37『無限回廊』
「私は一足先に屋上へ向かうわ。あとは任せたわよ」
『……あ、はい。えっと、足止めしておけばいいんですよね? 玲紀さん』
『お手並み拝見ってところね。白帝の力を見定めてやる……っ』
とある部屋に、画面越しにユイと圭一をじっと見つめる二人の少女がいた
その片方、少し偉そうな少女の手には金色の鍵が握られている
校長は「せいぜい頑張りなさい」と良い残し、ふっと姿を消した
『さて、と……私たちも行かなくちゃですね』
『ここから出なきゃ鍵を取られやしないのに……めんどくさいルールだな』
―――—
「ユイ……どうするんだよ」
「どうするもこうするもありません
傷がついていないんですよ? どういうことかはすぐわかるでしょう」
……などとユイは言うが、俺にはさっぱり訳が分からない。
傷ついてないって言ったって……そもそもここは先生方が作った場所だろ?
だったら何でもありってのが基本ルールだと思うんだが。
「……この通路はすべて幻覚である可能性があります
おそらく感覚を狂わせる類の魔物ですね」
「だったらなんだっていうんだ?」
「だったら、幾ら進んでも同じ場所を廻るだけであると考えられます。
この空間では私たちの感覚はすでに何者かの支配下にあるのかもしれません」
……つまりどういうことだ?
俺たちの感覚が当てにならないってことは……この通路は目の錯覚?
いやいや目の錯覚とは違うな。どっちにせよ視覚は当てにならないらしい
「で、どうするつもりなんだよ。歯がゆいんだが」
「……最終手段としては、やみくもに切り刻めばそのうち本体に当たります」
「初っ端から最終手段かよ……」
――「言っとくが、それは使えないぜ」
ふと、背後から声が聞こえた。
とっさにユイが小太刀を構え、俺の後ろへ回る
俺が振り返ると、そこには変な『戦車』があった。
霞んだ漆黒のボディに紫色の液体が絡みつき、液体に浮かぶ目玉がギョロリと動き
ふと気が付くと、いくつかの目玉が俺を見つめていた
……キモッ、いや怖っ、何だこれ……
「何者ですか?」
ユイが小太刀を握り、戦車を睨む
「あっ、悪ぃな……ビビらせちまったか?」
ガコン、と戦車のハッチが開き
中からぼさぼさした頭の男子生徒が出てきた。
ボロボロの白衣を着ているが、白衣の下には俺と同じ学ランを着ている
……生徒か。恐らく俺と同じようにここに入ったんだろうな
「お前は……一年か? なら教えてやる」
「……えっ」
「見ての通り、この戦車は俺の相棒だ。
……で、実はさっきから自慢の砲をぶちかましてはいるんだが
状況はまったく変わらん。物理的な力は通用しないんだ
おまけに前後左右の感覚が狂ってやがる。ここはひとつ協力といこうじゃねぇか」
白衣の生徒は、にぃっと笑い一枚の紙を俺に手渡した。
紙にはつたない線で地図のようなものが描いてある
この地図……まさか
「学園の見取り図……?」
「おうよ。この無限回廊は学園の通路そのものを繋げて作ってあるんだ
だから幾ら進んでもぐるぐる回るだけ。永遠に脱出出来やしない
ここが学園の中だとするならば、考えられる出口は二つだ。そうだろ?
片方はこの学園の出入り口。校門だと思う。
もう片方はこの学園の絶対的聖域、校長室。
そのどちらか、または両方が2Fに続いている……はず」
「どうやってそんなことを突き止めたんですか?」
「随分と詳しいようですね。もしかしたら学園側の回し者では?」
「砲を撃ったときの爆音の響き方を計算してみたんだ。
だが、俺の耳じゃぼんやり形を突き止める程度しかできないんだよ
めちゃくちゃになった前後左右を掴むには、もっとすぐれた聴覚が必要なのさ
ってなわけでだ。お前の使い魔、見たところ獣人っぽいし……協力してくれ」
なるほどな……確かに理に適ってはいるが、にしてもよく喋るなこの人。
ってかそれ以前にここの形を突き止めた時点で人間離れした聴力だと思うんだが。
確かにユイの聴力なら人間の数十倍はあるだろうし
……大きな音を聴けば、その響きで方向も掴めるだろう。
悪い話じゃ無いな
~
『■■■■■――ッ!』
「はぁーっはっはっはぁ!! その程度かボスモンこらぁ」
『……にゃう(調子乗りすぎ)』
巨大なトカゲが地響きと共に床に沈む。
大きな鉈を担いだ生徒会長・粟木ルイは高笑いし、鋭い爪を舐める黒猫を撫でる
部屋の中は大きな切り傷で埋め尽くされていた。
「お疲れ様、良く頑張ってくれたなクロナ」
『にゃあ(触んないでよ、毛並み乱れちゃう)』
「そんなに嫌がらないでくれよぅ……帰ったらカニカマあげるからさ」
『にゃあぁ……ん♡』
「クロナ……ちょっと現金すぎやしないか?」
ボスモンであるトカゲ型の魔物の強靭な鱗も、クロナにかかれば紙同然。
やがてトカゲの体が砂となって消えていき、そのあとには金色の鍵が残った
ルイは鍵を拾い上げ、にっと笑う
黒猫はくるんと一回転し、中々の美少女に姿を変えた
暁先生とは違い、黒い猫耳と細長い尻尾は常備してある。
少女の手には鋭い刃が付いた黒いグローブがしっかりとはめられていた
ルイは頭一つ分ほどの身長差がある少女を抱きしめ、緩い笑みを浮かべている
「よしよし……今回もなかなかいいタイムだ。なぁクロナ」
「……んにゃお(浩二君には負けてるけどね)」
「な、何だよその微妙な目は。ほら、早く2Fへ行こう」
~
『……』
箱庭の真っ白な壁の前、大きな布で頭を含めた全身を覆い隠す少女が立っていた。
その手には小さなスプーンが握られている
――『強化』




