第一章エピローグ: ある墓碑銘
第一章のエピローグです。
時:1929年(昭和四年)、秋
場所:ジョンズ・ホプキンス大学、学長室
ボルチモアの秋の陽光は穏やかで、どこか物悲しかった。窓の外では、黄金色に染まった蔦の葉が、赤煉瓦の壁を静かに滑り落ちていく。私、ジョン・ヴァン・アントワープ・マクマリーは、この静かな学究の府に自らの後半生を埋めることを決めた。
数ヶ月前、私は合衆国駐華公使の職を辞した。もはや、あの北京の泥濘の中で、ワシントンの理想主義者たちと不毛な電文を交わし続けることに、何の情熱も見出せなくなったからだ。
私の机の上には、一冊の、まだインクの匂いも生々しい覚書が置かれている。国務省に提出した最後の上申書であり、そして、誰にも読まれることなく終わるであろう、私の政治的遺言だ。
その表題は、こうだ。
『極東におけるワシントン体制の崩壊、およびその帰結について』
私は、その第一頁を、自嘲と共に読み返す。
「……ワシントン会議の閉会後、五年も経過しないうちに、極東における国際協調の理想はもろくも崩れてしまった。それは主としてアメリカ政府が、その伝統的政策の遂行を意図的に放棄してしまったためである…」
そうだ。全ては、我々自身の選択の結果だった。
スティムソン長官をはじめとするワシントンのエリートたちは、中国という未熟で、分裂し、そして危険なまでにナショナリズムに燃え上がった国を、我々と同じ価値観を共有する「近代的共和国」だと信じ込んだ。そしてその幻想のために、我々は、アジアで唯一そのルールを理解し、遵守しようと努めていたパートナーの日本を、無情にも切り捨てた。
日本は、親しい友人たちに裏切られたようなものだ。
中国人に軽蔑されてはねつけられ、イギリス人とアメリカ人に無視された。
ワシントンで、彼らは確かに、自らの誇りである八八艦隊を、我々の理想のために諦めたのだ。その見返りに彼らは、この太平洋における「良き隣人」としての地位を約束されたはずだった。
だが、我々はその約束を破った。我々は彼らの、アジアにおける正当な地位と権益を、中国の未熟なナショナリズムの生贄に捧げた。
「……結局、東アジアでの正当な地位を守るには、自らの武力に頼るしかないと考えるに至った日本は、ワシントン体制を非難と軽蔑の対象とした」
私は、その一文を書き記そうとしてペンを置いた。
なぜなら、私が知る「もう一つの現実」は、この公式な覚書に記すには、あまりにも荒唐無稽で、そして、あまりにも恐ろしすぎたからだ。
私の脳裏に、去年の北京でのあの夜の記憶が蘇る。
張作霖の、最後の祝宴。
そして、私の「随行員」として、その場にいた、一人の日本の海軍軍人。
東郷一成。
あの男の存在が、私のこの覚書に書かれた、全ての「原因」と「結果」を、根底から覆してしまうのだ。
日本は、ただワシントン体制を「非難と軽蔑の対象」としたのではない。
彼らは、その体制がもたらす「無力さ」を全く別の、そしてより強靭な「力」で、内側から置き換えてしまったのだ。
「武力」ではない。
「制度」で。
私は、机の引き出しから一枚の、東郷大佐から極秘に送られてきた紙片を取り出した。それは、もはやアジアの隅々にまで浸透しているという「海軍制度信用証券」の見本だった。
菊の紋章。碇のマーク。そして、その裏面に記された、揺るぎない「日本帝国海軍の名において」の保証。
これこそが、ワシントン体制の死体の上に咲いた不気味で、しかし、力強い徒花だ。
日本海軍は、我々が彼らから奪った「武力による安心」の代わりに、自らの手で「信用による安心」を、アジアの民に与え始めた。
我々が「金」を世界のルールだと信じている間に、彼らは「任務」を新しいルールとして確立してしまった。
私は、窓の外の穏やかなキャンパスを見つめた。
(……スティムソン長官は、まだ気づいていないのだろうか。彼が歴史の正しい進歩だと信じている、蒋介石の中国統一。その土台そのものがすでに、この日本の紙切れによって、静かに、そして確実に、食い荒らされているという事実に)
(……そして、フランクリン・ルーズベルト。あの男は、恐らく気づいている。だが、彼もまた自国の、そして自党の政治力学の中で、身動きが取れずにいる。……彼が、大統領の座を掴むまで、あと何年かかる? その間に、東郷の『見えざる帝国』はどこまで、その版図を広げるのだろうか?)
一つの皮肉な、そして絶望的な考えが、私の頭をよぎる。
もしあの日、北京で私が東郷の計画に手を貸さず、関東軍の思惑通りに、張作霖が爆殺されていたら、歴史はどうなっていただろうか?
おそらく日本は、国際社会から孤立し、我々アメリカは、正義の旗の下に彼らを断罪することができたはずだ。
だが東郷は、その最も分かりやすい「悪への道」を、自らの手で塞いでしまった。
そしてその代わりに、我々が断罪することのできない、善とも悪ともつかぬ、全く新しい「ルール」を、この世界に持ち込んでしまった。
私は、覚書の最後の頁に、ペンで走り書きのように書き加えた。それは、国務省の誰にも理解されないであろう、私自身の墓碑銘だった。
『……結論として、我々は、日本という国家を見誤ったのではない。我々は“国家の形そのもの”が変質しうるという、その可能性を見誤ったのだ。
我々が、次に対峙する日本は、もはや我々が知る、あの小さな島国ではない。
それは、我々の世界のルールが一切通用しない全く新しい原理で動く、未知の生命体である』
私はペンを置くと、深く息を吐き出した。
窓の外では、学生たちの、楽しげな笑い声が聞こえていた。彼らはまだ知らない。彼らがこれから生きていく世界が、もはや、彼らの父の世代が信じていた世界とは、全く違うものになってしまったということを。
そして、その変化の引き金を引いたのが、遠い極東の一人の軍人と、そして、その男に手を貸してしまった、この私自身であるということも。
秋の陽は静かに、そして容赦なく、西へと傾いていった。
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