漸減邀撃
時:1928年(昭和三年)、夏
場所:霞が関・海軍軍令部、第一会議室
会議室の空気は一度底を打った絶望から、奇妙な高揚感へと変わりつつあった。潤沢な「制度」の資金を背景に、これまで不可能と思われた海軍の抜本的な体質改善が、今、現実の計画として動き出そうとしていたからだ。
「買えるものは全て買え」
野村次長のその一言は、堰を切ったように、若手幕僚たちの口を滑らかにした。だがその中で一人、連合艦隊参謀長の職にありながら、最も険しい顔で黙り込んでいた男がいた。高橋三吉少将。漸減邀撃作戦の、現在の最高責任者である。
「……野村閣下」
高橋が、絞り出すように言った。
「……いくらドイツのエンジンを買い、イギリスの軍服を着込み、腹一杯メシを食ったところで、根本的な問題は何一つ解決しておりませぬ」
その言葉に、会議室の熱気がすっと冷めた。
「根本的な問題、とは?」
「地理であります」高橋は立ち上がると、壁の巨大な太平洋の海図の前に立った。
「このあまりにも広大すぎる、太平洋という地理そのものが、我々の最大の敵です。我々がこれまで金科玉条としてきた、対米『漸減邀撃作戦』。その大前提が今、崩れ去ろうとしている」
彼は海図の上で、日本の本土から小笠原、マリアナ諸島へと続く仮想の防衛線を指でなぞった。
「この作戦の肝は、優勢なアメリカ艦隊が太平洋を横断してくるその長い道程で、潜水艦や航空機によって敵戦力を少しずつ削り(漸減)、最終的に我が本土近海で、互角の戦力となった敵艦隊を、我が連合艦隊の全力で叩く(邀撃)、というものでした。……つまり、我々は常に『待ち』の姿勢で、敵が我々の土俵に乗ってきてくれることを、ただ祈るしかない作戦だったのです」
「だが」彼の声に、苦渋の色が滲んだ。
「継戦能力という新しい目でこの作戦を見直した時、愕然としました。……守る側が、圧倒的に不利なのです。敵がいつ、この広大な防衛線のどこを突いてくるか分からない。我々は常に艦隊を遊弋させ、警戒を続けねばならない。燃料は、兵士の疲労は、瞬く間に限界に達するでしょう。……それに引き換え、攻めるアメリカ側は西海岸やハワイを拠点に、万全の態勢を整え、自らの望む時に、望む場所へ、その全戦力を集中させることができる」
「そして何より」高橋は海図上の、日本の委任統治領である南洋諸島を指で叩いた。「ワシントン条約は、我々がこの広大な海の『蓋』とすべきこれらの島々に要塞を築くことを禁じている。これでは漸減の『ぜ』の字もありません。……閣下、漸減邀撃作戦はもはや幻想です。成立しない」
その最高責任者自身による、作戦の「死亡宣告」。会議室は、水を打ったように静まり返った。
その静寂を破ったのは意外にも、これまでオブザーバーとして末席に座っていた、陸軍からの連絡武官、武藤章少佐だった。彼は1926年にアメリカを視察し、その圧倒的な工業力と、合理的な国民性を肌で感じてきたばかりだった。
「……高橋閣下。……門外漢の若輩者が口を挟む非礼をお許しください」
武藤は立ち上がり、深く一礼した。
「……私がアメリカで見たものは、まさに閣下が懸念された通りの光景でした。彼らは、一度目標を定めればその達成のために、我々の想像を絶する『量』を、合理的に、そして効率的に投入してくる国民です。彼らに待ちの戦術で、万全の態勢を整える時間を与えてはならない。……それは、自殺行為に等しい」
陸軍の、それもアメリカを知る若き俊英からの言葉。それは、高橋の絶望的な分析に抗いがたい説得力を与えた。
「……では、どうすればいいのだ」野村が呻いた。
「……我々は、座して死を待つしかないというのか」
そのどん底の沈黙を破ったのは、この会議の最高位の一人でありながら、これまで腕を組み静かに議論の行方を見守っていた男だった。航空本部長、山本英輔中将。かつて海軍大学校長として、東郷一成の「制度債」構想の最初の理解者となり、その産声を後押しした男。そして、叔父である山本権兵衛譲りの鋭い先見の明を持つ男。
「……いや」
山本英輔は、ゆっくりと立ち上がった。その声は静かだったが、部屋の隅々にまで染み渡るような不思議な力を持っていた。
「『待ち』の戦いが不可能ならば。……我々が、攻めるしかあるまい」
彼は壁の海図の前に立つと、高橋三吉が絶望と共に指し示した、日本の防衛線の、遥か彼方――ハワイからアメリカ西海岸へと続く、長大なシーレーンを指でなぞった。
「……諸君は、まだ気づいておらんのか。東郷が、我々の手に何を与えてくれたのかを」
山本は、会議室にいる全員の顔を一人一人見渡した。
「彼は、我々にカネを与えてくれたのではない。彼は、我々に“時間”と“距離”を支配するための、新しい武器を与えてくれたのだ」
彼は、その場にいた誰もがその存在を意識しながらも、口に出すのをためらっていた、核心を突いた。
「空母だ」
その言葉に、部屋の空気が張り詰めた。
「『赤城』、『加賀』、そして『土佐』。東郷があのワシントンで、外交という名の戦場で勝ち取り、そして彼自身の『制度』で育て上げた、三万トン級の大型空母三隻。……なぜ、彼がこれほどまでに“大型”であることに、そして“三隻”であることにこだわったか。……それは、この三隻が揃って初めて、我々がアメリカの土俵の外で戦うための『持続可能』な力が生まれるからだ」
山本英輔の言葉に、かつて彼が海大校長時代に集めた、東郷、沢本、南雲の三人の顔を思い浮かべた将官もいたかもしれない。
「高橋君。君の言う通り、敵に万全の態勢を整える時間を与えてはならない。ならば、我々がその準備を妨害すればよい。敵の戦艦を沈めるのではない。敵の輸送船を沈めるのだ。太平洋の真ん中でアメリカの商船が次々と海の藻屑と消えれば、アメリカの世論は、そして議会は、どう反応する」
山本は、まるで海軍大学で講義をするように、静かに、しかし熱を込めて語り始めた。
「1928年の今、航空機で戦艦を沈めるのは困難かもしれん。しかし、非武装の輸送船ならば話は別だ。一隻の空母が一日にして、敵の数個師団分の補給物資を海の底に叩き込むことができる。アメリカは、我が連合艦隊に確実に勝つために大戦力を集めようとするだろう。しかしその背後で、生命線であるはずの通商路が、我々の空母によって神出鬼没に引き裂かれるとしたら? …… アメリカ海軍は、即時出撃を求められる。準備不足のまま、不完全な戦力で我々の幽霊のような空母部隊を追いかけることになる。……その時こそ、疲弊し分散した敵艦隊を、我々が最も得意とする局地的な決戦で、各個撃破する」
それは、もはや「漸減邀撃」という名の受け身の思想ではなかった。
「攻勢的機動防御」――空母という新しい剣を使い、敵の最も弱い部分(兵站)を積極的に叩き続けることで、敵の攻勢そのものを麻痺させる。全く新しいドクトリンの産声であった。
野村は、武藤の方をちらりと見た。陸軍の男は驚きと、そして強い興味の入り混じった目で、海図を食い入るように見つめている。彼が率いるべき陸軍の兵士たちが、南洋の島々でアメリカの海兵隊と戦う時、その後方の補給線が、海軍の空母によって守られる(あるいは、断ち切られる)という現実を、彼は瞬時に理解していた。
「……面白い」野村は、呟いた。
「山本閣下。その思想、東郷の受け売りか。それとも、貴官自身のものか」
その問いに山本英輔は、初めてかすかな笑みを浮かべた。
「……さあな。だが、東郷が『歴史を与信に変える』と言った時、わしはこう思った。……ならば、我々がこれから作る新しい“歴史”こそが、未来の日本にとって最大の“信用”となるはずだ、と。……この新しい戦い方は、そのための第一歩に過ぎん」
その言葉は、この新しいドクトリンの背後に、東郷と山本という二人の天才の、長年にわたる思想的な共鳴があったことを雄弁に物語っていた。
「……良いだろう。その『空母による通商破壊』。 軍令部の正式な研究課題として、採用する。……高橋、貴様がその主任だ。……そして、武藤君」
野村は、陸軍の若き少佐に声をかけた。
「君も、この研究に加われ。……東郷との約束通り、これは陸海軍の『共同研究』だ。君たち陸軍には、この新しい戦場で島々をどう守り、どう兵站を維持するか、その知恵を貸してもらわねばならん」
「……はっ!」
武藤は力強く応えた。その目には、新しい時代の戦争が、今まさに始まろうとしていることへの武人としての興奮が燃え盛っていた。
その日、日本海軍はその創設以来の最も大きな舵を切った。
その行き着く先が、輝かしい勝利の港か、それとも底知れぬ破滅の深淵か。
その答えを知る者はまだ誰もいなかったが、一つだけ確かなことがあった。
東郷一成という男が作り上げた「制度」という名のエンジンは今や、海軍という巨大な船を、誰も予測し得なかった、全く新しい航路へと力強く押し出し始めていたのである。
会議が終わった後、高橋は一人、海図の前に立ち尽くしていた。 彼の指は、アメリカの西海岸沖をゆっくりとなぞっていた。
(……東郷。貴様は、一体どこまで見えていたのだ。貴様がワシントンで、あの三隻目の大型空母に固執した本当の意味が、今、ようやく分かったぞ…)
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