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想うべきこと

 酒場での祝勝会も夜半前には終わらせ、僕たちは宿に帰る。

 そして意気消沈したクロードを寝かしつけ、僕自身はなんとなく夜風にあたって湖を眺めていた。

 お酒もあんまり飲まなかったので、特に飲んでいたファーニィやアーバインさんのようには潰れない。

 月も明るい夜。王都の灯はあれかな、向こうからこっちも見ているのかな、なんて見当をつけながら、物思いにふける。


 ここのところ、滅多に思い出さなくなっていた、妹と過ごした日々。

 クロードに話したせいで、なんだか妙に鮮やかに蘇ってしまった。

 別に忘れたかったわけじゃない。

 僕という人間を形作っているものの大半が、その思い出の中にある。


 貧しくて変わり映えもなくて、だけど今思えば幸せだった日々。

 あんな終わりなんて訪れなくたって、そう遠くもなく終わっていただろう日々。

 年頃の女の子が恋をして、家族を離れて、誰かの妻に……母になる。

 そんな当たり前の終焉は近かった。

 15にもなれば嫁にいけるのが僕のいた地域の伝統で、早く嫁入りすればするほどいい、というのも常識だ。ハタチを過ぎても家にいるなんてよほどのことで……そして、妹はあれでませていたから、そんな特殊な境遇になる前にさっさと嫁いでいたに違いない、と思う。

 うちの周りに心当たりのある相手なんかいなかったけれど、女の子はどこで恋してくるかわからない、ってのは近所のおじさんがよく言っていたしな。実際、彼の娘の一人は少し離れた町で、どういうわけか喜劇役者と結婚してしまったらしい。

 そんな普通の「終わり」を迎えていたら、僕は相変わらずハルドア王国の山奥で、迷信深い村人たちに囲まれたまま、ずっと……家畜の世話をしたり、近所の畑を手伝ったりしながら、何も知らずにのんびり生きていたのかな、と思う。

 ……そう考えると、本当に……たった一年と少しでずいぶん変わったものだ。

「……クロードのほうがずっと真面目に生きてるんだよなぁ」

 僕は、食うや食わずだったゼメカイトの底辺冒険者の日々に比べればずいぶん稼ぎも増えたし、強くなった。

 でも、まだ、あの時憧れたように「十年後を想像する」ということは相変わらずできていない。

 急に力がつきすぎた、っていうのはある。

 僕はこの力で何を手に入れ、どういう身分を手に入れて、青春の日々を終え、いっぱしの大人になるのか。

 それについては全然ビジョンが生まれない。

 ……まあ、ユーカさんの力を……その生きざまを受け継ぐと言った時点で、そんなものは考えるべきじゃないかもしれないのだけれど。

 誰と結婚する、なんてのはまあクロードだけの話としても、僕もどういう中年になるのかぐらいはそろそろ目標として持つべきなのかもしれないな。

 ずっと冒険者を続けて、ユーカさんのような超一流として、いつかその力が通用しなくなるまで漂泊の日々を過ごすのか。

 あるいは、王都直衛騎士団入り……なんてのは妄言としても、どこかで冒険者としての力を活かして武官として腰を落ち着けるのか。

 どこかで引き際を見極めて、悠々自適の隠居生活、なんて選択肢もなくはないんだろうな。

 ユーカさんがそれを選べなかったのは、あまりにも早くからモンスターを殺す以外の生き方を学べなかったからだ。

 僕は充分に財産を築いたところでは引けないと考えるような直接的な理由はない。早くに親が死んだせいで地主に自分の畑を任されることはなく、手伝いばかりだったとはいえ、農奴としての基礎はある。

 ……充分な財産を築いた後でまた農奴やるのか、という問題はもちろんあるけど。

 十年後。二十九歳の僕。

 ……もうすぐ誕生日だし、三十歳の僕、かな。

 その時、何をしているのだろう。

 ユーカさんやファーニィ、アーバインさんとどういう距離感で落ち着いているのだろう。

 エルフの二人はなんか十年経ってもそんなに変わってなさそうな気がする。

 きっとファーニィはこれから冒険者としてある程度までは成長するのだろうけど、それがある程度落ち着いたらそのままアーバインさんのようにノリで生きていきそう、というか。

 ……ユーカさん、とは……どうなるのかな。

 こないだのプロポーズもどきも、なんか妙に受け入れられちゃってるというか……ユーカさん的にはアーバインさんやフルプレさんは相手として「ナシ」にするだけの強力なマイナスがあるんだろうけど、僕にはない、ということなのかな。

 意外と恋愛で選り好みしないタイプなんだろうか。

 いや、そもそも女として見られたこと自体が少ないって話だからな。根本的に男全体への採点が(から)いというわけんじゃないんだろう。

 ……まあそう考えると、僕と仲良くなるのもある程度は当たり前……なのかな。

 見た目はかなり年下に見えるし、それを抜きにしても、まず人間としての格が違う、みたいな感覚が僕の側にあったせいで全然雰囲気なんか気にしてなかったけど、いざ恋愛、結婚……ということとか考えると、別に僕としてもそんなにまんざらではない……生意気な言いようだけど。

 今のユーカさんは間違いなく可愛いし、ゴリラに戻る心配はほぼゼロだし。

 性格面でもちょっとは世話が焼けるけど本質的にはいい人だし、そんなに相性が悪いわけじゃないし。

 ……け、結婚……かぁ。

 その点に関しては、逆に僕の方が今まで女性とそうなるの全然考えてなかったせいでアレな部分がある気がするぞ。

 い、いや、まずその前に交際からしてだな。

 ……と、一人で照れて悶えている不審な僕の背に。

「アイン」

「!」

 その、当のユーカさんの声が突然かかってびっくりする。

 振り返れば、月の薄明かりの中に、儚げなユーカさんの姿が見える。

「……ユー」

「何ビビってんだよ。……まあ、そっか。お前の場合へんなヤローに狙われてるから、暗い所で声かけられたらちょっとはビビるか」

「あー……」

 そういやそんなのもいたね。ロナルド。

 そのせいでビビったわけではないのだけど、まあそれを正直に白状しても別に話が弾むわけでもなし、そういうことにしとこう。

 ……ユーカさんはちょっと笑ってから僕の隣まで来て、しばらく湖を眺める。

 そして、充分に雰囲気が落ち着く頃を見計らって。

「……さっきの、酒場でさ。クロードと話してただろ」

「う、うん」

「……そういえばお前のこと、全然知らないな、と思って。……今更だけどさ。お前のこと、少し教えてくれよ」

「……僕のこと、って言っても……あれで全部というか……」

 本当に、語るほど特別なことなんかない気がする。

 特別じゃない人間が、ユーカさんに出会って特別になりかけているんだ。

 そんな僕の半笑いを。

「お前の妹」

 ユーカさんは、穏やかに鋭い質問で凍らせる。


「なんで、死んだんだ?」


「…………」

 ……僕は、中途半端な表情のまま頬をヒクつかせて。

 ユーカさんから視線を外して、少しだけ乱れた息をゆっくりと整えて。


「……誰かが殺したんだと思う」


 ……極力、感情を込めない声で、言った。

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