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迷った

 ドワーフの工房から城に帰ろうとすると、道に迷った。

 そもそも最初の城への道のりの間、僕はほぼ何も見えていなかったのだ。メガネが壊れていたし。

 だから街の地理はほとんど理解できていない。

 そこを引きずり強制移動で前も見られず動いたのだから、道順をまともに覚えられるはずもなかった。

 職人街はこまごまとした路地が入り組んでいる。まずここから思った方向に脱出することが難しい。

 そして出た先は貴族街だ。あちこちに警備の私兵がウロウロしていて、剣を帯びた不審者である僕を見咎めると、一様に剣呑な顔でにじり寄ってくる。

 それに色々と言い訳をしながらあちこち適当に逃げ回っているうち、自分がどこにいるのかすらわからなくなっていた。

「都会こわい……」

 ここに比べるとゼメカイトは気楽で良かったなあ。

 そんなに出入りに気を使うような地区も多くなかったし、街の人も冒険者慣れしているので話しかけやすかった。

 ここ、そこらの通行人に道を聞こうとするとギョッとした顔するもんなあ。いや、まあ長剣さげてるせいなんだけど。

 城までの道を聞こうとしても「あっち」とか言われて逃げられ、途方に暮れるばかりだ。

 いや、見えてるんだよ城は。ただ、そこへ直進すると何らかの貴族の屋敷の敷地があるので、直行できないだけで。

 どうしたものか。いっそのことあえて適当な貴族屋敷の敷地を横切り、私兵に「僕は王子の客だ、城に問い合わせろ」とでも言い張ってみるか。

 出がけにドラセナにちゃんと聞けばよかったな、なんて思っても後の祭り。

 さてさて。

「うーーん……」

 本当に迷惑かけるわけにもいかないので唸っていると、目の前を騎士とその従者と思われる一団がゾロゾロと歩いていく。

 無意識に道を空けてそれを見送ってしまい、しばらくしてハッと思い至る。

 今の人たちについていけばいいんじゃないのか。

 偉そうな人はだいたい絡むとロクなことにならないので、目を合わせない近づかない……という庶民の習性で見逃してしまっていた。

 いや、実際全く見も知らない騎士だ。急に声をかけるわけにはいかない、というか、普通は冒険者がいきなり絡んだら、そのまま不埒者扱いで捕まるか、その場で斬られてもおかしくない。

 何をしたわけでもなくても、冒険者というのは「武器を持った素性の怪しい荒くれ者」以上でも以下でもないのだ。まともな神経なら警戒すべき人種だ。

 なので直接接触はしない。かといってあからさまについていくのも怪しまれる。

 なので、できるだけ自然に、ただ同じ方向に進むだけ……という顔をして、その一団を見失わない程度の距離でこっそりついていくことにする。

 騎士なのだから城ないし練兵場に向かうだろう。最低限騎士団の施設には向かうんじゃないだろうか。……もしかしたらただ自宅に帰るだけかもしれないが、まあその程度のスカは覚悟しよう。

 そう思いつつ、極力離れて、なおかつ見失わないように注意しつつついていく。


 果たして、彼らが到着したのは城ほどではないが大きな運動場を持つ、なんらかの施設だった。

 物々しく、誰かのお屋敷という感じではない。たぶん騎士団の本部か何かだろう。

 僕の故郷ではそんなに街中に堂々と置くものではなかったが、ヒューベル王国では王都各所に騎士団の施設が置かれ、それぞれの縄張りに睨みを利かせている……らしい。

 ローレンス王子(フルプレさん)配下の「火霊騎士団」然り、あのロナルドがいたという「水霊騎士団」然り。

 そして、騎士団とは武力組織であると同時に一種の教育機関でもあり、貴族の子弟が青春をここで過ごし、剣術や儀礼のみならず、算術や語学や思想、哲学、あるいは才能があれば魔術までも、それぞれ独自に教えている、なんてのも聞いた。

 ゼメカイトで、あのマキシムが酒ついでに言っていたことなんだけど。

 ……マキシムもこういうところで育ったのかな。なんで冒険者になったんだろう、なんて今さら思う。

「おい」

 そして、門の近くでぼさっと施設を眺めている僕を、警備の兵士が見咎めた。

 まあ、うん。そりゃそうだよね。剣持った変な奴が騎士団の前で突っ立ってたら何する気だ、と思うよね。

「貴様、何者だ。水霊騎士団の本部に何用だ」

「……あっ、ここ水霊騎士団なんですか」

「知らんのか。貴様、何ゆえに剣など持っている?」

「……冒険者なので」

「冒険者……? 見えんな」

 怪訝な顔をしている。

 ……いつもの革鎧はもうドラセナに脱がされ、新しい鎧はちょっとしたらできるから、というので工房に置いてきてしまったのだ。

 つまり、今の僕は、鎧の下に着ていたごく普通の麻の上下に、剣だけを腰に帯びているヒョロメガネ。

 そのへんの平民が、妙に立派な剣を無意味に帯びているだけにしか見えないだろう。

 旅荷物は城に置いてきたから旅装ですらないし……確かに「冒険者です」と言われても唐突感あるか。

「実は道に迷っちゃって……お城に行きたいんですが」

「冒険者が、城に? なおさらわからん」

「えーと……」

 確かフルプレさん=ローレンス王子だというのは軍部には明かされているって言ってたっけ。

 だったら普通に話せば通じる、よな?

「しばらく前までローレンス王子が冒険者やっていたでしょう? その時の縁で……」

「つまり貴様、王子の知己だと言い張って、小金でもせしめようという腹か」

「できればもう少し落ち着いて話を聞いてもらえませんかね」

 まあ一般的には冒険者ってそういう目で見られてるんだろうな、と納得するものの、早とちりはちょっと困る。

「どこで聞きつけたか知らんが、貴様のような奴は後を絶たんのだ! 大人しくしろ! 牢でゆっくり係の者に話すがいい!」

 二人組の片方が僕にハルバードを突きつけ、もう片方が腰の剣に手を伸ばしてくる。

 いや、ちょっと待って。

「百歩譲って捕まえてもいいですが剣は勘弁して下さい」

「そんな剣を持ったままで牢に入れると思うのか!」

「さっき返してもらったばっかりなんですよ。これがなかったせいでお宅の元団長とナイフ一本で戦う羽目になって殺されかけたしメガネも割れるし散々だったんだ、また取り上げられるのは困ります!」

「元団長……!?」

「貴様、一体なんなんだ!? 水霊の元団長とやりあっただと!?」

 ……やばい、なんか余計な事喋り過ぎたかもしれない。

 黙って普通に逃げてしまえばよかったか。でもちゃんと鍛えてる兵士相手じゃ走って逃げても捕まりそうだし、逃げきれても王都じゅうが大騒ぎになりそうだ。

 そもそも、城への帰り道がまだわからない。

「ええい、埒が明かん!」

「あのロナルド・ラングラフ相手にナイフでやりあったというなら、我が槍など物の数ではあるまい。試させてもらおうか!」

 なんか勝手にテンションが上がった兵士たちが、同時に槍を引き、突いてくる。

 これ抵抗していいやつだよね!?

「そういうのは真剣でやらないで欲しいんだけど!」

 僕はバックステップでなんとか避け、剣を抜く。

 ちょっと久々の頼もしい重み。それだけで嬉しくなってるあたり、僕もだいぶゴリラ伝染ってきたかもしれない。

 そして剣に魔力を伝達する。

 即座にゴウッと赤熱しだす愛剣。

 いや待って。どうどう。

「いやいや、高熱出してどうすんの……ええと回転式って言ってたっけ。魔導石回すのか……?」

 なんか三角形になっている鍔元の魔導石をぐりっと回してみると、熱がスッと引いて消えるのが分かった。

 これ、そんな一瞬で抜けるんだ……とちょっと感心しつつ、三角形を適当な位置にして、改めて剣を両手で握る。

「反撃してもいいってことですよね?」

「っ……やる気か、メガネ!」

「我らとて水霊騎士団の一員だ! 勝てる気でいるのか!?」

「そういうのは仕掛ける前に言って欲しい」

 僕は改めて剣に魔力を流し、駆け出す。

「オーバースラッシュ」を叩き込めばおそらく倒せる。

「六割」で撃ったら間違いなく輪切りにしてしまうが、その場合はこのいざこざの正当性を誰も保証できなくなるのでそれはナシ。

「全力」のちょっと威力に問題がある方なら、鎧をつけている部分に全部当たれば殺さないで済む、とは思うが、逆に決定力がないのが難か。

 それで勝負ありとはしてくれないかもしれない。

 かといって肉の部分に当てるとそれはそれで惨事だし……。

 ……そう考えると、槍を「パワーストライク」で打ち、駄目にしてやるのが最適解か。

 鎧を着ていない今、少しでも当たれば大怪我だ。でも、相手が油断している……腕試しだと思っているうちなら、僕でもなんとか槍先を狙うくらいはできる……はず!

 フルプレさんの「圧」に比べたら、こんな奴らの槍に恐怖なんて感じない。やれる!

「ふ、っ!!」

 剣で直接間合いに入ろうとする振りをして踏み込む僕を、牽制しようと二人のハルバードが伸びる。

 僕はそれを見計らって両者の穂先に絡まるように、「パワーストライク」状態の剣を横一文字に振る。

 瞬間。


「ぎゃっ!?」

「あがっ!?」


 絡んだ切っ先が雷光を放つ。

 僕自身も目が眩んでしまい、何が起きたかと思って、いったん間合いを離すように跳ぶと、二人の兵士は白目を剥いてその場に崩れ落ちてしまった。

 ……え、ちょっ……待って。

「……僕、払っただけだよ!?」

 兵士たちがそのままビクンビクンと震えて立ち上がらないので、結局僕は騎士団に駆け込んで彼らの手当てを頼むことになった。



 あとでロゼッタさんに持たされた「書き付け」を思い出して読んでみたところ。

 ──剣には火属性の他に多大な雷属性の蓄積も認められたため、ユーカの提出してきた生雷結晶を組み込んで三叉式の属性切り替え機構を構成することにしました。これは本来ならどちらかの属性が克服されてしまうところを両立させるために高度な計算を行い、魔導術式で火、結晶自体の導雷特性で雷を峻別して発生させる非常に優れた機構で、本素材限定ながら非常に良いものを発明できたと自負しています。無属性化に関してはありきたりな構文なので語る点はありませんが、完成させるために少々時間がかかったことは差し引いてあまりある逸品に仕上がったかと思います。

「……何にそんなにと思ったら雷属性まで……」

 リリエイラさんってまともな人に見えたけど、夢中になると納期無視してでも頼んでないことまでやっちゃうタイプかー……。

 ……それはともかく。



「ようこそ、水霊騎士団本部へ。私が現団長のミルドレッド・スイフトです」

 門衛二人を瞬殺して乗り込んだ恰好になってしまい、僕は何故か現団長と対面することになってしまった。

「……アイン・ランダーズです。……あの」

「我が騎士団の前団長……あのラングラフと戦ったと聞きました」

「……はあ、それは……事実です」

「ならば我が騎士団の責と考えられるのも致し方のないこと。しかし我々にも弁明の機会を与えていただけますか」

「ええとですね」

 騎士団の団長は女騎士で、しかも若くて美人だった。

 でもそれはどうでもよくて。

「お城、どう行けばいいか聞きたいだけなんですが」

「…………」

「…………」

 美人騎士団長、硬直。

「何と?」

「道を聞きに来ただけです」

 ……それだけです。

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