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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第二章

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女王陛下の身代金

 時:1930年(昭和五年)、2月

場所:ロンドン、ホワイトホール・海軍本部アドミラルティ


 第一海軍卿チャールズ・マッデン元帥の執務室には、アメリカのONIからリークされた「フーバー級改」の盗撮写真と設計図が広げられていた。


 それを取り囲む提督たちの顔色は、ロンドンの空よりも暗かった。


「……28ノットだと?」

 作戦部長が、信じられないという顔で呻いた。


「我が軍の条約型巡洋艦(ケント級など)でさえ、実用速力は30ノット前後だ。

 荒天時なら、この巨大な商船に振り切られる可能性がある。

 ましてや、こいつが飛行甲板を載せて『空母』になったら……」


「Uボートにも劣らない、通商破壊の悪夢だ」

 ウィンストン・チャーチル(当時は野党議員だが、海軍への影響力は絶大)が、葉巻を噛み砕きながら吐き捨てた。


「日本は太平洋とインド洋の通商路を、この『海賊船』で寸断する気だ。

 我々の巡洋艦は世界中に散らばっている。この怪物を追いかけるには数が足りん。

 しかも……電気推進だと? 我々にはその技術がない」


 イギリス海軍にとって、自国の商船隊よりも高速で、かつ長大な航続距離を持つ「仮想敵の予備艦」が存在することは、シーレーン防衛の根幹を揺るがす事態だった。


チャーチルは、執務室の窓ガラスに映る自分の顔を睨みつけた。


「……悔しいが、認めざるを得ん。

 今のロイヤル・ネイビーには、あの『フーバー級改』を捕捉し、撃沈できる艦がない。

 巡洋艦では速力が足りず、巡洋戦艦『フッド』は老朽化し、燃費が悪すぎて太平洋を追いかけ回せない」


 マッデン元帥が、重い口を開いた。

「対抗手段は一つだけある。

 我々も『特設空母』の種を持つことだ。

 ……クライドバンクのジョン・ブラウン造船所で建造が止まっている、あの船(Hull No.534)だ」


 『No.534』。後に『クイーン・メリー』と名付けられるはずの、8万総トン級の超豪華客船。


 「……あれなら対抗可能です。速力30ノット、排水量8万トン。特設空母にすれば世界最強だ。

 ……ですが工事は止まっている。キュナード・ラインに資金がないからだ」


 大恐慌の波は、大英帝国の威信である造船業をも直撃していた。錆びついたクレーンの下で、未完成の巨船が雨に打たれている。それが今のイギリスの姿だった。


「金がない、か……」

 チャーチルは、窓の外を睨んだ。

「アメリカ(スティムソン)に頼めば、説教と共に『自助努力』を求められるだけだ。あのピューリタンの国は、品がない。そして最近は金すらない」


「ならば、どうします?」


「……日本だ」

 チャーチルは不敵に笑った。

「日本には今、金と、そして『血筋』がある。彼らは今我が国のタンカーを買収し、オランダの経済を救い、アメリカの鉄道を動かしている。

 彼らなら、我々の言葉(貴族の論理)を理解できるはずだ」


 チャーチルは、日本大使館の方角を指差した。



 時:数日後

場所:ロンドン、グロヴナー・スクエア 日本大使館・公邸


 その日、日本大使館の応接室「芙蓉の間」は、ロンドンのどんよりとした空気とは隔絶された、別世界の雅やかさに包まれていた。


 最高級の有田焼のカップに注がれたダージリンの香り。壁に飾られた横山大観の絵画。


 そして何より、そこに座る三人の日本人の「血筋」が放つオーラが、来訪者たちを圧倒していた。


 駐英大使、松平恒雄。会津松平家の血を引き、秩父宮妃殿下の父でもある、正真正銘の貴人。

 陸軍武官、前田利為としなり大佐。加賀百万石・前田家の第16代当主にして侯爵。

 海軍武官、島津忠重少将。薩摩島津家の第30代当主にして公爵。


 彼らは単なる外交官や軍人ではない。数百年の歴史を持つ「殿様」たちであり、日本が誇る「華族外交」の精鋭たちだ。


 対するイギリス側は、労働党のヘンダーソン外相と、ウィンストン・チャーチル。

 彼らは「大英帝国の威信」を背負って来たはずだったが、目の前に並ぶ「東洋の王侯貴族」たちを前に、借金の申し込みに来た平民のような居心地の悪さを感じていた。


 イギリス人は、成金は嫌いだが「貴族」には弱い。

 この三人の前では、チャーチルといえども敬意を払わざるを得ない。


「……松平閣下」

 チャーチルは、最高級の葉巻を勧めながら切り出した。


「単刀直入に申し上げよう。

 貴国がアメリカから手に入れた新型客船……あれは、少々『元気』が良すぎるようだ。

 28ノットの商船など、太平洋のバランスを崩しかねない。

 議会では『日本への技術流出を懸念する』として、条約での規制を叫ぶ声もある」


 松平大使は、優雅に紅茶を啜った。

「それは異なことを。あれは単なる『高速フェリー』です。

 我が国は島国ゆえ、物流の迅速化は死活問題でしてね。他意はありませんよ」


 白々しい嘘だ。だがそれが外交だ。


「ええ、分かりますとも」

 チャーチルはニヤリと笑った。


「そこでだ。我々英国も、貴国の『事情』を汲んで、議会のうるさい声を黙らせてやりたいと思っている。

 ……ついては、一つ『相談』がある」


 チャーチルは、一枚の絵葉書をテーブルに置いた。

 建造中止中の『No.534(クイーン・メリー)』の完成予想図だ。


「あれはただの客船ではない。有事には高速輸送艦、あるいは……貴国がフーバー型でやろうとしているような『航空機搭載艦』にもなりうる、帝国の予備戦力だ。

 これを完成させることは、世界の海のバランスを保つためにも不可欠であると、我々は考えている」


 ヘンダーソン外相が、言い訳がましく付け加えた。

「もちろん、これは『投資』のお願いです。援助ではありません。

 キュナード・ラインが完成後に上げる収益から、元本と利息は確実に返済されます」


 嘘だった。

 大西洋航路の客足は激減しており、収益など見込めるはずがない。これは事実上の「救済融資」の嘆願だ。


 ヘンダーソンらが退出した後。

 三人の華族たちは、顔を見合わせて苦笑した。


「……落ちたものだな、大英帝国も」

 前田侯爵が、ブランデーを揺らしながら言った。

「『お宅の船が怖いから、ウチの船を作る金を貸してくれ』とは。……まるで貧乏旗本の無心だ」


「だが、無碍には断れまい」

 松平大使が、外交官の顔で言った。


「ここで恩を売っておけば、膠着しているロンドン会議での日本の立場は盤石になる。

 それに、イギリスの造船所が商船で手一杯になれば、軍艦を作るドックが塞がる。……悪い話ではない」


 そして、視線は一人の男に集まった。

 島津忠重公爵。海軍少将。

 東郷一成の父、平八郎も仕えた薩摩藩島津家の正当なる第30代当主。


「……島津さん。財布の紐を握っているのは、貴方のところの『元・家臣の息子』ですぞ」

 前田が冷やかした。

「殿様から、頼んでみてはどうです?」


 島津はゆったりと笑った。彼は育ちの良さからくる鷹揚さと、海軍軍人としてのリアリズムを併せ持っていた。


「……面白い。

 かつて我が家は琉球を通じて密貿易をし、幕府をひっくり返す軍資金を作った。

 今、東郷の息子はアメリカを使って密貿易のようなことをし、世界をひっくり返す軍資金を作っている。


 ……血は争えんということか。よかろう、ワシントンに電報を打とう」



 時:同日

場所:ワシントンD.C. 日本大使館


 東郷一成の元に、ロンドンから一通の「奇妙な」電報が届いた。

 発信者は、島津忠重。


『英国、女王クイーン・メリーノ化粧代ニ困窮ス。

 カネヲ貸シテ、恩ヲ売リタシ。

 ……サツマノ流儀デ、頼ム』


 東郷は、その電文を見て吹き出した。

 副官の伊藤が怪訝な顔をする。

「……大佐。島津公爵からですか? 何と?」


「殿様からの『おねだり』だよ、伊藤君」

 東郷は楽しげに言った。


「イギリスが『クイーン・メリー』を作る金を貸せと言ってきたらしい。

 ……断る理由はないな。総額、600万ポンド(約3,000万ドル)。

貸してやろう」


「えっ? よろしいのですか?

 あれは完成すれば、我が方のフーバー級に対抗、いや凌駕しうる高速船になりますが……」


「構わんよ。ただし条件を一つだけつける」

 東郷は、窓の外のポトマック川を見た。



 時:数日後

場所:ロンドン、海軍本部・第一海軍卿執務室


 島津忠重はマッデン元帥とチャーチルを前に、優雅に切り出した。

「……融資の件、本国は承諾いたしました。

 『クイーン・メリー』は、必ずや世界の海を飾るでしょう」


 マッデンとチャーチルは、安堵の息を漏らした。これで造船所の雇用は守られ、帝国の面目は保たれる。

「感謝する、公爵。さすがは武士の情けだ」


「いえいえ。……ところで、返済の方法ですが」

 島津は扇子を広げるように、一枚のリストを提示した。


「現金は不要です。貴国の財政難は存じておりますゆえ。

 その代わり……ポーツマスやスカパ・フローの港で錆びついている、こちらの『不用品』を頂戴したい」


 チャーチルがリストを覗き込み、眉をひそめた。

「……これは?

 『アイアン・デューク』級戦艦? 『ライオン』級巡洋戦艦?

 これらは軍縮条約で廃棄が既定路線の旧式艦、あるいは予備役の老朽艦だぞ?」


「はい。それら全てを『解体後のスクラップ(鉄屑)』として、日本が引き取ります。

 ……それから大戦で余ったまま野積みされている砲弾の薬莢(真鍮)や、廃船となった商船も」


 島津はにっこりと微笑んだ。

「我が国は今、建設ラッシュでしてな。鉄がいくらあっても足りないのです。

 貴国にとっては『維持費のかかるゴミ』でしょう?

 それを借金のカタに引き取って差し上げようというのです」


 マッデンは罠の匂いを感じた。

「……鉄屑として、か? 本当に溶かすのか?」


「もちろんですとも。貴国で全て溶かしてください。

 まさか今さらあんな旧式戦艦を、日本帝国海軍が戦力として使うとお思いで?」


 それは強烈な皮肉だった。

「お前たちの古い武器など、我々には鉄屑の価値しかない」と言い放ったに等しい。


 だが、イギリス側には断る理由がなかった。

 ゴミを渡して、最新鋭客船クイーン・メリーを作る金が手に入るのだ。

 論理的には得な取引に見える。


「……よかろう」チャーチルは決断した。

「持っていけ。ポート・オブ・ロンドンとスカパフローにある鉄屑を、全部だ」


 島津は、満足げに頷いた。

「商談成立ですな。……ああ、輸送はこちらの『ハリス型』貨客船などの帰りの便に載せますので、ご心配なく」

いつもお読みいただきありがとうございます。


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南米の資源を確保した日本にとって、アメリカはともかくもはや大英帝国と戦争する理由が見当たらないんですよね。 むしろ、その長大な輸送線の安全を確保するためにもオーストラリアを扼するイギリスとは協調するは…
客船改装空母の話題が上がるたび、隼鷹や豪華客船ノルマンディーくらいなら話は違いますが、いつも思うことは改装するよりも、その資材と時間でコロッサス級のような商船規格の大型簡易軽空母を建造した方がよかった…
ここまで日本が稼いでるとやり方次第では当時のユダヤ人への嫌悪感場や黄禍論以上にヘイトが燃えに燃えて、たとえどうゆう状況結果になろうとも日本つぶすために戦争になりそう
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