国家のはらわた 前編
──1927年(昭和二年)東北某県、冬──
奥羽山脈を望む東北の一隅。
地吹雪がやんだ翌朝、厚く凍った田の畦に、白い霜柱が無数に立っていた。
その霜の地を踏み締め、五十を過ぎた男が独り、ふもとの町へと歩いていた。
名を庄司茂吉。この村で代々続く農家の主だ。
明治に、父の代にはまだ年貢の名残があり、田を手放した隣家がいくつもあった。
大正期には地主制度と小作争議が津軽・南部で燻り、村にも赤いビラが撒かれた。
そして今――関東大震災の復興特需も終わり、都市から流れてくる米価は、嘘のように冷たく、安かった。
それでも土地を守ってきた。息子は長男を海軍に兵隊として出したが、戻ってくるや否や「この村では食えぬ」と言い、退役後仙台の製粉工場へ移った。茂吉は「それでいい」と言いながら、帰省の度にうまく目を合わせられなかった。
東北の雪は、都市のそれとは違う。重く、鈍く、しかし確実に土を押し潰してゆく。
根雪が畑を覆う頃、庄司茂吉は馬車の車輪を雪にとられながら、ふもとの町へ向かっていた。
彼の目的はただ一つ。海軍が出した“紙切れ”で土地を買うことだった。
「……庄司さんですね。お待ちしておりました」
迎えたのは、木造の海軍銀行分室。旧水交社の建物を転用したそれは、もとは退役軍人の交流所だったが、今や“制度債の換金所”として東北の港町にも次々と拠点を広げていた。
茂吉が入ると、すでに何人かの農民が無言で座っていた。皆、顔をしかめ、黙って湯呑みの湯をすすっている。誰もが粗末な着物の袖で口元を覆い、場を読むような視線を交わしていた。
やがて戸が開き、海軍の制服を着た男たちが現れた。彼らは、霞ヶ関から来た“制度債”の説明使節団だった。先頭に立つ青年将校――海軍経理学校出身、佐伯少佐が口を開いた。
「本日は、ご多忙の中ご参集いただきありがとうございます。帝国海軍では現在、“制度債”により、農業支援資金の循環を……」
その言葉に、場の空気が微かに揺れた。
「支援……?」
誰かが呟いた。「借金じゃないのか」と別の者が低く返す。
茂吉が手を挙げた。
「……言葉を飾らず、聞かせてほしい。我々はこれまで何度も“新制度”に裏切られてきた。積立保険、殖産公社、村役場の起債事業。みな、始まったときは立派だったが、結局は村が負債を背負うだけだった」
佐伯少佐は一度黙り、懐から一枚の見本券を取り出した。
「これは“海軍制度信用券”です。通貨ではありません。担保でもありません。これは、ある任務――たとえば南洋航路の燃料輸送任務――を完遂した艦隊に対し、発行された“完遂記録”です。我々は、それを信用として使っています」
「……軍の栄誉で、金を借りる、ということかね?」
「はい、記録の蓄積によって生まれる信用を、貨幣とは異なる形で、再循環させています。だから、利息も期日も不要です」
「そんな虫のいい話があるか」
と、角刈りの若者――伊平が怒気を含んだ声で叫んだ。元は地主の三男坊で、今は零細小作。戦争にも行けなかった。
「お上は、いつも都合のいい言葉で人を釣る。昔は“殖産興業”、今度は“制度”か? こちとら、それで何人が田を手放したと思ってんだ」
茂吉が、静かに制した。
「黙れ、伊平。若いもんが吠えるだけじゃ、前には進めん。……佐伯殿、あんた方の制度とやらで、わしらの土地は守れるのか?」
佐伯少佐は、一歩前に出た。
「制度は、あなた方の土地を“守るもの”ではありません。“繋ぐもの”です。次の世代に、田畑を、知恵を、記録された労苦を、制度という記録に載せて渡す。その回路を築く手助けを、我々がしたいのです」
沈黙。
茂吉はやがて、懐から細い木綿の帳面を取り出した。先祖代々の田の面積と、作付け実績を記録してある。
「……この土地は、明治のとき、わしの爺様が借金で買い戻した。それから大正の間に、また半分になった。……今は、四反だけが残った」
彼はその帳面を、そっと佐伯に差し出した。
「これが、“記録”というものならば。あんた方の制度にも、繋げてくれ」
数日後、再び海軍銀行を訪れた茂吉が差し出されたのは、制度点証書。茂吉の一族が海軍に徴用された際、任務に従事したことで与えられた制度点が茂吉の帳面に加算されたものだった。そこには出動日数、任務評価、無事故記録として記されていた。点数は87点。
「信用評価はA−です。制度債農地ローン、利用可能です」
軍服を脱いだばかりのような行員が事務的に言う。
「貸し出しは、二町三反までの農地取得、もしくは水冷型農具および冷蔵設備の導入が条件。現金ではなく、制度債での現物支給となります。納入先は、制度倉庫を通じて統一されます」
「……米は、海軍が買うんですか?」
「海軍“または”指定業者が制度価格で買い取ります。中抜きは発生しません。農協も、地主も通しません。あなたと国家の、直接取引です」
一瞬、茂吉は言葉を失った。
それはまさに、長年夢見ていたことだった。地主の顔色を伺うこともなく、誰かに口利きを頼む必要もなく、ただ“信用”という一点で、生きていけるということ。
しかし、それが夢であるがゆえに――彼は問いかけた。
「……なんで、海軍がそんなことするんです?」
若い行員は、目を伏せて答えた。
「……『艦を動かすのは、遠い港の鋼鉄や燃料だけじゃない。近くの畑の収穫でもある』と仰った方がいて」
彼の言う“方”とは誰か、茂吉には想像がつかなかった。ただ、その言葉は深く胸に残った。
同じ頃、東京・丸の内、財閥銀行本店。
石造りの応接室に響いていたのは、怒声と警鐘だった。
「どういうことだ!? 制度債を持った農民が、村の信用金庫に制度倉庫の担保を出して米の買付を始めている! しかも割引レートは我々より上だ!」
金融系財閥の幹部が机を叩く。隣に座る理事も険しい表情だ。
「海軍が刷った制度債など、国庫の外で貨幣を刷っているに等しい。租税も課されず、財政監査も効かない。これは――統帥権を盾にした金融クーデターだ!」
場に沈黙が落ちた。
「……通達を出しましょう。制度債、ならびに制度引換券の買入・割引・担保認定を全面禁止とする」
それが、金融系財閥の回答だった。
だが、すべての財閥が敵に回ったわけではなかった。
数日後、東京・丸の内。三菱財閥本館。応接室の窓から、霞ヶ関の方向を見やる男がいた。
「……なぜうちに“制度債の直接割引”を依頼してきた?」
「我々は、通貨の敵ではないのです」
応接机にいたのは、東郷一成だった。海軍経理局長、そして制度債の発案者として名を知られる男である。
「これは金ではない。信用を記録しただけの紙だ。国家の貨幣制度を脅かすものではない。ゆえに大蔵省の許認可も、不要です」
三菱側の幹部が言った。「我々に、何の得がある?」
東郷は鞄から、一枚の図面を取り出した。
「これです」
そこには、三菱長崎造船所で建造中の“高速タービン貨客船”の設計図があった。
「制度債ファンドは、この船の建造を融資しています。建造後は“民間輸送船”としてリース契約を結び、海軍物流網に組み込みます。――そしていざ有事には、即座に転用可能な“制度艦”となる」
「つまりこれは……信用担保を使った、国家と民間の二重利用モデルか」
東郷は頷いた。
「……そしてその“担保”は、漁村の夜警記録、農村の水田管理日誌、訓練出動の報告書全てに及びます」
「我々がそれを否定すれば、日本の国土そのものを否定することになります」
しばらくの沈黙ののち、三菱側が言った。
「……わかった。“換金禁止”には加わらん」
それは、明確な立場表明だった。
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