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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第二章

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酒の注文リスト

前話の続きです。

 午後の審理は、判事側の問いが鋭さを増した。ハーロウが、鋼鉄に布を巻いたような声音で問う。

「ミスター東郷、制度債の“記録性”を強調される。だが、記録が市場で売買されるとき、あなたはそれをどう名付ける?」


「我々は“義務の履行証”と呼びます。名付けは、所有を意味しません」

「所有の転移が起きるのに?」

「起きます。が、それは“任務の履行”の権利の譲渡であり、“貨幣の発行”ではない」


モーガンが重い声で追撃する。

「では、米国内でNCPC債を担保に貸付が行われる現状は?」

「貴国の民間銀行の裁量でしょう。われわれが指図することではない。……闘牛士が赤布を振っても、牛が突進するのは牛の自由です」


傍聴席に押し殺した笑いが走る。ハートウェルは奥歯を噛んだ。法廷で比喩は危険だ――だがこの男は比喩を鎖のように使っている。この鎖は見えないが、動けば絡まる。

首席判事が、わずかに身体を前へ。


「ミスター東郷。最後に一つ。あなたは、合衆国の“法の支配”を尊重すると述べた。ならばあなたの発明が、この国の法を内側から食い荒らす可能性を、どう考える?」


東郷は静かにうなずいた。


「法が自らの過去と矛盾する地点に来たとき、それを正す権限を持つのは、司法ではなく立法、すなわち人民の代表でありましょう。――私は、貴国の法を尊重しているからこそ、ここに来ました。決めるのは常に貴国の歴史であり、私ではありません」


沈黙。ほんの一拍、誰も呼吸しなかった。

「……休廷」

槌が落ち、法廷の空気が解ける。


――


評議室。壁に架けられた古い地図、鍵のかかった本棚。コーヒーの浅い香り。九人の判事が半円の机を囲む。書記官は退席し、扉に鍵が回る。

首席判事が、ゆっくり時計を外す癖を抑えながら切り出す。


「さて。われわれはどうする?」


モーガンが最初に口を開いた。手の甲は皺だらけだが、拳はまだ固い。


「政府に肩入れしたい。だがDownes を投げ捨てれば、法廷は自分の影に噛みつく犬になる。DeLima は“場所”を重視した。東郷は、その石を上手に踏む」


ハーロウが頷く。

「本件は“権利のアクセス”の問題に似ている。法は、自らの延べた橋を途中で引っ込めるのが下手だ。……橋を渡ってきたのは、予期せざる客だったとしても」


年長のラングドンは、沈黙ののち低く言った。

「“法のブーメラン”――書記官がいうとおりだ。否定すれば、米比戦争の正当化の一部を否定することになる。承認すれば、異質な金融圏を抱え込む。この部屋で“正解”は出まい。われわれは、玉虫の殻を纏うしかない」


若い判事の一人が、机の縁を指で叩いた。

「議会に投げるのですか?」

首席判事は時計の鎖を指に巻き直し、静かに頷いた。


「司法が単独で答えを出せない問題がある。われわれは否定も肯定もせず、原則だけを敷いて引く。――制度債は通貨ではない。だが課税の直接適用から逃れる場合がある。国内での大規模流通は議会の立法権の範囲だ、と」


「前例がない」とモーガン。

「前例は、今つくる」と首席判事は言い切った。 


――


 翌朝。判決は「留保」を本旨とする玉虫色となり、法廷はそれを読み上げた。新聞は紙面に困った。勝者の名前を書けない勝負である。タイムズは“最高裁、制度債を違法と断ぜず 議会判断へ”と幅広く書き、ウォール・ストリート・ジャーナルは“法は市場に門を開く――NCPC債、事実上容認”と踊らせた。コラム欄には、翌週の先物会議の話題が早くも乗った。


司法省のハートウェルは、記者に囲まれながら口角を引き上げることに成功した。笑っている顔筋を、両肩の重さが嘲る。

「政府の立場は尊重されました。議会が適切に対応するでしょう」


その言葉が虚しく石段を転がるのを、ハートウェル自身がいちばんよく聞いていた。


被告側卓の端、東郷は、深く頭を下げただけで何も言わなかった。ワシントンの空は透明で、遠くに凍てついた太陽が光っていた。彼はコートの襟を立て、石段をゆっくり降りた。階下で記者が叫ぶ。


「ミスター東郷、コメントを! あなたは勝ったのですか、それとも……」

「私は、御国の法を尊重します。それが貴国の歴史の証明だからです」

それがすべてだった。


彼は群衆をかき分けるように、待たせていた大使館の車へと向かう。その途中彼はふと足を止め、傍聴席から出てきた一人の初老の紳士と視線を交わした。


ハーヴィー・サリヴァン。ウォール街最強の法律家。


二人の間に言葉はなかった。ただ東郷がかすかに、本当に気づかれるか気づかれないかというほどにかすかに、口角を上げた。それは共に最高の仕事をした“共犯者”にだけ分かる、静かな合図だった。


サリヴァンもまた、帽子のつばに軽く指を触れて応えた。彼の目には「お見事でした。さて、ここからは我々の出番ですな」という、冷たい光が宿っていた。


東郷は車に乗り込むと、深く息を吐いた。

司法という神殿は崩れた。いや、自分が崩したのではない。ウォール街というより強欲でより巨大な神殿が、古い神殿を食い破っただけだ。


そして自分は、その新しい神殿の神官たちに最高の「生贄」を捧げたに過ぎない。車窓から見えるワシントンの空はどこまでも高く、そして冷たく澄み渡っていた。


――


【極秘通信】

宛先:合衆国海軍作戦本部 全将校

発信者:作戦部情報課

件名:地獄で飲むための酒の注文リスト


 諸君。今夜、我々は飲まなければならない。禁酒法など知ったことか。これは命令だ。飲まずには正気を保てん。以下に我々が直面している喜劇的かつ終末的な状況と、それに対応するための推奨アルコールをリストアップする。各自近所の闇酒場スピークイージーで調達し、今夜2200に作戦本部に参集されたし。ボトルは各自持参のこと。


議題1:最高裁判決という名の「国家の自決」について


最高裁が、NCPC債について「違法と断ぜず議会判断へ」という、歴史上最も無責任な判決を下しやがった。


コントだろ、これ。我が国の最高司法機関が、九人の賢者が寄ってたかって出した結論が「分かりません。議会で決めてください」だぞ。ガキの喧嘩の仲裁か?


しかも、東郷の野郎が法廷で何を言ったか聞いたか? 「フィリピンに適用した論理を、金融に適用して何が違うのです?」だと。我々が帝国主義の汚名を着てまでフィリピンを統治したその「法の歪み」を、今度は奴が自分の金儲けの道具として使いやがった。


アメリカの帝国主義の原罪をアメリカの最高裁に突きつけて、完膚なきまでに黙らせたんだ。もはや喧嘩にすらなっていない。これは法廷ではない。歴史の授業だ。我々が被告席に座らされた。


推奨アルコールはバスタブ・ジン。 自家製の、安くて頭がガンガンするやつだ。どうせこの国の法律など、その程度の価値しかないのだから。法律家たちが作ったような味も素っ気もない代物を飲んで、彼らの無能さに乾杯しよう。


議題2:我らがオレンジ・プランの現状について


1. 敵の軍事予算は、事実上「無限」になった。

2. 敵の同盟国が、大西洋に一つ増えた。

3. 敵の経済力は、我が国のウォール街が嬉々として強化してやっている。

4. 敵の最高機密兵器(特型駆逐艦)は、今頃フランスの造船所でコピーされている。


オレンジ・プラン? あんなものは、もうトイレットペーパーにもならん。敵の戦力も、兵站も、同盟関係も全てが予測不能。


我々は今霧の中で目隠しをされて、片足でボクシングをやらされようとしている。しかもレフェリー(最高裁)は「ルールは自分で考えてね」と言い、観客(ウォール街)は敵に大声援を送っている。冗談じゃない。これ以上、どうやって戦争計画を立てろと言うんだ。


推奨アルコールは純粋なエタノール。 もはや酒の味などどうでもいい。ただ、意識を飛ばしたい。作戦本部の海図を燃やすための燃料としても使えるかもしれん。


諸君、我々はもはや軍人ではないのかもしれん。我々は壮大な国家規模のコントの中で、最も滑稽な役を演じさせられている道化師だ。


敵は、東郷一成ではない。

敵は、日本海軍ですらない。


本当の敵は、この国の“システム”そのものだ。

法の支配を叫びながら、自らの法の矛盾を放置して足をすくわれる司法。

国際協調を訴えながら、同盟国に一瞬で裏切られる外交。

そして、国益よりも目先の利益を優先する強欲な資本主義。


東郷は、我々の艦隊と戦っているのではない。彼はこの国の「建国の理念」そのものと戦っているのだ。そして悲しいかな、今のところ奴が優勢だ。


今夜は飲もう。

そして、明日考えよう。

このどうしようもなく滑稽で、どうしようもなく愛すべき祖国のために、我々に何ができるのかを。


……まあ、どうせ明日はひどい二日酔いで、何も考えられんだろうがな。


以上だ。


いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
敵のパンチ(任務)を防いだ場合、NCPC債の価値が下落するので観客がリングに殴り込んでくるとかいう可能性があるのも怖いですね… えっ!実質無限の経済力を持つ敵に対して、敵の任務遂行を妨げずに戦争を!?…
お労しいやUS.Navy上… 海軍の士官たちは祖国に対して義務を果たそうとしているのに、その祖国が祖国そのものを資本守護の豚に売り渡そうとしている様にしか見えないという…
毎度ながら酷い金融詐欺(褒め言葉)ですね。 米海軍作戦本部の皆さんの酒の肴になるかどうか、あなた方が想定していたコースで完膚なきまでに日本海軍を叩き潰した世界線では、あなた方の与えた憲法を巡り、防衛(…
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