23『魔物たちの夜 ‐前編‐』
俺とスミレ先輩が一階に降り、校庭に向かうと、グラウンドをぐるっと生徒たちが囲っていた。
……生徒は皆、怪訝な顔をしてグラウンドの中心にあたる場所を見つめ、
大小様々の個性的な使い魔たちは、心なしか怯えているようにも見える。
グラウンドの中心には、特に何かあるようには見えない。
……目を凝らしてみても真っ暗で結局は何も見えないのだが。
「スミレ先輩……これどういうことですかね?」
「気配……感じる」
「気配って……何のですか?」
「…………魔物」
「……」
くそ……埒が明かん。さっぱり訳が分からない。
相変わらず猫耳と尻尾くっつけてるし……この人は一体なんなんだ?
とりあえず偶然傍にいた男子生徒に聞いてみる事にした。
「あの、どうして皆集まっているんですか?」
「ん……何か知らないけど、校庭の真ん中で二匹の魔物が喧嘩してるんだ。
しかもそいつらは化け物同士らしくて、俺の使い魔も怯えちゃってさ……」
よく見ると男子生徒の肩には、透明なとかげが乗っていた。
保護色か何かなんだろうか……?
「おい耕介! もう一発飛ばせるか?」
「またかよ……めんどくせぇ」
男子生徒は隣にいた背の低い男子に声をかける。
耕介と呼ばれた男子生徒は大蛇にまたがり、大きな光球を作りだす。
バチバチと火花を散らす光球はゆっくりとグラウンドの中央に向かい、そのまま上空から校庭を照らした。
「ほら、あれ見ろよ」
男子生徒が指差す先には、巨大な漆黒の塊。
黒い大福のような物体は光球に照らされ、やっとその形が確認できる程度である。
「アレの中に、その二匹の魔物がいるってことですか?」
「ざっくりいうとそんな感じだね」
すると、傍でじっと『闇大福』を見つめていたスミレ先輩が呟く。
「あの中に……ユイちゃん居る」
「やっぱりですか」
「……でも、あれ壊せない」
「……え?」
「あの大福……空間ごと包んでる。無理に壊したら巻き込んじゃう」
「部分的に壊せばいいんじゃ? 穴開けるとか」
「…………できたら苦労しない」
「ですよねー……」
結局見てるしかないってことか。嫌な展開になってきた。
俺の使い魔、ユイが見知らぬ怪物と喧嘩してるってのに……
ふと……空を見上げると、銀色の満月が煌々と輝いていた。
~
「――っ!」
光が遮断された闇の中、ユイは駆け回っていた。
走っても走っても無数の真っ黒な刃がユイを目がけて飛んでくる。
目視による回避は不可能。音も匂いも感じない。本体を潰そうにも捉えることが出来ない。
ひたすら不規則に移動し続けることで回避するほかなかった。
「何なのよアンタ! 少しはおとなしくしなさいっ!」
どこからかアサギの声が聞こえ、暗闇からいくつもの黒い腕がユイを捕えようとするが、ユイの脚力には敵わない。
「い、や、ですっっ!」
黒い壁がユイの行く手を阻む。それでもユイは見えない壁を何とか回避し再び走る。
しかし避けた先にも黒い壁。引き返そうとしたときには四方を囲まれていた。
一瞬足を止めた刹那、黒い腕がユイに絡みつき、ぎりりと締め上げる。
「く……っ」
「それにしてもアンタ、随分と弱体化したのね。
かつて国を滅ぼした伝説の害魔が見る影もないわ」
暗闇からアサギが現れ、動けないユイを嘲笑する。
ユイは真っ赤な瞳でぼんやりと確認できるアサギを睨みつけた。
「ふふ、アンタはオオカミだもの。満月の光を浴びたかったんでしょ?」
「……」
「でも残念、光を遮断すれば例え満月でもアンタは弱いままなのよ!」
アサギは黒い剣をユイの喉元に向け、力を込める。
――――べキンッ
……その瞬間、異質な音が暗闇に響いた。
「……!」
「な、何よ今の音! 割れるみたいな……」
「小っちゃい子が、もっと小っちゃい子を苛めてる……!」
暗闇に裂け目が生まれ、煌びやかな月光が差し込む。
暗闇を打ち破りアサギとユイの前に現れたのは、深紅の斧を担ぐ少女。
邪龍の姫君、ノワールがそこに居た。
「誰がチビよ! ってか誰よアンタ……どうやってここに!?」
アサギは暗闇を纏い、刃を構え、ノワールを威嚇する。
攻撃的なアサギに対し、ノワールはゆったりと首をかしげ尋ねる。
「どうやってって……ここ、入れない場所なの?」
ビキ。とアサギのプライドに亀裂が入る。
「……言ってくれるじゃない。上等よ! 切り刻んであげるわ……!!」
「……?」
アサギは闇に消え、暗闇が形を変え、ギャリギャリと刃が蠢く。
ノワールは頭に疑問詞を浮かべ、さらさらと紙に文字を描いた。
―――『檻』
するとどこからか深紅の檻が降ってきて暗闇の一部を捕えた。
「……えっ?」
檻の中には困惑した表情を浮かべるアサギが立っていた。
一瞬で刃は砕け、暗闇は辺り一面に霧散し、本来のグラウンドが姿を現す。
檻の中のアサギはへなへなとその場に座り込み、呆然と自らの手を見つめた。
「そんなぁ……どうして?」
アサギは自らの影から刃を作り出そうとするが、彼女の影はピクリとも動かない。
ノワールは困惑するアサギをじーっと見つめ
「……暴れちゃダメ。危険な魔物は隔離しなきゃ」
「だっ出しなさいよ! ねぇ! 出してってばぁ……!」
アサギはどうしようもないと悟ったのか、涙目で懇願する。
しかしノワールは辺りの様子を伺い、満月を眩しそうに見つめている。
「……今日は満月だね。綺麗……」
「!! そうだ……あいつはどこ!?」
「あいつ……?」
ノワールが聞き返した瞬間、グラウンドに冷たい風が吹き荒れる。
「―――呼ばれた気がするのは、私だけでしょうか?」




