表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/75

第七章 ~『玉蓮の背景』~

 事件を解決してから数日後の夕暮れ時、琳華(りんふぁ)は一日の仕事を終えて、ゆっくりと廊下を歩いていた。


 空は茜色に染まり、窓から差し込む夕陽が廊下を柔らかく照らしている。そんな中、琳華(りんふぁ)の目に人影が映った。光と影が織りなすシルエットは、どこか優雅な落ち着きを感じさせる佇まいであり、琳華(りんふぁ)はその姿に見覚えがあった。もう少し近づいてみると、その正体が天翔であると気づく。


「天翔様!」


 琳華(りんふぁ)が声を弾ませながら呼びかけると、天翔はゆっくりと振り返る。その顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。


「実は君を待っていたんだ」

「私をですか?」


 琳華(りんふぁ)はその目的をすぐに察する。


「事件についてお聞きしたのですね?」

「無事に解決したと僕の耳にも届いたよ。さすがは琳華(りんふぁ)だ」


 天翔は少し真剣な顔つきに変わり、事件の全貌を思い返すように言葉を続ける。


蘭芳(らんふぁん)がどうなったかは既に知っているかな?」

「一週間の謹慎だと聞いています」

「被害が人間ではなく、猫だからね。騒ぎを起こした罰としては妥当なのだろうね」


 医官たちが多忙を理由に治療を断るほどだ。猫の存在が軽視されていると知ってはいたが、予想以上に軽い罰に複雑な心境だった。


「ただ後宮は女性の多い職場だ。猫を好む者も多い。蘭芳(らんふぁん)の評判は大きく悪化したし、女官に昇格する芽は潰れただろうね」


 それが最大の罰になる。出世欲の強かった蘭芳(らんふぁん)にとって、大きな痛手となったのは間違いない。


「ただ今回の事件で最も得をしたのは玉蓮(ぎょくれん)だったね。猫を救い、春燕(しゅんえん)の冤罪を晴らした功績は大きい。過ちを犯したのが部下の蘭芳(らんふぁん)だとしても、その罪を暴く手伝いをしたと、むしろ評価を高めているほどだ。宮女たちの間では彼女の話題でもちきりだよ」

「狙い通りの結果になったようで安心しました」

「もしかして噂を流したのは君かい?」

玉蓮(ぎょくれん)様との約束でしたから」


 子猫を治療する代わりに、玉蓮(ぎょくれん)の評判を高める。その約束を果たすため、託児館の女官たちは、玉蓮(ぎょくれん)を事件解決の英雄として広めたのだ。噂は宮中を駆け巡り、その名声は大きく高まることとなった。


「謎を解いたのは君なのにね」

「私は名声を得ることに興味がありませんから」

「だが……」

「私は大切な人たちから評価されれば、それだけで満足ですので」


 琳華(りんふぁ)は穏やかな声で言い切る。その声は静かでありながらも、しっかりとした信念が込められていた。


「ただ、一つだけ心残りがあります。蘭芳(らんふぁん)様の動機についてです」

春燕(しゅんえん)を嫌っていたからではないと?」

「私にはそう思えないのです。もし評判を落とすのが目的だったなら、子猫を傷つける以外にも方法はあったはずですから」


 わざわざ猫を巻き込む必然性が見当たらないからこそ、琳華(りんふぁ)は釈然としない気持ちを抱えていた。


「毒を使うことに意味があったとしたらどうだろうか?」

「それは……ありえますね……」


 毒の利用を動機とした場合、人間に試す前の実験などがすぐには思いつく。ただそれでは春燕(しゅんえん)を罠に嵌める理由にならない。


 もっと別の観点から動機を探っていると、頭の中に一つの閃きが浮かぶ。


「まさか……」

「答えに辿り着いたのかい?」

「今回の事件、最も得をしたのは玉蓮(ぎょくれん)様です。そのために行動したとすれば、事件の全貌が浮かんできました」

「聞かせてもらえるかな?」

「もちろんです」


 頭の中で自らの推理を整理すると、琳華(りんふぁ)は静かに口を開いた。


蘭芳(らんふぁん)様が盛った毒は子猫が命を落とすほどの量ではありませんでした。確実に命を奪うなら、もっと量を増やせたはずなのにです」

「なるほど。玉蓮(ぎょくれん)の手柄にするためには、死なれては困るからか。つまり蘭芳(らんふぁん)が犯行に及んだ本当の動機は……」

玉蓮(ぎょくれん)様の評判を高めるためです」


 貴妃の側近に選ばれるためには、高い評判が必要になる。そのために玉蓮(ぎょくれん)蘭芳(らんふぁん)を利用したのだ。


 この推理に証拠はないが、琳華(りんふぁ)は確信に近しい自信があった。これが真実だとするのなら、玉蓮(ぎょくれん)琳華(りんふぁ)の頼みに対して協力的だったことにも説明がつくからだ。


琳華(りんふぁ)さんの推理、きっと当たっていますよ」


 ふいに声を掛けられる。振り向くと、そこには春燕(しゅんえん)が立っていた。彼女の顔からはいつもの小動物のような愛らしさが消えている。


「姉さんの名前が出ていたので、盗み聞きしちゃいました。その上で断言できます。あの人なら蘭芳(らんふぁん)さんを意のままに操れるはずです」


 春燕(しゅんえん)は淡々と語る。その内容に琳華(りんふぁ)と天翔は耳を傾ける。


「実は、姉さんは桂華さんの部下だったことがあるんです。その際に、人心掌握の術を叩き込またそうで……」

「あの桂華様からですか……」


 桃梨(とうり)を意のままに操り、宝物殿の品を横領させていたことを思い出す。操り人形のように人をコントロールする術を玉蓮(ぎょくれん)も教わっているのだとすると、蘭芳(らんふぁん)が指示に従ったことにも納得できた。


「だから姉さんが命令すれば、可愛がっていた子猫を犠牲にさせることや、罪を背負わせることも強制できたはずです」


 琳華(りんふぁ)の胸に冷たい感覚が広がっていく。相手の感情を巧妙に操り、忠誠や依存を生み出す力に戦慄を覚えたのだ。


 だが琳華(りんふぁ)は決して怖じけてはいない。心には静かな決意を沸き上がらせ、毅然とした態度を貫くのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i364010
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ