表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/185

信用の味

1926年、大正最後の年の春は、普通選挙法が施行されたばかりということもあり、各党政治家に汚職疑惑がかけられだしていた。だが、子供には関係のないことである。


横須賀市立汐入尋常小学校――木造校舎の廊下は磨き上げられ、杉板からは石鹸と晒し布の匂いがした。窓枠の隙間からは、散りながらふくらむ桜のはなびらがときおり舞い込み、黒板の下でひらひらと息絶えてゆく。正午の鐘の合図とともに、鉄鍋で煮えたぎる油の匂いが、職員室から教室へ、教室から校庭へと波のように押し寄せた。


「今日は《八千代丸》から届いた鯨の竜田揚げだぞ。海の恵みをいただこうな」


担任の声が、きっぱりとした愉快さを帯びて教室を満たす。白い飯茶碗の横に置かれた大皿から、湯気の立つ茶色の塊が一つ、また一つと子どもたちの皿に積もってゆく。油の照りが窓明かりを跳ね返し、たちまち教室の空気は甘く、そしてわずかに獣の匂いを孕んだこってりさで満ちた。箸の先がせわしなく触れ合い、カタカタと音を立てる。


「わー!」


机を叩く音。椅子がひっくり返る寸前でとどまる。頬という頬は油で光り、目は輝いていた。


少女――この春から一年生になったばかりの小さな背中が、列の端で自分の皿を抱え直した。名前は幸。


彼女は、両手を合わせ、胸の奥に落ちてくるものの重さを、まだうまく言葉にできずにいた。


(……これが、“制度債の成果物”。難しいことは分からないけれど……でも、この竜田揚げは、たしかに誰かが汗を流して、命をかけて働いた記録が形になったもの。“信用”が、私たちのご飯になったんだ……)


彼女の心の声は、年齢にそぐわぬ澄明さを帯びている。理由は本人にしか分からない。二十世紀のはるか先から転げ落ちてきた記憶が、彼女の瞳の底でいつも静かに揺れていたからだ。


「いただきます」


小さな箸先が、衣のざらりをつまむ。かじると、衣が軽く崩れ、鯨独特の赤身がたっぷりの肉汁を吐き、甘じょっぱさが舌の裏側へすばやく走った。噛むほどに野性の温度がにじみ、味噌汁の湯気が鼻をとおる。視界の端で、湯飲み茶碗に茶色の膜がゆらりと揺れ、机の木目が油に濡れたような光沢を帯びる。


「うまい! ほんとに肉だ!」

隣の列の男の子が、口の両端を黒く光らせて叫んだ。


「おかわり欲しい!」

別の女の子が手をまっすぐ挙げる。


笑い声が起き、箸の先が踊る。


(……“制度”っていう難しい言葉が、こんなふうに笑顔になっちゃうんだ……。  

教科書で読んだ“信用創造”なんて、頭では分からなかったけど……ここでは揚げ物ひとつでみんなが納得してる。……“信用の味”って、甘辛いんだね)


幸はそう思いながら、ふと横を見た。


同じ列の少しやせた男の子が、竜田揚げをほとんど噛まずに飲み込み、こぼれそうな涙を手の甲で拭っている。その小さな手の骨ばった節々が、湯気の向こうであまりにも生々しかった。


(……よかった……この子は、ずっとお腹を空かせていたんだ。だから、涙が出るほど嬉しいんだ……)


幸は、箸を一度置き、息をゆっくり吸い込んだ。胸の奥に、あたたかくて、でも少し苦しいものがじんと広がる。


教室の隅、窓際の光に肩口だけを濡らしながら立つ男がいた。海軍省から来た東郷一成である。


腕を組み、背筋の線は細く緊張しているが、眼差しは柔らかい。隣には同行の沢本頼雄がメモ帳を抱え、さらにその後方には教員の記録係が、体重測定表の欄外に小さく鉛筆で「体重増・栄養改善効果見込む」と書き込んでいる。


東郷は、ごく低い声で沢本に言った。

「見たまえ。今ここで制度債は紙切れではない。国民に“信用”を渡す手段だ。ほら、あの笑顔がすでに返済だ」


沢本は、息を漏らすように笑った。

「確かに……これは数字より雄弁だな」


数字より雄弁。それは海軍にとって、最も危険で、そして最も強靱な言葉だった。


数字は抵抗や反論を受ける。推計には誤差が生じ、統計は疑われる。だが、子どもの笑顔は、どこの委員会でも覆しがたい。


東郷はそれを知っていた。彼は遠くの机の端で、揚げた鯨肉を両手で大切そうに持ち上げる少年の姿に、答え合わせのような静けさを見た。


(この信用は、胃袋に直結する。だから強い)


彼はそれを声には出さなかった。

教室の空気を揺らすものは、子どもたちの笑い声だけでいい。それが、今の制度にとっていちばん筋の良い音響だからだ。


先生は、子供たちに飯をよそいながら、ふと胸の内でつぶやいた。


(……海軍さんのやることは、正直よく分からん。制度債だの信用だの、難しい話は俺には関係ない。だが、こうして子供たちが腹いっぱい食って、笑っているのを見ると――それで十分じゃないか)


その思いの裏には、昭和恐慌の影が忍び寄っている現実もあった。米価は下がり、農村は疲弊し、親が子どもの給食費を滞納することも増えているという。だからこそ、海軍から届いたこの鯨肉の竜田揚げは、ただの料理以上の意味を持っていた。


鐘が鳴ると、子どもたちはいっせいに立ち上がり、まだ油の匂いを身にまとったまま校庭へ駆けていった。追いかけっこ、縄跳び、鉄棒、砂埃、桜の花びら。教室には、箸と茶碗のぶつかり合いが残したわずかな音の記憶と、食べ終えた皿に光る油の輪が、静かな湖のように残った。


幸は机に頬杖をつき、窓の外、廊下の向こうに立つ東郷一成の背中を見た。その背は、振り返らない。振り返らないことの確かさが、彼女の胸の真ん中に、きゅっと小さな結び目を作った。その背中がたった一人で全てを背負っているように見えて、彼女の胸に小さな痛みが走った。


(お父さま……あなたはこの国の信用を、ほんとうに食べられるものにしちゃったんだ)


彼女は、自分の皿の隅に残っていた衣の欠片を指でつまみ、そっと口に運んだ。冷め始めた油は、さっきよりも塩気を引き立て、歯に小さく鳴った。



同じ年の晩秋、ニューヨーク州知事公邸。 重たいカーテンに光が分厚く阻まれ、午後の陽は絨毯の端に薄い刃を置くように差し込んでいた。暖炉はまだ火が入っていない。窓の外、ハドソン川は鉛色の水面で光を砕きつづけている。


フランクリン・デラノ・ルーズベルト――FDRは書斎の椅子に深く身を預け、机上の分厚い資料をゆっくりとめくっていた。 表紙には、財務省の特殊分析室「ユニット・R」の押印。添付クリップには、ニューヨーク・タイムズ、サタデー・イブニング・ポスト、ローカル紙の切り抜きがいくつも挟まっている。


記事はどれも、日本の震災復興をたたえ、「奇跡のヤチヨマル」の物語を温かい筆致で報じていた。日本帝国海軍が保有する船の一部を割き、日本近海から南氷洋へ出て鯨を狩り、栄養豊富な肉を、恵まれない子どもたちの給食として届ける――読者を泣かせるには十分すぎる構図である。


だがFDRの目は新聞にではなく、その奥に綴じられた分析に釘付けだった。 FDRの最も信頼する男、ハリー・ホプキンスのレポート。 整った字で綴られたその文面は、記事の温度を容赦なく奪い去る冷たさを備えていた。


レポート要旨(抜粋)

『八千代丸』プロジェクトは、表面的には人道支援事業であるが、その本質は、東郷一成が設計した「海軍制度債」システムの正統性を、国民の感情レベルで確立するための、極めて高度なプロパガンダである。


「軍隊が子供を食わせる」という物語は、批判を許さない。これにより「制度債」は、単なる金融ツールから、国民的合意を得た“聖域”へと昇華した。『八千代丸』は新造された12,500トンの大型高速タンカーである。平時には慈母の顔で食料を運ぶが、有事には連合艦隊の燃料補給を担う戦略的兵站資産に転ずる。彼らは、国民の喝采を浴びつつ、ワシントン条約の監視外で戦争継続能力を高めている。


鯨油は燃料・工業原料、鯨肉は食料となる。プロジェクトは日本の食料・油脂自給率を押し上げ、経済封鎖への耐性を増す。


結論:東郷一成は、「信用」を「鯨肉」に錬金してみせた。これは国家のナショナル・ソウルを再設計する、壮大な社会工学である。


FDRは、資料の端を指で二度叩いた。

「……一杯食わされたな。見事というほかない」

苛立ちと、認めざるを得ない畏怖。両方が彼の額に薄い影を落とした。


彼は書類から目を上げ、窓の向こうに広がる、鉛色のハドソンを見やった。水面は、冬を迎える支度を急ぐように、低く、早く、絶え間なく動いている。


(東郷。君は究極の兵器を手に入れた。戦艦でも空母でもない。“国民の感謝”という名の見えざる盾だ)


彼は目を閉じる。 脳裏に浮かぶのは、黒板の前の小さな教室、湯気、油の照り、箸の音、そして笑顔。自分はその場に立ち会ったことがない。だが、ホワイトの文面の向こうから立ちのぼる匂いは、奇妙なほど具体的だった。


「我々がテネシー川にダムを築き、雇用と電気を与えようとする計画を練っているあいだに、彼はもっと直接に、国民の胃袋と心を掴んでしまった」


FDRはベルを鳴らした。 レポートの作者、ハリー・ホプキンスが入ってくる。細身のスーツ、疲労と興奮の等比混合。


「ハリー、我々の『ニューディール』は、単なる政策の束では足りない。もっと強力な“物語”が必要だ。アメリカ国民が、『政府は我々の仲間だ』と腹の底から実感できるような物語が」

「パンを配り、橋を架け、病院を建てるだけではなく、意味を配らねばならん。  飢えた者にパンを。病める者に医療を。そして、絶望した者に希望を。  やり方は――」


そこまで言いかけて、FDRは自嘲ぎみに笑った。


「いや、東郷の真似はできん。だが、彼が示した“信用の味”に、我々は負けるわけにはいかない」


ホプキンスはうなずいた。


「では、腹の底に届く言葉で、腹の底に届く手を動かすプランを」


FDRは椅子からわずかに身を乗り出し、窓の外に向かって、そこにいるはずのない宿敵へ語りかけるように呟いた。


「いいだろう。勝負は、数字だけではつかない。君がそれを証明したのだ、東郷」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
恐慌の時にこの八千代丸のことどれくらいのアメリカ人が知ってたんだろう。たくさん知ってる人がいたなら政府は日本と違って国民を助けてくれないって思いや考えがより深まって絶望し反政府感情を抱えた人が多そう。…
> 1926年、昭和元年の春は、どこかまだ大正の余韻を残していた。 昭和元年(12/25-12/31)の春 とは何を指しますか? 史実より早く改元する事態が発生したかとでしょうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ