91『最凶の種族』
次元の境界に位置する丘の彼方。緋色の火柱が空を焦がした。
次々に吹き上がる爆炎がはためく巨大な翼を包み、空をも紅く染め上げてゆく
「攻撃を緩めるな! 何としてでも焼き殺せッ!!」
軍服を着た少女が声を上げる。
地を這う戦車が絶え間なく火を吹き、光線を放つ機兵が大地を焼き尽くす。
少女は弾幕の彼方を双眼鏡で見据え、標的の安否を確認する。
丘の向こうでは巨大な翼がはためき、長い尾が虚空を裂く。
煙と爆炎が混ざり合う丘の向こうには、二つの紅い瞳が光っていた
「くそっ! これだけ打ち込んでもまだ動くのか」
弾幕は途切れることなく標的を襲い続けている。
しかし、丘の向こうに蠢く怪物がその歩みを止めることは無い。
ゆっくりと、しかし確実に、その者は丘を乗り越え姿を現した
決して焼きつくことのない灰色の鱗、強靭な四肢と紅色の瞳。
鋭く尖った長い尾と大きな翼、全てを食らう牙が白く光っている
やがて強靭な四肢はしなやかな手足となり、
鱗に覆われたその身体は丸みを帯びた艶やかな肢体となった。
邪龍は半分ほど齧り取った榴弾をそのまま口に含み、バリバリと噛み砕く。
そして焼き焦げた残骸をベッと吐き捨て、にっと笑みを浮かべた
『んん……美味し』
『――良い火薬使ってるねぇ』
~幽霊街~
現世で命を落とした人間や魔物がうまい具合に共存する世界、霊界の中心部。
人間や人型の魔物の霊が住まう幽霊街では住民たちが恐怖に顔を歪めていた。
暗く淀んだ空の元。住人たちの視線の先には、夜闇よりも濃く深い『黒』が渦巻いていた。
その渦巻く中には、ブレード状の長くしなやかな尾と細長く鋭い二対の翼。
そして銀白色の鱗に覆われた体と紅い瞳。その全てが淡く光を放っている
渦巻く何かは濃い紫や紺に移り変わり、見る者に恐怖を植え付けてゆく
「あ、あぁ……」
「来るなバケモノ! 来ないでくれぇ」
住民たちは既に命を落としている不死身の身でありながら、虚空を見つめ涙を流したり
手に持つ刃を振り回したり、その場から逃げ出そうと後ずさりする者もいた。
そんな住民の様子を見て、銀の邪龍はフッと息を吐いた
すると別の通路からも何かに怯え、逃げてきた住民が十字路で合流し右往左往する。
邪龍はスルスルと傍の建物によじ登り、怯える住民たちを上からじっと見つめた
黒ずんだ煙が通路を塞ぎ、逃げ場を失った住民はお互いに肩を抱き合い震えだす
『どうしたんだい君たち……そんなに怯えて』
『――何か、怖い物でも見たのか?』
~
幽霊街の大通り、とある館に通じる一本道が、音も無く削り取られてゆく。
その静かな衝撃の中心には、紅蓮の槍を担いだ黒騎士。龍皇が歩みを進めていた
龍皇が槍を一振りするたびに、一回りも二回りも大きな余波が全てを消し去ってゆく。
ゆらりと燃え上がる黒い炎が、鎧に絡んで光を放つ。
やがて龍皇の眼前には、闇にひっそりと佇む巨大な洋館が姿を現した。
「ふん、相変わらずだな……」
固く閉ざされた門を蹴り開け、龍皇は黒館の上部を見上げた。
黒館の一室には、ぼんやりと優しい明かりが灯っている。
龍皇は身の丈ほどもある大槍を構え、揺らめく黒炎と共に扉へと突き立てた。
――しかし、空間すら消し去る大槍が扉を消し飛ばすことは無かった。
「……」
扉を挟んだ向かい側。
黒館の内部では……深紅のメイド、柊が扉にそっと右手を添えていた
「……まだ生きてやがったのか。ゾンビ野郎」
龍皇は吐き捨てるように呟き、大槍を背後へ向けて振りぬいた
黒い炎が虚空を焼き焦がし、半月型の余波が全てを削り取る。
するとどこからか白い煙が大槍に絡み、銀の鎧が槍の上に姿を現した
「やぁグレンベルク、随分と久しぶりじゃないか」
「ようファルシオ。相変わらず辛気くせぇ屋敷だな」
「そいつはどうも」
「元気そうでなによりだ」
龍皇とファルシオは互いに手を振り上げ、高らかに打ち付けた。
そして龍皇が紅蓮の大槍を地面に突き立てると、槍は陽炎と共に消えていった
「またこうして集まる日が来るとはな……まぁ、入りたまえ」
ガチャリと扉が開き、柊が深々と頭を下げた。
「ようこそ……黒館へ」
~
不気味なほど静かな夢幻の森。
その一角にて息を潜める者たちがいた。
「……全く。あなたと共同で何かをするなんて予想もしていませんでした」
「そういえば、二人きりは初めてですねぇ」
草の陰に身を隠す白い毛玉、ユイと巨木の陰で微笑む暁。
ユイの手には銀の小太刀。そして暁の手には軽く湾曲した双刃が握られている
そして、二人の視線の先……巨木の隙間からは夜闇とは違う邪気が漏れ出していた




