エピローグ ~『隠されていた陰謀』~
事件が解決してから数日後、琳華は天翔と約束した通り、外出を楽しんでいた。
心弾む思いで彼と共に商店が立ち並ぶ街を歩く。活気に溢れた通りは人々の笑い声が広がっており、琳華はその賑やかさに目を輝かせていた。天翔も時折、足を止めては気になる店先を眺めている。
(天翔様も楽しめているようでなによりですね)
心が浮き立っていると、彼の表情からも伝わってくる。そんな天翔の視線の先にあるのは花店だった。鮮やかな色彩の花々が並ぶ姿に、琳華も引き寄せられてしまう。
「綺麗ですね……」
花々の美しさに心を奪われた琳華は、感嘆の息を漏らす。すると、奥から店主の女性が現れ、気さくな笑顔で二人に声をかけた。
「こちらの花は市場から仕入れたばかりなんですよ。特にオススメはこれです」
店主は一輪の梅の花を紹介する。その花びらは雪のように白く、微かに淡紅を帯びている。上品で奥ゆかしい美しさに魅了され、琳華の頬は自然と緩んでしまった。
そんな彼女の反応に気付いた天翔は、「一ついただけるかな」と店主に伝える。待ってましたとばかりに、梅の花を丁寧に包むと、天翔に手渡した。彼はその花を受け取り、優雅に琳華へと差し出す。
「色々と大変だった君へのねぎらいのプレゼントだ。受け取ってくれるかな?」
琳華は突然の贈り物に驚きながらも、深い感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。梅の花を受け取ると、そっと手元に引き寄せる。優しい香りがふんわりと広がり、琳華の心を温かく満たしていった。
「ありがとうございます、天翔様はお優しいですね」
「僕はただ君が喜ぶ姿を見たかっただけさ」
「なら効果ありです。私はいま、とても幸せですから」
二人は照れくさそうに頬を赤く染める。少しの間、穏やかな時間を過ごすと、花店を後にして、賑やかな街道を進む。
しばらく歩いていると、やがて周囲の喧騒から離れた広場へとたどり着く。設置された石造りの長椅子に腰を下ろすと、冷たく、滑らかな石の感触が広がっていく。梅の花を手にしたまま、琳華は広場の様子を呆然と眺めていた。
「こうして静かに座っていると落ち着きますね」
「事件の騒動が嘘のように感じるよ……」
天翔は広場の片隅にある石像に視線を送りながら、ゆっくりとした口調で呟く。穏やかな風が二人の間を抜けていく中、その目は細められていた。
「ただ解決に貢献した君が、貴妃の側近に選ばれなかったのは納得できない結果だったね」
貴妃の総尚宮は桂華に決まり、四尚宮は一名が空席のまま、残り三名が決定した。その三名は有力候補として名前さえ挙がっていなかった人物ばかりだが、桂華の部下である点だけが共通していた。
「私としては選ばれなくて助かりました。貴妃様や桂華様の下で働くのは苦労も多いでしょうから」
職場の人間関係も働く上の重要な要素だ。琳華にとっては、出世より文書管理課で働く仲間の方が大切だったのだ。だからこそ、ふとしたことで、後輩だった春燕のことを思い出してしまう。
「春燕様の罰が軽く済めば良いのですが……」
「それなら安心していいよ。無罪放免とはいかないけど、重罪にはならないだろうからね」
玉蓮は自分で毒を飲んだだけで、貴妃を暗殺しようとする意図はなかった。もちろん宴席を妨害した罪があるため、お咎めなしとはいかないが、重罪にならない方向性で進んでいると、天翔は補足する。
その言葉を聞いた琳華は、少しだけ肩の力を抜く。安堵するように梅の花をジッと見つめていると、ある疑問が頭に過る。
「もしかして、貴妃様が減刑を求めたのですか?」
その質問に驚いたのか、天翔は目を見開く。
「よく分かったね。重罪にならなかったのは貴妃が罪を咎めなかったおかげでもあるんだ」
「やはりそうでしたか……」
「……何か思うところでもあるのかい?」
「桂華様と貴妃様の陰謀が裏で動いていたかもしれないと、そんな風に考えてしまったんです」
琳華は静かに呟く。彼女の瞳には、新たな洞察が宿っていた。
「今回の事件、最も得をしたのは誰か分かりますか?」
「総尚宮の地位を得た桂華だろうね」
「では次点は誰です?」
「それは……貴妃か!」
「正解です。文書管理課に出向してはいましたが、春燕様は皇后様の現役の侍女でした。その彼女が暗殺未遂を起こしたと噂が流れれば、真偽はともかく、皇后様の評判は落ちます。心無いものは嫉妬による犯行だと愚弄するでしょうね」
今まで人格者として完璧な評判を保っていた皇后に汚点を作ること。それこそが貴妃の狙いであるなら、筋が通ることも増えてくる。
「時系列で説明しましょう。事件の始まりは、随分前でしょうね。春燕様を皇后様の侍女として送り込んだ時には、桂華様の頭の中には今回の展開があったはずですから」
貴妃が別の女性であっても構わない。皇后のライバルとなる誰かが現れたタイミングで発動する爆弾を桂華は仕掛けていたのだ。
「玉蓮様と春燕様はお金を欲していました。そのためにはどんな無茶でも受け入れる二人は、手駒として都合が良かったはずです」
「つまり桂華は大金を支払って、服毒の自作自演を命じたということだね?」
「その可能性が高いでしょうね」
上級女官に昇格しただけでは心臓病の治療費はすぐに稼げない。出世とは別に金を受け取ったと考える方が自然だ。
「毒を飲んだ玉蓮様は事件を解かせるために、私を追い込みました。今回の計画の肝は、皇后様の侍女である春燕様が共犯だったと明らかになることです。それも自然な形で露呈しなければ、無用な憶測を呼びますから。自首するわけにもいきません」
あくまで足掻いた結果、真相に辿り着く形にしなければならない。そういう意味で、琳華という探偵役は計画に必要な存在だった。
だからこそ琳華を焚き付け、あえて敵対してみせることで、罠に嵌めても違和感のない状況を作り上げたのだ。
(思えば、数々の嫌がらせも探偵役にふさわしいかどうか吟味する目的だったのかもしれませんね)
謎を解けない探偵では計画が頓挫する。琳華の能力を測るためだとすると、その行動により強い納得感を得られた。
「さすが琳華だ。でも、よく桂華の狙いに気付いたね」
「追求された玉蓮様の態度が潔かったことに違和感を覚えたので……」
「でも春燕の方は最後まで無実を主張していたよね?」
「それはきっと計画の全貌を聞かされていなかったからでしょうね」
知らないからこそ演技も迫真になる。そこまで計算した上で、すべての計画が練られていたのだと知り、天翔は戦慄を覚える。
「恐ろしい人たちだね……」
「ただ良かった点もあります。春燕様の心臓病は間違いなく治療されるでしょうから」
多少の演技が混じっていたとはいえ、文書管理課の後輩だったことに変わりない。長生きできるなら、それに越したことはない。
「皇后の方も問題ないよ。あの人は悪評が流れたくらいで折れたりはしない。僕が保証する」
天翔は穏やかに微笑む。彼がそう言うならと、琳華も深い信頼を込めた笑みを返す。二人はしばらくの間、言葉を交わさずに、その場の静けさを共有していたが、琳華がふと思い出したかのように話を切り出した。
「そういえば、事件を解決した功績で表彰されたんです」
「それは凄いね」
「その際に金一封も頂きまして。もしよければ、これを……」
次の瞬間、琳華は少し照れくさそうに手を伸ばして、懐から小さな包みを取り出す。丁寧に紐解くと、中から美しい玉佩が現れた。
花形の盤に絹の紐が通された玉佩は、腰に帯びる装飾具である。翡翠が光を受けて柔らかな輝きを放ち、格式高い装いが演出されていた。
「いつもお世話になっている感謝の印です」
琳華は少し緊張しながらも真剣な表情で、玉佩を天翔に手渡す。彼は一瞬驚いたように目を見開き、玉佩をじっと見つめてから丁寧に受け取った。
「ありがとう、琳華。本当に……本当に、嬉しいよ……」
天翔は玉佩を手の中でそっと撫で、その美しさと重みを確かめる。光を受けて宝石のようにキラキラと輝く表情には、鑑定士でも測りきれないほどに価値ある笑みが浮かんでいたのだった。
皆様のおかげで大幅加筆でパワーアップした書籍が発売しております
もしよければ、お近くの書店でご購入いただけると幸いです
また最後まで読んでいただき、ありがとうございました
いつも読んでくださる皆様のおかげで、執筆活動を頑張ることができます
もし面白かったと思って頂けたなら
・ブックマークと
・広告の下にある【☆☆☆☆☆】から評価
を頂けると、大変励みになりますので、何卒よろしくお願い申し上げます
加えて、次の章を書きだめてから更新したいため、
少しの間、お待たせすることになるかと思います
お手数をおかけしますが、引き続き、本作をよろしくお願いいたします




