17『黒館の少女と』
流星学園のある街とは別の場所、俗に幽霊街と呼ばれているその場所に人知れずそびえる洋館があった。
幽霊街の中心に当たる小高い丘の上に建っているその洋館は、街に住む『人ならざる者たち』が物心つく前から、ずっと同じ場所にある。
黒館と呼ばれているその洋館には、様々な噂が飛び交う。
夜には恐ろしい魔物が現れるとか、
館に忍び込んだものは二度と帰ってこないとか、
子供の笑い声が聞こえたとか、
廊下を彷徨う銀の鎧を見たとか、
一室だけ明かりがついていたとか。
……誰か住んでいるということは確かなのだが、不思議なのは、次の噂。
『誰一人として、館から出てきた者はいない』
誰か住んでいるにもかかわらず、館から出てきた者はいない。
暇を持て余した街の住民が、玄関の前で張り込んだりもしたが、
三日三晩粘ってみても、誰も出入りする者はいなかったという。
……館に住む者たちもこの街の住民だと考えれば、不思議ではないのかもしれない。
~黒館~
柔らかな陽光の差し込む部屋の中。
天涯付きの大きなベッドに横たわり、規則正しい寝息を立てる少女が一人。
そして、ベッドに忍び寄る小さな影が六つ。
六つの影は20cmほどのとても小さな女の子。
赤、青、黄、緑、紫、橙のカラフルな髪と服と瞳を持っていた。
「アサギー朝だよーっ」
「朝だよーっ」
「早く起きろーっ」
「起きろーっ」
「柊来ちゃうぞーっ」
「いたずらしちゃうぞーっ」
「……んー……もうちょっと寝させてよぉ……」
ベッドによじ登り、口々に呼びかける少女たち。
それに対しアサギはごろんと寝返りをうち、毛布を被りなおす。
「アサギーっ!寝たらダメだよ」
「そうだよ、早く起きないと怒られちゃうぞー」
「二度寝したら柊に怒られるよーっ」
少女たちは協力して布団を引っペがし、アサギの体を無理やり起こす。
そしてアサギは眠そうに目を擦りながらもベッドから起き上がった。
「……何なのよチビ達ぃ……こんな昼間っから起こすことないでしょ」
「だってだって柊がー」
「柊が起こせって言ったんだもん」
「私たち悪くないもん」
「ていうかお腹空いたーっ!」
「朝ごはんまだー?」
「いっそアサギを食べたーいっ」
「はいはい……」
ベッドの上できゃあきゃあと騒ぎ立てる少女たちを横目にアサギは髪を整え、服を着替え、大きく欠伸をしながら部屋を出る。その様子はどこか疲れているようにも見えた。
そして少女たちはその後ろを小さな歩幅でわらわらと付いて行く。
~
書斎では赤いメイド服を着た女性、柊がコポコポと紅茶を淹れていた。
柊は部屋に入ってきたアサギを見てにっこりと微笑み
「おや、お嬢様。お目覚めになられましたか」
「おはよ柊……こんな朝から何か用?」
「えぇ、昨日の手紙について玲紀様に問い合わせてみたのですが……」
「あー……あの手紙か。それで、あれには何が書いてあったワケ?」
アサギは大きな椅子に腰掛け、軽くため息をつきつつ尋ねる。
柊は紅茶に砂糖とミルクを入れ、アサギに手渡した。
「どうやら、流星学園の新入生の一人がパンドラの箱を開けてしまったらしく、
次の満月が来る前に何とかして欲しい。との事です」
「ふーん……随分と面倒な事してくれたのね。それで、次の満月はいつなの?」
柊は少し困ったように微笑みながらも、小さく呟いた。
「……今夜です」
~流星学園・総合体育館~
「よう杉原、遅かったな。ってかどうしたよその顔」
「……もみじ、ついてる……」
「何か魔女っぽい女の人にやられました……」
「そうか……呼び出し決定だな」
「……可哀相」
先輩方が同情の眼差しを向けてくる。あの人は何なんだ。
にしても良い感触だった……そして美人だった。
……色んな意味で忘れられないなアレ。
右の頬がヒリヒリするけど、愚痴ったりするつもりはない。
「ところで暁先生はどこ行ったんですか?」
「センセーは司会進行だ。まぁ静かにしとけ」
「……」
などと話しているうちに賑やかだった辺りは静まっていき、やがて壁のスピーカーから暁先生の声が聞こえてきた。
『えーそれでは、これより入学式を始めたいと思います。
ではまず、新入生歓迎の挨拶。生徒会長お願いします』
黒猫のケモ娘を連れた気の強そうな女子生徒がカツカツとステージの上にあがる。
「獣人科3年、粟木 ルイです。新入生の皆さん、合格おめでとうございます。皆さんが将来良きテイマーになる為、先生方や先輩は全力を尽くしてくれます。分からないことなどがあれば、積極的に質問するようにしましょうね!……えぇと……以上です」
……一言で挨拶を終えた生徒会長はマイクを持ち直し
「私は新入生よりも、暁先生、貴女に挨拶をしたいのです!
如何でしょう暁先生。この機会に獣人科の担任として……」
『あー、お誘いありがとうございます。けど私は特殊科の担任です故』
……やんわりと断った。よくあることなのか。
っていうか生徒会長はあれでいいのか。
「しかし暁先生! 貴女のしなやかな尻尾、そして愛らしい猫耳。
貴女は獣人科にいるべき人物ですっ!」
「いいぞケモナーっ!」
「黒猫寂しそうだぞーっ!」
生徒が野次を飛ばす。あれ……これ入学式だよな?
ステージの上でマイクを握り、熱心に暁先生を勧誘する生徒会長。
の隣では黒猫のケモ娘が半ばしょんぼりしながら座り込んでいる。
……何か可哀相だなあの娘。
『……にゃあ』
「ち、違うんだよクロナ!私の一番はお前だけだから、
そんな冷めた瞳で私を見つめないでよ。ね? カニカマ買ってあげるからさぁ」
『はい、そんなわけで生徒会長でした。ありがとうございます。
それじゃ次に校長先生……玲紀様? あれ、ちょっと……えぇ?
面倒だなんて言わないで下さい! ちょ……玲紀様ぁ~!』
……一瞬、体育館から颯爽と出ていく魔女っぽい人と、
風のようにその人物を追う暁先生が見えた。
「えー……校長先生不在の為、これにて入学式を終了とする。
新入生の諸君が有意義な学園生活を送れるよう、
二、三年生は精進することだ。以上、解散!」
萩原先生の声がスピーカーから聞こえてくる。
そして生徒たちがざわつき始め、ぞろぞろと校舎に戻っていく。
先輩方は二人とも「またか……」といった顔をしている。
……早くも学園生活うまくいきそうな気がしない。
ってか……入学式って、こんな感じだったっけ?




