39『温もり再び』
~無限回廊~
「んじゃあ、ちょっと耳塞いどけよ」
白衣の生徒はそういうと戦車に乗り込み、漆黒の砲身を壁に向ける
俺は言われた通り耳を塞ぎ、ユイは目を閉じてリラックス。
すると見る見るうちに紫色の液体が砲身の中へ滑り込んでいき……
次の瞬間、無限回廊は黒く染まった。
一拍遅れて響く轟音に俺は思わず目を伏せる
しばらくの間、こだまする爆音にユイはただ静かに耳を傾け
やがてその余韻が消えると、「成程」と呟いた
「どうだ? ユイ」
俺が尋ねると、ユイは地図を要求し……軽く唸りつつ首をかしげている
「この感じからすると……すでに辿り着いているような気がします」
「……はぁ?」
「ですから、打ち込んだ場所の向こうに空間があります。
さらに左右に広がる通路のことも考えると……この響き方からしてその空間は
立地的に『こうちょうしつ』である可能性が高いのです」
再びガコン、と戦車のハッチが開き白衣の生徒が顔を覗かせた
「……マジで?」
「ですが……開けることはできませんね。
この空間に掛けられている呪いを解かない限り、この先には進めません
……けど、近くに術者がいる様な気がしますね」
~
『ど、どうしましょう……何か嫌な予感が……』
『わたわたするな! そこらの置物倒したりしたら一発で見破られるだろ』
圭一たちから十数メートル離れた場所。
柱の裏からじっと様子を伺う二人の少女が居た
『でも……このままじゃ追い詰められちゃうかも……
っていうかどうしてこんな場所で見てるんですかぁ……?』
『いいから静かに! 絶対に何にも触っちゃだめだからな』
『それにしても……綺麗な場所ですね。学校って言うんですよねこの建物』
『聞けよ!』
『あ……ほら、見てくださいよこれ。綺麗ですよ』
『バ、バカ! 触るなって――』
~
――――ガシャンッ
「!!」
「……ん?」
どこかで何かが割れる音がした。
……何だ……?
「こっちですね」
「あ、おい待て!」
紅い眼を輝かせたユイが白い風となって通路を駆け抜ける
通路が白いせいで一瞬見失いかけたが、俺も慌てて後を追う
――
『(ど、どうしましょう……指が痛いです)』
『(このバカ!! 逃げるに逃げられないじゃないかぁ……!
いいからじっとしてろ、絶対に感づかれちゃだめだからな!)』
『(は、はい……)』
――
30mほど走っただろうか。
真っ白な通路の所々にある柱の近くで、ユイは立ち止まった。
少し遅れて追いついた俺は、思わず首をかしげてしまう
「なんだ? これ……」
ユイがじっと覗き込む床には、青いガラス製品の破片が散らばっていたのだ
屋敷の廊下のあちこちに置いてある花瓶やらタイルのような……
そんな感じのどこかで見たような色合いのガラス片である
普段なら誰が割ってしまったのかと思う所だが
このどこまでも真っ白な無限回廊ではとても不自然に見えた。
「この破片……まさか」
「今まで見た限り、ここにはこのようなガラス製品はありません。
恐らく学園の廊下に置いてある花瓶の一つですね」
そういったユイはひょいひょいと破片を摘みあげてゆく。
そして数分もしないうちに綺麗な青い花瓶が出来上がった
「やはり……術者がここにいたという証拠ですね。まだ近くにいるはずです」
俺とユイは辺りを見渡すが、人影は見当たらない。
強いて言うなら、黒い戦車がこっちに向かっているくらいだ
「なぁ。近くにいるなら『アレ』撃ったら当たるんじゃないか?」
「名案ですね」
『Hey, do you not smell of the blood?』
いつの間にかポケットに移動したアリスが微妙な顔をして俺に何かを訴える
と、ここで俺はとあることに気が付いた。
柱の陰に、紅い点が一つあるのだ
赤黒いそれはまるで血のような……ってか血だなコレ
ユイが気づいていないってのはどういうことなんだろうか
嗅覚が優れているユイならすぐに気が付きそうなものだが……
ユイではなく、人形であるアリスが先に気付いた。
ちなみにユイは白衣の生徒と何やら話し合っている
さらに良く見てみると、真っ白な通路に点々と紅い血が滴っていた。
まだ乾いていないそれを辿ってみると……
「壁……?」
真っ白な壁沿いに小さな血だまりが出来ていた。
これはあれだろうか。隠し扉的な?
とりあえず押してみよう
――むにゅ。『(ひゃっ!?)』
「……?」
……何だ? 柔らかい感触が……
しかもあったかい……何処かで触ったような温もりだな
そっと手を動かしてみると、幸せな感触が俺の手を包む
この感じ、入学式の時のあれと似てるような……
いや、俺の目に前にあるのは壁だ。真っ白でまっさらな壁だ。
しかし触ってみると柔らかい。しかも温かい。さらには激しい鼓動すら感じる。
…………。
『What are you doing?』
アリスが不思議そうな顔をして俺を見上げている。
いや、何でもないぞ? ホントに。
俺は何も見てないし、何も触っちゃいないさ。




