26『新たな出会い』
~流星学園・屋上~
「あの子が、『神威』……」
ノワールは屋上に佇んでいた。圭一とユイの絡みの一部始終を静観し、会話を聞き取ったノワールはようやくユイの正体に気が付いたのである。
『神威』
ノワールが記憶している目標の名前だ。
人に近い姿をしているとも聞かされていた。全てに辻褄が合う。
「入学手続き、しなきゃ」
さらさらと筆を走らせるノワールの表情はどこか楽しげである。
「やっと見つけた……私の目標」
~
薄暗い幽霊街の大通り。その真ん中をずるずると蠢く黒い魔物がいた。
水色の瞳は淡く光り、禍々しい色合いの体には大きな切り傷ができている。
傷は凍りついているため出血は無いが、魔物の足取りは重い。
辺りの暗闇を取り込み、ギャリギャリと刃を引きずり魔物は進む。
普段は賑やかな街の住民たちも姿を見せない。
大通りを進む魔物を恐れてか否か、幽霊街は静まり返っていた。
聞こえる音はただ一つ、魔物が発する異質な音のみである。
大通りの先にあるのは、古びた洋館。
黒館と呼ばれるその洋館の一室に、灯りがついていた。
~黒館・書斎~
凄まじい轟音と共に、黒館が大きく揺らぐ。
「おっと……帰ってきたか」
紅茶の入ったカップを手に、ファルシオが呟く。
書斎の棚から本が雪崩のように崩れ落ちて来るが、ファルシオは動じない。
「さて、たまには出迎えてやるか」
~
「お嬢様……何があったのです?」
「うるさいうるさい! 私のことなんて放っておいてよっ!」
一瞬で半分廃墟と化したロビーに、アサギと柊がいた。
柊は瓦礫を拾いつつ尋ねるが、アサギは階段に八つ当たりしながら自分の部屋へ向かう。
「お嬢様が暴れるなんてらしくありませんね……玲紀様の元で何か――」
「放っておいてって言ってるでしょ!!」
アサギは声を荒げ、傍に付き添う柊に刃を向ける。
しかし刃は一瞬で瓦礫にすり替わり
「……さすがにそれはひどいんじゃないか? アサギ」
アサギの耳元で、涼やかな声が聞こえた。
「ちょっとパパ! 迎えに来てくれるんじゃなかったワケ!?」
「いやぁそのつもりだったんだが……ごめんよアサギ。怖かったろう」
アサギはファルシオをぐいっと押しのけ睨みつけるが
ファルシオはいともあっさり抱き寄せ、アサギを優しく撫でる。
「べっ別に怖くなんか……っ」
「それに、怪我もしてるじゃないか。全く無茶なことを……」
「平気よこのくらい! 寝れば治るわ」
「どうして出発する前に僕に連絡をよこさなかったんだ? 心配したんだぞ」
「だって……」
「だってじゃない。自分がどれだけ危ない真似をしたかわかっているのか」
ファルシオは釈然とした態度でアサギを叱る。
アサギは罰の悪そうな顔をして俯き、答えようとしない。
「いいかいアサギ。お前が挑んだ相手は僕らがやっと封じた程の魔物なんだぞ?
むしろ怪我の一つくらいで済んだのが奇跡と思えるくらいだ」
「……ごめんなさい」
アサギはしゅんと肩を落とし、自らの足元を見つめている。
「柊、どうか気を悪くしないでくれ。アサギも悪気があったわけじゃあるまい」
「えぇ……分かっております。私はお嬢様の専属です故」
「さて……アサギ。お前は色々学ぶことがありそうだな」
「……ぇ……?」
~流星学園・寮棟666号室~
「で、どうするんだよ」
「私はベッドで寝ます」
「じゃ俺は今日もソファーか。たまにはベッド使わしてくれよ?」
俺がやれやれと軽くため息をつき、ソファーに向かう。
―――ぐいっ
「……?」
学ランの裾をつかまれ、俺は強引にベッドに座らされる。
ふと気が付くとユイ(大)がすぐ隣で顔を赤らめ俺のことを見つめていた。
「な、何だよ」
「私もソファーで寝ます」
「はぁ? なら俺はベッド使わせてもらうぞ」
「……それなら私はベッドで寝ます」
「どっちなんだよ……はっきりしてくれ」
「……」
ユイが少しむっとした表情で俺を睨む。俺にどうしろって言うんだ。
すると……ユイが小さく、けれど確かな声で呟いた。
「一緒に……寝てください」
―――
……そんなこんなで、結局俺とユイはベッドで一緒に寝ることになった。
「……って、流石にこれはまずいだろ」
「何故ですか? 私たちは身も心も一つになるべきです」
背中越しに冷たい感触と艶のある甘い声が聞こえてくる。
流石に向かいあって寝るのは無理だ。精神的に。
今でさえ俺の心臓は爆発しそうなほど高鳴っている。
……何なんだこの状況
「だから、その考えがおかしいって」
俺は悟られまいと必死に平常心を保とうとするが、それもなかなか難しい。
時々揺れ動くふさふさの尻尾が俺の背中をくすぐる。
「これはただの添い寝です。貴方が想像しているようなことは起こりません」
「……それはそれで残念だけどな」
「でも、貴方が望むというのなら……私は――」
――――コン、コン
「……?」
不意に扉をノックする音が聞こえた。誰か来たのだろうか。
「はーい……っと」
俺はベッドから降り、足早にドアへ向かう。
小窓から廊下を見ると、さっきのメスケモ。じゃなくて牙狼さんが立っていた。
その手にはラッピングのされた小さな箱を抱えている。
――ガチャ
「杉原様、暁様より預かった入学祝いの品をお届けに参りました」
「ご丁寧にありがとうございます」
俺は箱を受け取り頭を下げる。そういや後で届けに行くとか言っていたな。
「それでは、私はこれにて」
牙狼さんは深々とお辞儀し、傍にあった窓を開けて外に出て行った。
……って、ここ三階だぞ!?
俺が窓から身を乗り出し外を見てみると、
巨大な灰色の狼がグラウンドに降り立つところであった。
銀色の満月に照らされ、その毛並みはユイとは違えど光り輝くように美しい。
……あの狼、たしか萩原先生の……
狼は暗いグラウンドにおすわりし、俺に向かって一礼するようなしぐさを見せた。
……そうか、今夜は満月だ。
ふと気が付くと、灰色の狼、もとい牙狼さんはグラウンドから姿を消していた。
~
部屋に戻ると、ユイはふて寝していた。
ユイは枕に突っ伏して動かない。……寝たのか? この僅かな間に。
「ユイ……さっき何か言おうとしてなかったか?」
「何でもありません」
ユイはピシャリと払いのけるように言う。
仕方ない……まずは入学祝いとやらを確認してみるか。
白い箱にピンクのリボンで豪奢なラッピングがしてある。
25cm×30cmくらいの長方形の箱だ。厚さは10cmってところか。
リボンの隙間にはラミネート加工がされたメッセージカードが挟まっていた
『圭一君へ
これは私からの入学祝いです。
可愛がってあげてくださいね
暁より』
……
…………可愛がって?
俺は箱のリボンを解き、包装紙を破る。
包装紙の下にはゴージャスな赤地に金色の装飾が入った箱があった。
箱の蓋には金文字でAlice Ⅴerdifoliumと書いてある。
アリス……? 女の子の名前みたいだな。
まさか女の子が入ってるなんてことは無いだろうな。
……俺は恐る恐る箱の蓋を開けてみる。
『……』
「……」
……そのまさかでした。箱の中には金髪碧眼のゴスロリ少女が入っていた。
購買部で見た不思議な人形。まさしくそれである。
布が敷き詰められた箱の中に横たわり、金色の液体が入った小瓶を抱えている。
そして例のごとく俺を見つめていた。そりゃあもうじーっと。
どうすりゃいいんだこの状況。
するとゴスロリ人形アリスは箱の中で立ち上がり、小瓶の栓に手をかけた。
驚いて一瞬箱を落としてしまいそうになったが、何とか堪える。
というより、普通に動いたな……やっぱり生きてんのかこの娘は。
――きゅ、ぽんっ
軽い音と共に栓が抜け、こぽこぽと金色の液体があふれ出す。
「……!?」
絵の具のような金色の液体は滴ることなく空中に留まり、そして形を変え始めた。
『Nice to meet you!』




