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影武者信玄 ~ 御旗楯無も御笑覧あれ ~   作者: 浦賀やまみち
火の章

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第04話 慶弔




「おお! 上手く出来ているじゃないか!」


 椿に送る返事が思う様に書けず、気分転換の散歩の帰り道。

 屋敷前の侵入者の勢いを殺す虎口坂を下った先にある広場にて、大工職人達が作り上げたモノの出来栄えに拍手喝采をあげる。


 決して、お世辞では無い。

 俺は元家具会社の営業だ。家の様な大きな建築物は別にして、家具程度の木工製品なら見る目は持っている。


 大人が座れる横幅が有る約十メートルの板材が一枚。

 その中央を大地に深く刺した太い木材で支え、板材の両端に乗った人がバランスを取り合って楽しむ遊具『シーソー』である。

 作ってしまったら単純な仕組みのものだが、絵を描き難い筆で描いた俺の下手な製図と口頭の説明を頼りにして、もしかすると世界初のモノを作り上げたかも知れない事実は本当に凄い。


 綺麗に鉋掛けされており、持ち手などの角取りもきちんとされている。

 間違った遊び方をしない限り、これなら子供達が使っても怪我の心配は無いだろう。


「ありがとうございます。それで今度のこれはどう遊ぶもので?」


 現代の日本人なら何処かで必ず見た、遊んだ経験が有って、それがどんなものかを一目で理解するが、この時代の者達にそれはさすがに無理だったらしい。

 しかし、それが何らかの遊具と知っており、大工職人達を代表して親方が遊び方を尋ねてきたのは、この広場には公園の定番遊具である砂場、ジャングルジム、滑り台の三つを既に揃えており、彼等にとってはシーソーが四つの作品となるからだ。


 大人達がシーソーの遊び方に興味津々なら子供達は尚更である。

 製作中だった新たな遊具の遊び方が遂に開放されると知ってか、先ほどまで騒がしかった子供達の声が次第に止み、砂場やジャングルジム、滑り台の各所からこちらを注目しているのが解る。


「そうだな。では、親方」

「はい」

「そっち側に乗ってくれ」

「解りました」


 その様子に笑みを漏らしながらシーソーの両端の片側に乗る。

 親方を相方に選び、シーソーの反対側に座ったら、あとは言葉で説明するより体感して貰った方が早い。


「さあ、行くぞ」

「おおうっ!?」

「ほら、儂を真似して跳ねるんだ」

「はい」


 俺が『ぎったん、ばったん』と入れる合いの手に合わせて、シーソーの両端が交互に上がる。

 様々な刺激に溢れる現代においては他愛もない動きに過ぎず、シーソーが公園に有ってもそれで遊んでいる子供など滅多に見ないが、複数人で遊ぶ遊具なんて存在しない今の時代は違う。

 いつの間にか、遠巻きにしていた子供達がシーソーの周りに集まって、自分の番はまだか、まだかと目を輝かせており、大人の大工職人達ですら自制で隠してはいても好奇心を覗かせている。


「いつも言っているが、まずは小さい子からだ。大きい子は小さい子の面倒を見るんだぞ?

 それと独り占めは絶対に駄目だ。もし、独り占めしたり、乱暴を働く者が居たら、儂がゲンコツだからな」


 なら、これ以上を待たせる様な意地悪は無粋というもの。

 シーソーを止めて落り、子供達に注意を与えると、声を元気に揃えて返事を返してきた子供達が歓声をあげながらシーソーに群がる。


「では、親方。引き続き、頼んだぞ?」

「はい、お任せ下さい!」


 その微笑ましい光景に荒んで疲れていた心が癒やされてゆくのを感じる。

 屋敷を出る前に感じていた苛立ちは何処にも無い。親方に挨拶を残して、踵を屋敷へ急ぎ返す。


 なにしろ、今日中に書かなければならない手紙は椿宛てのモノだけでは無い。

 今年の冬の終わり頃、おめでたが発覚して、今は出産の為に実家へ帰っている桃にも手紙を書かなければならないから大忙しだ。


 そう、戦国時代にタイムスリップして、三年目。

 俺にとっての慶事が訪れた。桃とはそういう行為を行っていたのだから、いつかは訪れるかも知れないと考えてはいたが、それが実際にまさか訪れるとは思ってもいなかった。

 自分の人生を振り返ってみれば、戦国時代にタイムスリップしていなかったら結婚どころか、恋人を作るのさえも無理だったに違いないだけに戸惑いから覚めると喜びは大きかった。


 しかし、桃が生まれ育った土地の風習で出産の為に実家へ戻り、暫くしたら今度は不安になってきた。

 もし、産まれてくる子供が女の子だった場合は何の心配は要らない。心配事を強いて挙げるなら、適齢期に成長した時、誰に嫁がせるかくらい。


 問題は産まれてくる子供が男の子だった場合だ。

 俺は影武者であり、武田家の血は一滴も持っていないが、桃が産んだ子供は晴信の子供として生まれる以上、武田家の一族に列せられる。


 つまり、末席ながらも武田家の家督を継ぐ継承権を持つ。

 これが不安の種だ。どうしても心配をせずにはいられない。


 何故ならば、義信には嫡子がまだ居ない。

 奥さんと結婚して、八年目。子供は女の子が一人のみ。

 俺の元に色々と届く話を聞く限り、奥さんと一緒に努力を重ねている様だが、めでたい話は残念ながら聞こえてこない。


 だが、武田家当主となって三年目。いい加減、重臣達の我慢は限界に来ている。

 義信は奥さん一人だけで十分だと言い張っているが、己の血を引く後継者作りは支配者の絶対義務である。信念を曲げてでも側室を迎え入れなければならない時が近づいている。


 事実、俺の元に訪れる者達の大半がそれ関連の相談だ。

 恐らく、義信は今まで待たせていた分、側室を一人受け入れたら、二人目、三人目を連続して受け入れる必要性に迫られるだろう。


 そうなったら、義信が嫡子を授かるのはそう遠くない未来の筈だ。

 その時、俺の子供と義信の嫡子は叔父と甥の関係になるが、年齢が近いだけに当人同士や周囲が二人を兄弟の様な感覚を持つ可能性がある。


 これがまずい。とてもまずい。

 御家騒動の種を生まれる前から潜在的に持っている様な気がしてならないのは俺の心配し過ぎか。


 初めて授かる子供だ。何もかもが手探りとは言えども、教育を違えるつもりは毛頭ない。

 兄としての意識も義信の嫡子を支えて助けようとするものなら、それはそれで歓迎すべきものだ。


 また、子供が自分で立って歩き、最低限の言葉を喋れる様になったら俺は自由にさせるつもりでいる。

 この点は桃が帰ってきたら要相談だが、少なくとも大事に、大事に屋敷の奥で育てて、お殿様を作る気は無い。


 しかし、俺の目が行き届かないところで甘い言葉を囁く奴はどう足掻いたって出てくる。

 そうした戯言に乗せられず、耳を貸さない性根を育てる為にはどうしたら良いか。それを考えに考え抜いた末の結論が先ほどの広場である。


 但し、無理強いはしない。

 広場に興味を持ったら、勝手に遊ばせて、友人を自分自身で作って貰う。将来的な側仕えも同様であり、身分を厳選したご学友を与えるつもりはない。

 要するに幼い頃から小さくても社会に関わっていたら様々なバランス感覚を養い、身分の高さだけを拠り所にする特権階級思想には陥らないだろうという狙いだ。


 それ故、大人達の社会を子供達の社会に持ち込んで貰っては困る。

 この点は既に遊具を広場に作ろうと計画した時点で通達しており、あまりに露骨なら厳罰に処すと伝えてある。


「くっくっくっ……。裏山にアスレチック施設を作るのも良いな」


 何にせよ、まずは子供が産まれてからの話だが、最近は子供の将来を考えるのが楽しくて仕方が無い。

 こみ上げてくる笑みを堪えきれずに声を出して笑い、屋敷前の虎口坂を上っていると、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。


「退け、退け! 退けぇぇ~~~っ!

 大殿への早馬だ! 今すぐ、道を開けよ! 退け、退け! 退けぇぇ~~~っ!」


 何事かと振り返れば、諏訪から延びるメインストリートを騎馬が爆走中。

 道行く者達が慌てふためきながら道を譲り、文句を怒鳴っている者が居ても早馬はお構いなしに道のど真ん中をひた走り、その勢いは馬を乗り潰しかねないほど。


 明らかに尋常で無い様子であり、携えた情報が風雲急を告げようとしているのが見て取れた。

 景虎が越境して、北信濃へ攻め入る気配が有るのか。それとも、忠誠を誓っていた筈の国人衆が裏切って挙兵したのか。


「止まれ! 儂ならここに居る! 儂が信玄だ!」


 危険と解っていたし、怖くもあった。

 しかし、緊急を要すると解っていては四の五のは言えず、その迫り来る行く手に両手を広げて立ち塞がる。


「どう! どうどう!」


 さすがは早馬の騎手に選ばれるだけあって、それはまだまだ拙い馬術しか持たない俺には到底出来ない卓越した腕前だった。

 ぶつかると思った瞬間、手綱を思いっきり引き絞り、馬を嘶かせての二足立ちで急停止。そのまま余った勢いを右に逸らすと、宙を蹴る馬の前足二本を俺のすぐ右隣に着地させた。


「馬上より恐れ入ります!」

「良い! 早く申せ!」


 だが、ここまでの道中の酷使がそうさせたのか、今の急停止がやはり無茶だったのか。

 馬が右の前足の骨を折ってしまい、バランスを取ろうと懸命に藻掻いている。必要だったとは言え、自分の行為に罪悪感を覚える。


「では、申し上げます! 今日、早朝に義信様が身罷られました!

 尽きましては信繁様が大殿に躑躅ヶ崎館へ大至急お越し頂きたいとの事です!」

「ふぁっ!? ……ぱ、ぱぁーどん?」


 しかし、早馬の超特急便が甲斐より運んできた報告を聞いた途端、混乱が罪悪感を一気に塗り潰して呆けるしか無くなった。




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