36『頑張るあの娘』
「皆、広いから逸れないようにね」
「「はーいっ」」
真っ白な箱庭のとある通路には、とある一団が居た
がさがさ蠢く緑色。ちらほら見えるカラフルな花弁。
そしてその下には数名の生徒が話しながら歩いている
そう、植物科である。
「(どんな仕組みになってるんだろう……先生って凄いなぁ)」
その集団の一番後ろに、桜は居た。
その足元には桃色の花を揺らすプラムがとてとて歩いている
「ねぇプラム、抱っこしてあげようか?」
『……ん』
小さなプラムは斜め上を見上げ、桜の顔を見つめて両手を広げる体制をとった
恐らく抱っこしてくれということなのだろう。
プラムは桜と出会ってから文字通り目覚ましい成長を見せ
今となっては言葉を理解するのはもちろんのこと
ある程度なら言葉を話すこともできるようになっていた
プラムを抱きかかえた桜は遅れないように歩く
それからしばらく歩き、植物科は分かれ道に出くわした。
二つに分かれた道の片方には真っ白な扉。
もう片方には果てしない通路が伸びている。
「どうしよっか、あんまし分散すると連絡取りずらいからなぁ……」
花形のコンパスを手に、蓮華が顎に手を当て考える
植物科の代表は当然のことながら三年生の蓮華だ。
学科の生徒をまとめるのも、行き先を決めるのも代表の役目である
とはいっても、悪魔科を始めとしたいくつかの学科はフリーにしていたりもするが。
基本的に代表は経験豊富な三年生が務めるが
学科内でもっとも強力な使い魔を持つものが代表に抜擢されることもある
使い魔は人間と契約を結んだ魔物のことである。
始めから強力な魔物もいるが、使い魔の大半は人間と絆を深めることで環境に適応し
その能力ともいえる役目は強力になってゆく。
もちろん魔物は人間とは違うため、意思疎通に苦労することが多い
一流のテイマーは命を懸けて強力な魔物たちの気持ちを理解する。
そしていずれは最高のパートナーを見つけ、生涯を共に過ごす
この対抗テストでは、いかに使い魔と協力するかですべてが決まる。
使い魔の力、特徴、性格を理解し、上位を目指すのだ
蓮華の掌でくるくる回るコンパスが往くべき道を導き出す
「よし、皆! あの扉は何の部屋か分からないし、ここはスルーしよう」
「はーい」
続く直線の通路に向かって、賑やかに話しながら植物科の生徒は歩き出す
「今回は団体行動っすか? 蓮華先輩」
「三個に分かれてるなら分かりやすいんだけどね……扉一つじゃ絞れないよ」
「あっ……ちょっと待ってプラム、どこ行くの?」
「そうそう、ボスモン部屋になんて出くわしたら共倒れよ」
「運よくゴールエリアに出れば安全に2Fに行けるけどな」
「そんなうまくいくもんかねぇ」
「三分の一だから可能性はあるよねー」
「待って! ダメだよプラム、そっちに行っちゃ……ねぇ待ってよぅ」
「まぁ安全策を取ろうぜ。アルメリアより的確なレーダーはそうないさ」
「今回はボーナスゲットできるかなぁ?」
「できたら俺、後輩ちゃんと夏祭り行くんだ……」
「志望フラグってな」
「いいねぇ きっと浴衣似合うんだろうな」
「綿飴おごってあげたいな」
「ちょっと、桜ちゃんは私たちと海に行くの!」
「海か……浴衣も良いけど、水着も見たいなぁ」
「どっちにせよ眼福だ。いいねぇ」
「後輩ちゃんのおかげでうちは一気に華やかになったよな」
「それどーいう意味?」
「……」
「……ってか、桜ちゃんは?」
~
「ねぇプラム! ダメだよ、こっちに来ちゃ皆と逸れちゃう……」
真っ白な通路を桜は走る。
そしてその数歩先をプラムがするすると移動してゆく
キラキラと尾を引く花粉が流星のごとく白い通路に軌跡を残す
「もぉ、ダメだってばぁ……!」
二つに分かれた道の片方。
プラムは一足早く真っ白な扉に辿り着き、ぐいぐいと扉をこじ開け中へ滑り込む
「あ……」
桜は、さっと青ざめたのち軽く息を整え
それから扉に手をかけた。
――カチャ、リ
『……』
「プラム! ダメだよ勝手に行ったりしちゃあ」
桜はプラムをぎゅっと抱きしめ、引き返そうとする。
《待タレヨ》
「ひゃあぁ!?」
プラムとは違う、機械的な声が桜の背後から聞こえた
「あ、あの……」
桜が恐る恐る振り返ると、白い霧が立ち込める部屋の奥に紅い光が一つ。
ガシャン、と金属音が聞こえ、やがて巨大な機械が桜の前に姿を現した
数本の腕、めちゃくちゃに絡み合ったコード、重厚な輝きを放つ装甲。
辛うじて人型ではあるが、その構造は目視では理解できない。
その頭部にあたる場所には、紅いライトが灯っている。
《一人デ挑ムカ、勇敢ナ挑戦者ヨ》
「~……」
桜はへなへなとその場に座り込み、呆然と目の前に佇む機械を見つめるしかなかった
《我ガ問イニ答エヨ。サスレバ鍵ヲ与エヨウ》




