99『集結』
「はぁ……」
植物科の少女、桜は自室でプラムを抱いてベッドに横たわっていた。
結局、先輩らと共に海へは行ったものの、圭一を含め特殊科が合宿している場所が分からず
何だかんだでうろうろしているうちに陽が暮れてしまい、今に至るというわけである。
ある意味充実した一日ではあったが、目的を果たせてはいない。
桜は、何故か空回りしてしまう自分を疎ましく思っていた。
するとプラムがすっとベッドから降り、とてとてと本棚へ向かった。
そしてしゅるしゅると蔓を伸ばして本の背表紙を確認するようにまさぐり始める
「どうしたの……?」
『境界。いいところ』
桜は首を傾げたが、プラムは気にする素振りも無く本棚を漁り始め、一冊の本を取り出した。
不思議なフォントで『次元の境界全集・行き方から暮らし方まで』と書かれた分厚い本である
黒地に金枠で彩られたその本は、桜にとって見覚えのない物であった。
「あれ……そんな本、あったっけ」
『草に聞いた、の。境界は、すごく良い所だって』
プラムはまるで桜の気を逸らそうとしているが如く、本をぐいぐいと桜に押し付ける。
その様子は気を遣っているようには見えないが、桜は胸の内にこみ上げる何かを感じた
『これ、読んで。元気出して』
「プラム……」
桜はプラムを抱き上げ、そのまま抱きしめる。
その夜から二人は、忽然と姿を消すことになるのだが……
それはまた、別のお話である
♦♦♦
~次元の境界・大門~
白龍と水蛇。浮遊樹と大蠍。そして銀狼。異質なシルエットが並ぶ大門の前では、
生きる伝説とされる者たちが数百年ぶりの再会を果たしていた。
辺りに渦巻く邪気はもはや規格外。
空間すらもねじ伏せるほどの魔力は互いにぶつかることなく混ざり合っている
本来七匹の伝説が集まるはずなのだが、その場には五匹しか居ない。
『ねぇ、ねぇ、リヴァイアとフェリックスは? 全員揃わないなんて寂しいなぁ』
辻風を纏う白龍は長くしなやかな尾を振るい、遠くを見つめながら呟いた。
『あの魚なら潰されたらしいよ』
『ふむ……現世に我らを潰せるほどの魔物がいるっていうのかい?』
水蛇が少し寂しげに蜷局を巻き、大蠍がふっと空の彼方を見つめる。
『……ところで、きちんとお別れはしてきたのかい』
大蠍がその体を翻し、凛と佇む銀狼を睨んだ。
渦巻く冷気が全てを拒絶し、その紅い瞳は静かに空を見つめている
ふわふわと僅かな風に揺れる毛並みは美しく、淀んだ空の元ですら光り輝いていた
『……』
『ふん、答えるまでもないってか』
『アンタは変わらないのねぇ、カムイ……だっけ。人に拾われた従順な子犬ちゃん』
白龍がからかうように風で銀狼の毛並みを揺らし、カラカラと嗤った。
刹那、ペキペキと凍り付いてゆく鱗と空気すらも震えさせる冷気に白龍は身構え、その身に辻風を纏う。
『私とやるつもり……?』
『――殺すぞ』
『……上等だ』
吹き荒れる暴風と凍てつく冷気が混ざり、大門の前は一触即発の雰囲気に包まれた。
『やめろよ~、私らは喧嘩しに来たのか』
『ホントだよ……全くお前らは昔から変わらないねぇ』
『……フェリックスは来ないのか……』
睨み合う二匹を余所に、大門を開く準備を進める者たち。
僅かに開いた門の隙間から鮮やかな虹色の光が漏れる
『さぁ、行こうか。無駄な血が流れる前にな……』
水蛇が先陣を切って扉の向こうへと滑り込み、大蠍が続く。
白龍も銀狼と向き合うのをやめ、ふっと扉の方を見つめた
『ふふ、それじゃお先に~』
辻風にその姿を溶かし、白く輝く風は扉の向こうへと吸い込まれてゆく。
こうして銀狼と浮遊樹。もといユイと地皇が残された
『――お前は、行かないのか』
『……』
ユイはふいと顔を逸らし、凍てつく溜め息と共にくるりと身を翻し幼い少女の姿となった。
それに合わせるように地皇も女性へと姿を変え、俯いたままのユイをそっと抱きしめた
『……ふふ、こうしてみるとお前も随分と愛らしいな』
『ッ……余計なお世話です……』
地皇の様々なものが寄せ集められた腰元を抱きしめるユイの眼は、涙に濡れていた
『――さよならだ』




