51.しあわせであれ
エピローグのため、2話まとめて更新しています
ルナリスの私邸で暮らすこと一週間と三日。体調も戻ったので、俺とエリークはお暇することになった。
この二日の間に、ルナリスの兄ソラリスは目を覚ましたし、この邸に囚われていたという悲劇の転移者も、動けるまでに回復した。
歩けるようになった白髪の女性はソラリスの元までやってきて、それでも魔力を捧げようとしたというのだから驚きだ。ソラリスは彼女を抱き締めて、その献身に感謝を示し、更に愛をささやいたという。
転移者の女性は、今後ソラリスの妻として迎え入れられる予定らしい。おなじく色無しのソラリスはこのまま邸で療養。色無しから回復したとしても、貴族として表舞台へ上がることはないだろうとのこと。本人がもはや望んでいないそうだ。
ひっそりと、それでも不自由なく暮らせるそうだから、これもひとつのハッピーエンドなのかもしれない。
もちろん、俺の手の宝玉はルナリスに返却してきた。
譲渡の儀式といっても、この前みたいに痛いことは全然なくて、移しまーす、はい移りまーす、くらいの簡単なものだった。
奪い取ろうとした場合と、穏便に渡そうとした場合の違いと言われればそれまでだ。別に奪おうとしたわけじゃなかったのに、ちくしょうめ。
蓮色のきれいな宝玉は、ルナリスの鎖骨の下、胸骨の上に埋め込まれることになった。他人が簡単には触れない場所ということで、代々そこへ埋め込まれるらしい。
魔力の消費は少々重いようだが、晴れて心身ともに睡蓮公後継者となったルナリスの周りは、前の比じゃなくお付きの人や騎士が守っている。自身の魔力を使う暇なんてないだろう。
邸を後にする前、ルナリスはエリークに言った。
「君が冒険者になったのは、私のためだったかい?」
エリークは困ったように視線を彷徨わせ、俺を見た。それから、ルナリスに向き直る。
「自惚れるなよ、ルナ」
親しげな声だった。
ルナリスが目を丸くして、長い睫毛をふるわせる。
エリークは肩に手を当てる敬礼をした。
「またお会いできることを楽しみにしております、閣下」
邸の前には馬車が待っていて、俺たちをさっさと詰め込んで出発した。
だからその後のルナリスの表情は、俺はちゃんと見ていない。
花の春風亭に戻ってきた。すでになんだか懐かしい。
誘拐されたせいで女将さんに心配をかけ、更に倒れたことでまた心配をかけたらしい。抱っこの刑に処され、やわらかな海に溺れて死にそうになったところを保護され、部屋に戻った。
俺の装備も戻ってきたし、手のひらはつるんと何事もなかったようにきれいになった。あれだけ魔力を吸われたけど、色持ちのままだった。そう簡単に色は抜けないらしい。
とにもかくにも、全ては元通り、というわけだ。
「疲れてる?」
「全然」
昨日までぐっすり寝て、貴族邸の豪華な風呂に連日入って、ちょっとこってりした食事を日々味わい、特にやることもなく、ぐうたら自堕落に過ごしていた。
まだ午前中、朝のうちだ。もちろん疲れなんて微塵もない。
「今日はどうしようか」
エリークが微笑みながら俺に聞く。
「宝迷宮へ行きたい。ギシギシする」
しばらく動いてないので、体が鈍って仕方ないのだ。
エリークは声を上げて笑った。
「俺も体が鈍りそうだなって、思ってたところだよ。荷物の確認をして、行けそうなら行ってこようか」
「ん!」
なんだかんだいって宝迷宮が好きなところは、俺とエリークの気の合うところだ。
迷宮の主だったときに確認したけど、以前は90層が最下層だった『睡蓮の宝玉』は、大変動後は120層まで広がっているようだ。挑戦の楽しみが減るから、詳細は全然見なかったけど。
今はルナリスの身に埋め込まれた伝承具は、自身を迷宮の子として親である迷宮に誤解させる。中身をちょっとだけ見せてくれるし、言うことも聞いてくれるが、その関係は支配じゃない。だけど本人の身になにかが起きるとき、迷宮は牙を剥く。そういうアイテムであるらしい。
ソラリスを衰弱死させないために手を尽くした迷宮公の対応は、大局的には間違いではなかった。文句はめちゃくちゃあるけども。
ルナリスは、魔力を貯める期間を作りたいので、110層攻略前には連絡するように、と言っていた。
そんな早く攻略しないって。80層だって、まだまだ全然行く気はない。
俺は未だにワイバーン怖いんだからな。
それ以上に怖いのが貴族だ。間違いない。
俺はエリークを見上げ、彼の手を取った。額に当てると、彼が困ったように笑う。
「ルナリスさまから聞いた?」
「ん?」
いろいろ聞いた。
聞いたけど、俺は知らない振りをする。本人から聞いたわけじゃないしな。
彼は笑って、俺の手を取って額に当てた。
俺には「ないしょ」のその動作も、まあ予想はついてきた。
騎士が主にする仕草。おそらくは「あなたを守ります」という意味あたりかな、と考えている。
ただ守られるつもりはないし、俺もエリークを守りたいと思ってる。お互い守り合うのが、仲間ってもんじゃないだろうか。
「いつか、君に信じてもらえるといいな」
「信じてるよ!?」
びっくりして俺が答えると、エリークはただ微笑む。
……嘘はバレてるぞ、てことなんだろうか。
どうかな。
俺、結構うっかりしてるしな。転移者ってこと、すでにバレてるかもしれない。いやいや、はたして。
でもまあ、しばらくは言うつもりはない。他人には話さなきゃ始まらない、とか思っておいてなんだけど、やっぱり自分のことを話すのは難しい。それに本当のことを全部話すのが正解とも、限らないだろ?
確証のない「ないしょ」がある方が、世界はきっと楽しいって。想像する楽しみっていうかさ。
掲示板だって、もはや読むのが不可能なほどスレッドがあって、日々たくさんの書き込みがある。それでいい。それが、いい。
増えていくみんなの日常を、今は全部読むなんてとても出来ないけども。
転移者みんな、しあわせであれ。
俺は今も、そう願っている。
※ ※ ※
【ただならぬ】今、なにしてる? 1322【日常】
788 名無しの転移者さん
そして新たに戦国の世が始まった――
790 名無しの転移者さん
エンドレスじゃねえか
792 名無しの転移者さん
乱世に生まれとうなかったッ!
793 名無しの転移者さん
和食くえるじゃんか
そっちが鎖国してるせいでこっちに醤油入ってこないんだぞ
開国しろ
794 名無しの転移者さん
ワイは乱世を生き抜くだけでせいいっぱいじゃ……
許せ……ッ!
889 名無しの転移者さん
無事合流できたぜー!
ご迷惑をおかけしました!!
890 名無しの転移者さん
合流おめ! そして氾濫おつかれおつかれ
ほどほどに元気ならそれでよし!
893 名無しの転移者さん
掲示板でなんとなく交流してた人と会うのって面白いね!
匿名だから誰が誰やらだけど、話が合うという不思議
894 名無しの転移者さん
思ったより全然好青年でびっくりした
ツンデレじゃないだと……!?
895 名無しの転移者さん
うるさいよ
912 名無しの転移者さん
オッサンスレついに埋まっちまったな
913 名無しの転移者さん
あー、ほんとだ。いずれ落ちちゃうんだろうな
914 名無しの転移者さん
俺、オッサンのこと最初は嫌いだったんだよな
成功者って感じでさ。慣れない暮らしでやさぐれてたし
でも今は小金手に入れるたびに、オッサンのこと思い出すわ
あんたのおかげで、たしかに俺たちの暮らしは少しよくなったよ
安らかに眠ってくれ
936 名無しの転移者さん
イッチちゃんマジか。
マジかー……。
おめでとうって言っていいのかも結構悩むんだが
937 名無しの転移者さん
個人的にはだいぶメリバ感あって祝福しづらい
939 名無しの転移者さん
スレでやれスレで
なぜこっちに来た
940 名無しの転移者さん
向こうは祝福ムード一色なんだよ
察してくれこの複雑なキモチを
941 名無しの転移者さん
知らんがな
947 名無しの転移者さん
ノーブルまた更新してて草
あいつ何処から情報得てくるんや
954 名無しの転移者さん
第一子、無事出産しましたー!
母子ともに健康です!!
955 名無しの転移者さん
!? めでてえーー!!
誰かさっぱりわからんけどめでてえーー!!
おつかれ! よくやった!
997 図鑑発起人
>>954です!
お祝いたくさんありがとうございます!!
有志の方、まとめや新スレいつもありがとうございます~
まだしばらくバタバタしますが、掲示板は心の友ですんで、何時も見てます!
998 名無しの転移者さん
おめでとう! おつかれさま!
健やかに平穏に暮らしてくれ!
>>次スレ誘導
【ハッピー】今、なにしてる? 1323【バースデー!】
1000 名無しの管理者さん
1000ならみんなそれなりに幸せに暮らす!
1001
このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
これにて完結です。
評価、ブクマ、リアクション、誤字報告、レビューありがとうございます!
また連載中にXやBlueskyなどで読了報告・感想くださった方、メールくださった方、スコップしてくださった方、なろうで紹介してくださった方、大変励みになりました。
ありがとうございます!!
もしこの話を気に入ってくださったら、評価・ブクマ・リアクション・レビュー・お気に入り登録などしていただけると、作者の次回への活力になります。
さて宣伝です。
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よろしくお願いしまーす!
そして自作もついでに!
VRMMOで猫ちゃんを書いています。
『ブレーメンの錬金術師は散財したい』
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まったり探索系がお気に召す方は、こちらもどうぞ!
最後まで読んでくださりありがとうございました!




