ドワーフ娘と外野爺たち
ずるずると引きずられたまま、城を出て職人街に連れ去られる僕。
立ちたかったのだが体勢的に無理だった。それでもなんとか立とうとしてバタバタしたら「暴れんな」と怒られた。
仕方なく引きずられるに任せていると、迷いのない歩みでドラセナはひとつの工房の裏手に入っていく。
そして、炉を前にして鎚を振るっている髭もじゃドワーフの老人たち(だと思う。髭も白いしハゲてるし)に何かを叫ぶと、彼らは手を止めてゾロゾロと集まり、引きずられた姿勢のままの僕を覗き込む。
そして何かをドラセナに言って仲間内でガハハと笑うが、それにドラセナが切り返したら、今度は突然怒り出した。
「×▽■※φ♂#%°*!!!」
「あー……」
何言ってるのか全然わからないが、すごい剣幕だ。
「×▽■※φ♂#%°*!!! ●@$!!?」
「何を言ってるのこれ……」
ドラセナに話を振ると、ドラセナは肩をすくめて。
「『随分細っこいカレシ連れてきやがったな色気づきやがって』とか言うもんだから『汗と酒臭いドワーフ男より全然マシだ』って言ってやったら真に受けてやがんの。相手にしなくていいよ」
「いやそれにしたって……これじゃ工房入れそうにないんだけど」
僕の胸ぐらを掴んだドワーフは、今にも岩塊のような拳を叩きつけてきそうだ。
煽るだけ煽って放置しないで欲しい。
……そして何度か怒鳴られ、いよいよ僕が本気で殴られるか、という段になって紙尺を探し出してきたドラセナは、呆れ顔でそのドワーフを一喝。
すると急にそのドワーフは毒気を抜かれたかと思うと、誤魔化すように笑って僕の肩を叩いて、そそくさと戻っていく。
「……『カレシじゃねーよ、勝手に盛り上がって客ハタキ殺す気か』って言ってやったよ。悪いねアホなジジイどもで」
「いや本当、そういうのすぐ言ってくれない?」
「あの筋肉王子のお気に入りなんだから、なんならドツき返すかと思ってたんだけど」
「僕がそれやるとしたら殺していい相手の時だけだよ……」
ドワーフのゴツい手で掴まれたせいで形が曲がった革鎧を気にしつつ立つと、ドラセナは変な顔をしていた。
「……?」
「……アンタ、見かけによらず随分物騒なこと言うなーと思って」
「…………ヒト相手の喧嘩の仕方知らないんだよ」
溜め息。
本当はちょっとそういうのに憧れなくもないんだ。
僕だって男。喧嘩を売られたら、きっぱりとした態度を取りたい時もある。
でも、化け物相手の技しか知らないので、迂闊に一般人に使ったら殺してしまう。
……まあそれでいいのかもな、とも思う。ただでさえ冒険者は信用が低いのに、日常的に暴力を笠に着るようになったらいよいよ底辺だし。
と、少し情けなく思っていると、ドラセナはかえって感心した顔。
「見かけによらず……いや、その革鎧通りかもしれないけど、アンタ修羅場潜ってんだなぁって思ってね」
「……なんだと思ってたの」
「やー、鎧が傷だらけったって貰いものの可能性もあるじゃん? 実際そんなに細っこいしさ。でも、なんか今ので逆に風格を感じたよ。なるほどなるほど、こりゃ、あつらえ甲斐がありそうだ♥」
ニシシシ、とまるでユーカさんみたいな笑い方をするドラセナ。
「さ、脱いだ脱いだ。寸法取るんだから」
「ぬ、脱ぐって。脱ぐから引っ張らないで」
色々引っ張られて余計に脱げそうになるのを必死で押さえる。
……ねえこのシーンって男相手にやるやつ? 需要ある?
寸法取りはつつがなく終了。
そしてドラセナは倉庫の方からいくつか鎧らしきものをガシャガシャ運んできて、僕の前に並べる。
「よっこいせ、っと。こういうのがあるんだ。体には合わないだろうけどちょっと持ったり着たりしてみな」
「鎧、だよね?」
「おう。まあサンプルって言やぁいいのかな。マネキンに着せて店に出しておいた奴とか、あるいは下取りで帰ってきた奴とかだけど。どれもウチで作った『軽さ』が主眼の品物だよ」
「へえ……」
「素材はいろいろ。複合材料で軽くしてたり……そっちのやつは軽ミスリルっつってね、いわゆるところのミスリルよりは当然強さは見劣りするんだけど、こういう用途にはいい合金なんだぜ。で、ちょっと値が張るけどラコニウムってのもあってさ。新素材。これが本当すごいんだ」
「ああー……いや、うん。ちょっと待ってね、覚えきれないから一つずつ」
「ジジイどもは眉ひそめるし客ウケもよくないんだけど、木製ってのも馬鹿にしたもんじゃねえんだ。もちろんただの木じゃねーよ? 樹霊材、っつーと冒険者でも引くけどこれが実は強度に対してめちゃくちゃ軽いんだよ。表の金属張りを前提にして考えるとこれ結構な逸材って奴でね」
僕がひとつひとつ鎧を触って確かめるペースと無関係に、すごいペースで喋り続けるドラセナ。
鍛冶仕事、というか単純に武器防具の話が好きなんだろうなあ、と思う。
見れば周りのドワーフの老人たちも、そんなドラセナのトークを(多分意味は分からないながら)暖かい目で見ている……気がする。
みんなの孫娘、って感じなんだろうな。
だからこそ無遠慮にからかいもするし、いざカレシを連れてきたとなれば厳しくもしたくなる。いや勘違いだったけど。
「んでやっぱり王宮にケツ持って貰うなら奮発して総ラコニウムってのがオススメなんだけど、ひとつ問題があってね。新しい素材だからドワーフの中でも扱える職人が少ない、ってのが後々のメンテナンス考えると問題なんだよ。ここ離れたら、壊したら壊れっぱなし。そうなるとみすぼらしいまま冒険も続けられないだろうし、結局高い金払った甲斐もなくグレード下げて新調しなきゃいけないだろ。そう考えると軽ミスリルの方が現実的かもしれないんだよなー」
「んー……まあ、任せるよ」
「お?」
「僕には良し悪しがわからない……というのだけがわかった。僕、あれしか着たことないから」
とりあえず白旗を揚げる。
色々と話を聞くのは楽しいけど、経験自体が少ない中ではベストな選択ができる気がしない。
「アンタなー。それじゃアチキが色々喋ったのがバカみたいじゃんか」
「ははは。それだけ知識があるなら、僕が何か言うより全部任せていいとは思えたよ」
「……っ」
ちょっとだけ恥ずかしそうにするドラセナ。周りでドワーフ老人たちが妙に殺気立ってる気がするのはなぜなんだろう。
「じゃ、じゃあ武器はどうだい。あんな量産品じゃなくてちゃんとした剣買いなよ。それなら好みも出るだろ」
「あれは借りものの剣だから……僕の本来の剣は今、ちょっと人に預けてあるんだ。近いうちに届くはずなんだけど」
「それまでの繋ぎのやつ! ウチは剣もいっぱい置いてあるんだ、大抵の要望に応えられるぜ」
ドラセナは今度は剣を持ってこようとする。
と、そこにスッとフードを目深にかぶった女性が通りかかるような自然さで現れる。
……鍛冶屋の裏庭なのにそれがあまりにも違和感がなくて、ドラセナも僕も一瞬反応が遅れた。
「大変お待たせしました、アイン様」
「……えっ、あ、ロゼッタさん!? ここに来たんですか!?」
「私の眼ならば、どこにいようと見失うことはありませんので……」
ロゼッタさんはぽかんと見上げるドラセナを意に介さず、僕に愛剣を返却する。
「リリエイラ様が魔導石の開発に手間取った……というのは正確ではありませんね。凝り過ぎた、というべきでしょうか。そのせいでここまでお待たせしてしまったのです。ご入り用な案件もあったようで、誠に申し訳ありません」
「ま、まあ……うん。戻ってきたならいいです」
「新しい魔導石は回転式になっております。詳しい説明はこちらに書きつけて戴きましたので、後ほどご確認を」
剣に次いで僕に手紙のようなものを持たせ、ロゼッタさんは用は済んだとばかりに背を向ける。
……そしてドラセナはその背中をポカンとしたまま見送り……そしてなんだか、うーっと不機嫌そうにする。
「お、おいっ! やっぱりエルフの方がいいのか!」
「え、僕に言ってる?」
……そういやエルフとドワーフ、妙なライバル意識あるんだっけ。
変なタイミングで受け取ることになっちゃったおかげで、それが際立つ格好に……いや。
なんか老ドワーフたちがワーワー騒いでる。
そしてドラセナはそれに対して何かを叫び返している。ニュアンス的に「うるさいな!」という感じに見える。
あ、あー……あー……。
もしかして「ドラセナがボーイフレンド連れてきた→防具のことでポイント稼いだ→もっと詰めようとしたらエルフにいいところをかっさらわれた→負けるなドラセナ!」みたいな流れに勝手になっちゃってる?
……違うよー……そういうのじゃないよー……?
と、僕は弁明したいのだけど、言葉が通じないのでなんにも言えないのだった。
双子姫といい、なんか喜んでいいのかそうでないのかわからない微妙な縁が続くな……。




