分かれ道だらけの真っ白な通路を浩二は人魂と共に歩いていた。
分かれ道の先にはまた分かれ道。
曲がり角を曲がれば再び曲がり角が現れる。
そんな果てしない迷宮を歩く浩二の表情はどこか余裕に満ちている
「姉貴、ゴールはどの方角にある?」
『ちょっと待ってて』
浩二の傍を漂う人魂は白い壁をしゅるんと擦りぬけ、数秒で戻ってきた。
『今は北東にあったよ』
「北東か……そういや移動するんだったな」
『私見てきた意味なくない?』
「やっぱ誰か『捕まえた』方が手っ取り早いな」
浩二は呟きながら白い通路を曲がる。
「うーん、やっぱり壁『切り崩した』方が早いかな?」
『にゃあ(どうでもいいよ)』
「ん?」
……曲がった先には黒猫を連れた生徒会長が居た
明るい茶髪を腰元で結び、少し控えめな胸には『会長』のバッジが輝いている
壁を見つめて首をひねるその姿はどこか怪しい。
その傍で毛づくろいする黒猫の前足には鋭い刃が備え付けてある
「……ケモナー会長じゃないか。その猫貸してくれよ」
「!」
『んにゃ?』
浩二が声をかけた瞬間、会長の動きが止まった。
会長は頬を一瞬で真っ赤に染め、壁の一点を見つめている
「おい、無視かよ」
『にゃあ~ん』
クロナは物怖じせず浩二の足元に擦り寄る
スリスリ。スリスリ。……ガリッ「痛……っ!」
「懐くな黒猫! 爪が引っ掛かって痛いんだぞ」
『にゃあ?(だめなの?)』
「まぁいいや。なぁ会長、こいつ貸してくれないか」
足を摩りつつも再び浩二は硬直する会長に尋ねる
会長は真っ赤になりながらも言葉を紡ぐ
「え、えと……浩二君? クロナを何に、使うの?」
「何って、決まってんだろ。壁壊すんだよ」
『にゃあん……んにゃお(切り刻むのは得意だよ……頼って頼って)』
スリスリ。
クロナは懲りずに浩二の足に摺りつく
「痛いっての。全く……」
浩二は足をガリスリするクロナを抱き上げ、撫でる
クロナの爪は常備されているため、擦り付かれると痛いのである
「クロナを貸すって……ダメだよ。そんなの……うちの子、だし」
会長はたどたどしく言うが、浩二はまるで動じる様子もなく……
「やっぱダメか。ならいいや」
『にゃ?』
浩二は抱いたクロナをじっと見て、にいっと怪しい笑顔を見せた
そんな浩二の周りをふわふわ漂う人魂が、ぼんやり青い光を放ち始める……
「――姉貴。頼むぜ」
『まかせて』
「え?……まさか、ダメだよ」
浩二は会長の静止を無視しクロナを放り投げ
くるくると宙を舞うクロナの体に人魂がしゅるんと吸い込まれていった
『……!』
「クロナ!」
会長は慌てて自らの相棒を抱きかかえる。
……が、クロナは押しのけるように会長の腕から脱出し
あろうことか浩二の足元で毛づくろいを始めた
「クロナ……?」
『にゃおん』
「……よし。んじゃ遠慮なく借りていくぜ」
ずるずると、クロナの毛色が藍色に染まってゆく……
浩二はひらひらと手を振り、会長に背を向ける
そして藍色の猫がそのあとを追う。
真っ白な通路に一人残された会長は、ただ茫然とその後ろ姿を見つめるしかなかった
「え……?」
~
「えっと……ここも行き止まり? 困ったなぁ」
真っ白な突き当り、桃色の地図を広げて首をかしげる蓮華はぶっちゃけ迷っていた。
相棒のアルメリアは擬態する魔物である。
何かに成りすまし、自由にその姿を変えることが出来る魔物なのだ
地図に成りすますというアイディアまでは良かったのだが、
予想以上に迷宮は広く、蓮華は自分がどこにいるかすらもよくわからなくなってしまっていた
『……誰か来る』
「……?」
――キィンッ
甲高い音と共に、白い壁が崩壊する。
銀色に輝く爪刃。淡く光る藍色の毛並み。
そしてそれにまたがる白い学ランの男子生徒。
藤野浩二が、そこにいた
「おう、蓮華じゃね―か」
「こ、浩二君……? その子、まさか」
「会長から借りたんだ。便利だぞこの猫」
蓮華はとっさに自らの相棒を隠す。
浩二の使い魔の恐ろしさを蓮華は理解しているのだ
「けど、やっぱ闇雲に進んでもゴールにゃ辿り着かないな」
「そ、そう……なんだ……お互い、頑張ろうね」
蓮華はそそくさとその場を去ろうとするが、銀の刃が往く手を阻む。
「ちょっと待てよ蓮華。お前良いもの持ってるじゃねえか」
「!!」
にやりと笑う浩二の瞳は蓮華の相棒を見逃さない。
「それ、貸してくれよ」
――――
箱庭2F・大迷宮。
普段ならば入り組んだ迷路と仕掛けられた数々のトラップがあるはずなのだが……
とある男子生徒とその使い魔により、迷路の壁はくり抜かれ
固定されたゴールまでを貫く直線が出来上がっていた。
おかげでほとんどの三年生は素晴らしいタイムでゴールした。
結局……数々のトラップは全く機能せず、数名の『脱落者』を出しながらも
経験豊富な三学年の出番は幕を閉じた。
一人、圧倒的なスコアを叩き出し、
並み居る三年生の頂点に立った男子生徒の名は言うまでもない。
~休憩所・簡易食堂~
「次は私の番……」
三年生の出番が終了したことを伝える放送の後、スミレ先輩は呟いた
仮面の下から覗くその瞳に、楽しげな光を宿して。




