95『夏の終わり』
「どうしろってんだよ……」
壁にあいた大穴から吹き込む風が俺の頬を撫でる。
部屋の隅では箱型のモノが鈍い輝きを放ち、いつの間にか目覚めたアリスは俺の足の上で首を傾げている
俺は小さなアリスの体をひょいと抱き上げ、掌の上に乗せてみる
「やれやれ……相変わらず小っちゃいなお前」
『♪』
指で軽くアリスを撫で、俺は辺りの様子を見渡した。
しかし、昨日は沢山いた少し怖いお兄さんたちがやってくる気配はない
時計を見ると、昼前を指していた。
壁をどうすればいいのかも分からない為、とりあえずはどこかに居るであろう皆と合流しておきたい
「よし、行くぞアリス」
『OK』
アリスを肩に乗せ、俺は襖を開け放ち廊下に出る。
皆はどこに居るんだろうか
~
一方、大部屋ではその場にいた全員が休憩を取っていた。
アサギとノワールが小競り合いをしつつも共に笑いあい、スミレと浩二が談笑に勤しみ、
そして暁がその様子を微笑ましく見守っている。
「そろそろ杉原君が起きたころですね。迎えに行きましょうか」
「そういやそろそろ昼だな、帰り支度しねーと……」
暁がすっと立ち上がり、大部屋を後にする。
浩二は怠そうに頭を掻き、その場にごろんと横たわった
「結局合宿らしい事してないじゃない。つまんなかったわ、ねぇセンパイ! どういうことよ」
「私は結構楽しかったけどな……先輩ありがとう」
「うるせー」
寝ころぶ浩二の傍らでその横腹をつつくアサギとノワール。
スミレは座布団を積み上げた上で読書に勤しんでいる
特に何をするわけでもない。まったりとした時間だけが流れていた
~
ふと角を曲がると、庭に面した縁側に見覚えのあるベージュ色。
手足を放り出して縁側に倒れ込むそれは、どこか不可思議な少女。キャロルである
そういえば、しばらくの間見てなかったような気がする
俺は倒れて動かないキャロルの傍らに屈み、フードの上から頭を撫でてみる。
すると肩の上に居たアリスも降りてキャロルの背中辺りで飛び跳ねたりぽんぽんと叩いたり……
「おい、大丈夫か」
軽く揺すってみてもキャロルは倒れたまま動かない。
腋の辺りと思わしき場所に手を入れ、そっと持ち上げてみると、目を回して気を失っていた。
俺はそのままキャロルを抱いて立ち上がり、背中を擦りつつ歩きはじめる
アリスは俺の頭の上に飛び移って綺麗な庭を眺めているようだ
「やれやれ……」
木で出来た廊下を進み、俺は元居た寝室の襖を開けた。
そして俺以外の誰かが使っていたであろう布団を整理し、そっとキャロルを寝かせる
ふと見ると、部屋の隅から鉛色の箱が姿を消していた。
モノは恐らく機械に魂が宿った類の魔物だろう。命令者が居なくても稼働はできるということか
ついでに俺も隣の布団に腰を下ろし、ほっと一息ついてみる。
「おや杉原君。調子のほどは如何ですか?」
「あれ、暁先生」
何処からともなく暁先生がひょっこりと顔を出し、くすりと微笑む。
そして俺の傍に座って布団に横たわるキャロルを撫ではじめた
「見ないと思ったら……この子はどこか奔放ですねぇ」
「暁先生に見えない物なんてあるんですか」
「ありますよ。私は見抜くだけであって、見通すことはできません」
そういった暁先生はゆるく微笑んで立ち上がり、散らばった布団を纏めはじめた。
「あ、俺も手伝いますよ」
俺が立ち上がろうとすると、ぐっと裾を引く強い力。
不意打ちをつかれ体制を崩しかけながらも見てみると、キャロルが小さな手で裾を掴んでいた
ゆるゆるの袖に覆われたもみじのような手。
ゆったりと横たわって幽かにすやすやと寝息を立てているにもかかわらず、この力である。
「嘘だろッ!?」
「あら、寂しがり屋さんですねぇ」
数人分の布団を纏めて押し入れに押し込みつつ、暁先生が微笑む。
何だかんだ言いつつ暁先生も実はとても力が強かったりするのではないだろうか。
「ふふ、片づけは私がしておきますので……杉原君はもう少し傍に居てあげてください」
「……はい」
「それと、頃合いを見て帰り支度をしてくださいね。今日の夜には学校へ帰りますので」
~
燦々と太陽が照りつける砂浜。
轟々と波が押し寄せては引いてゆく波打ち際に、ユイは立っていた。
「……」
じっと水平線を見つめるユイの手には、輝く大きな鱗が握られている。
「どうせなら、全員揃って――」
ぽつりと呟きかけたユイはふっと俯き、ぐしぐしと目元を擦った。
拭いきれなかった雫が、ぽろぽろと砂浜に滴る。
押し寄せる波が、白く泡立ち引いてゆく。
優しく頬を撫でる潮風が、夏の終わりを告げようとしていた




