落第
時:1928年(昭和三年)、夏。
蒋介石は、浅い眠りから覚めた。
側近からの緊急の知らせで、叩き起こされたのだ。
「主席! 奉天からの電報です!」
彼は寝ぼけ眼のまま、その紙片を受け取った。
『……早朝、張作霖ノ乗車スル特別列車、奉天郊外ニテ爆破サル。……シカレドモ、張作霖本人ハ別ルートニテ移動、無事奉天ニ帰還セリ。……列車ハ、空車ナリキ…』
蒋介石は、しばらくその電文の意味を理解できなかった。
爆破。
しかし、張作霖は無事。
列車は空。
(一体、何が起きているんだ?)
彼は、寝台から起き上がると、執務室へと向かった。机の上には、数日前に届いていた、もう一つの電報が置かれていた。それは日本の海軍大臣、岡田啓介からの極めて異例な親書だった。
『……貴国、北支ニオケル動乱ニ鑑ミ、万が一ノ事態ニ備エ、我が海軍ハ営口港ニ、巡洋艦『神通』ヲ派遣セリ。……コレハ決シテ、貴国へノ内政干渉ニ非ズ。……張作霖元帥モ近々、北京ヨリ奉天ヘ帰還サレルト聞ク。……道中ノゴ無事ヲ祈ル…』
あの時、ただの皮肉交じりの外交辞令だと読み流していた、その一文。
『……営口港ニ、巡洋艦『神通』ヲ派遣セリ…』
その言葉が今、全く別の意味を持って、彼の脳裏で閃光のように炸裂した。
「……………そういうことか」
蒋介石は、呻くように言った。
張作霖は、関東軍の罠を知っていた。
そして、その情報を与え、彼に「逃げ道」を用意したのは、日本の海軍。
彼は、椅子に深く身を沈めた。済南のことを思い出していたのだ。
――
東郷一成。あの男は確かに、
「我々は共同経営のパートナーだ」と語っていた。その言葉を信じ、屈辱を飲み込んで、彼の「制度」という得体の知れない力を受け入れた。それ以来、南京や上海の経済は奇妙な安定を取り戻し、海軍のルートを通じてドイツ製の通信機や医薬品が滞りなく届けられていた。すべてが順調に進んでいるはずだった――済南で事件が起きるまでは。
「……また、前線の部隊から電報が」
妻の宋美齢が執務室に入り、静かな声で告げた。彼女の手には薄い紙片が握られ、アメリカ仕込みの理知的な美人顔にも、疲労と苛立ちの色が浮かんでいた。
「何と?」
蒋介石はゆっくりと目を開け、問い返した。
「『日本海軍陸戦隊、依然として済南城外の商埠地に留まり、我が軍との一切の交渉を拒絶。ただひたすらに鉄条網を張り巡らせ、トーチカを構築中』…だそうです」
「大馬鹿者どもが!」
蒋介石は机を叩き、声を荒げた。その怒りは日本の海軍に向けられたものではなく、済南にいる自らの部下――馮玉祥配下の規律の緩んだ部隊に対してだった。
北伐の勢いに乗って済南に入城した彼らは、「革命外交」と「打倒日本帝国主義」のスローガンを掲げ、日本人居留民への略奪と暴行を始めてしまったのだ。
(何度もやめろと言ったはずだ! 今、日本を、特に海軍を刺激してはならぬと、あれほど…!)
有馬での密談は極秘だった。現場の兵士たちが知る由もない。彼らにとって日本人は、等しく打倒すべき帝国主義者だった。その愚かな暴発が、最悪の事態を招いた。日本の海軍陸戦隊が居留民保護を名目に、出兵したのだ。
もしそれが陸軍の関東軍のような連中だったなら、今頃済南は火の海と化していただろう。だが、海軍の動きは違った。彼らは驚くほど冷静で効率的だった。国民党軍との戦闘を巧みに避けながら、瞬く間に商埠地に難攻不落の防御陣地を築き上げた。
そして、空からはひっきりなしに輸送機となった爆撃機や飛行艇が護衛戦闘機つきで飛来し、孤立したはずの陣地に補給物資を投下していく。まるで教科書のような完璧な籠城作戦だった。一方の国民党軍にはまともな対空火器すらなかった。下手に発砲すれば機銃掃射を食らう。青島に増援の陸軍第六師団が海軍の援護で上陸を開始したという話もあり、国民党軍は海軍だけに注意を向けられなかった。
「……ダーリン」美齢が静かな声で言った。
「彼らは何を考えているのかしら。ただ籠城しているだけ。これでは埒が明かないわ」
「分からん」蒋介石は首を横に振った。「だが、あの東郷という男のことだ。必ず何か狙いがあるはず」
その答えは、数日後に明らかになった。それは戦闘ではなかった。想像だにしなかった、最も静かで残酷な「意趣返し」だった。
日本の海軍陸戦隊は、ある朝突如として、済南の全日本人居留民に対し「青島への総員退去命令」を発令した。
「何だと? 引き揚げる、だと?」
蒋介石はその報告を耳にし、我が耳を疑った。
日本人はいつもそうだったではないか。居留民が一人でも殺されれば、それを口実に大軍を派遣し、賠償金をふんだくり、領土を奪い取っていく。それが帝国主義の常套手段ではなかったのか。
だが、海軍は違った。彼らは済南の居留民二千名を、まるで軍事作戦のように整然と撤退させ始めた。女子供を優先的に海軍がチャーターした自動車や列車に乗せ、その財産は「制度債」による補償を約束し、身一つで青島へと移送していく。現地の中国人たちが日本人商店の窓ガラスを叩き割り、「日本鬼子は出ていけ!」と罵声を浴びせる中、日本海軍はこう答えたのだ。
「ええ、分かりました。ではお望み通り、全員帰らせていただきます」
撤退作戦は、軍事作戦そのものだった。女子供を優先的に海軍がチャーターした自動車や列車に乗せ、兵士たちがその周囲を固める。しかし、その完璧な作戦に一つの亀裂が生じた。商埠地で最も大きな薬種問屋を営む、初老の日本人商店主・松崎が、店の入り口に座り込み、断固として退去を拒否したのだ。
「わしは帰らんぞ! この店は、わしが三十年かけて築き上げた命だ! それを捨てて、どこへ行けというのだ!」
現場を指揮する若い陸戦隊の中尉は、途方に暮れた。背後では罵声を浴びせる中国人民の群衆が膨れ上がり、時間は刻一刻と過ぎていく。
「松崎さん、お願いします! これは命令です! あなたの財産は、制度債によって、海軍が必ず補償いたします!」
「紙切れで命が買えるか! わしの三十年は、そんなに安いものか!」
その時だった。後方から一台のサイドカーが土埃を上げて到着し、一人の男が降り立った。済南派遣部隊の事実上の責任者、沢本頼雄の腹心である森中少佐だった。彼は松崎の前に立つと、軍帽を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「松崎殿。お気持ちは、痛いほど分かります。ですが、これは戦争なのです。ただし、銃弾を撃ち合うだけが戦争ではない。……我々は今、退くことによって勝つ、という戦いをしております。貴殿一人がここに残れば、我々の戦は負けとなります。貴殿の三十年の誇りが、敵に勝利を与えることになる。……それでも、よろしいか」
松崎は言葉を失った。森中は続けた。
「貴殿の三十年は、断じて安くはない。だからこそ、海軍はそれを“記録”し、“信用”として未来に繋ぐのです。青島の港で、貴殿の再起を、我々が全力で支援する。これは、私個人の約束でもあります」
松崎は、森中の目をじっと見つめた。そして、長く、深い溜息をつくと、ゆっくりと立ち上がって車に乗り込んだ。
「分かった。……日本の、勝ちのためだ」
その背中は、三十年の重みを背負い小さく震えていた。
――
そして今回の張作霖爆殺未遂事件のニュースが南京に届いた時、蒋介石と宋美齢は言葉を失った。
「……やられたわ」
美齢が震える声で言った。
「あれはただの撤退じゃない。これは我々に対する『絶縁状』だったのよ」
そうだ。絶縁状だった。日本海軍は、この一件で蒋介石と国民党に、一つの消えない刺青を刻み付けた。『貴殿らには自国の秩序を保つ能力がない。故に、貴殿らは信用に値しない』と。
彼女は机の上に広げられた、欧米の通信社から届いていた済南に関する電文の束を指差した。その文面が、彼女の言葉を裏付けていた。
「ロイター電信、『済南における騒乱、南京政府の統治能力に深刻な疑問符。日本側、居留民の“平和的”撤退を完了』……AP通信、『蒋介石の北伐、その足元で燃え盛る排外主義の炎。国際社会の信頼を失う』……そして、これはパリから。アヴァス通信、『日本海軍、武力ではなく兵站能力で事態を収拾。その静かなる示威行動は、南京政府の未熟さを全世界に露呈させた』……」
美齢は夫の手を握った。
「もうお分かりでしょう、ダーリン。中国人にとって命より大事な『面子』が、世界中の目の前で完膚なきまでに叩き潰されたのよ」
自国の軍隊の統制も取れず、外国の居留民の安全さえ保証できない未熟な国家以下の連中。それが今の孫文なき国民党の姿だと、日本海軍は戦闘をすることなく、ただ「帰る」という行為だけで全世界に証明してしまったのだ。
「張作霖の件も、これで説明がつくわ。彼らがなぜあの老軍閥を生かしたのか」
蒋介石はこくりと頷いた。そうだ。東郷は関東軍の暴発を教えてくれた。それは善意からではない。彼らにとって張作霖は、たとえ古くとも自らの領地を完全に掌握している「信用できる取引相手」だったのだ。
それに引き替え、自分はどうだ。
「……私は東郷に試されていたのだ」
蒋介石は呻くように言った。
「有馬で私に手を差し伸べながら、彼は同時に値踏みしていた。この蒋介石という男が本当に中国全土を統べるだけの器があるのか、と。そしてこの済南の一件で、私はその試験に落第したのだ……」
彼は窓の外の、長江の濁った流れを見つめた。日本海軍という巨大で合理的な、そして非情な「制度」
そのパートナーとして、自分は不適格だと判断された。では、彼らが次に選ぶパートナーは誰だ? その答えは、考えるまでもなかった。
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