双子姫とドラセナ
そのまま続けても勝ち筋が見えないので、大人しくユーカさんに攻略のヒントを聞く。
「考え方としては悪くない。が、ちょいと引け腰だったな」
「そうかな……って、これより前がかりだと至近距離でフルプレさんとやり合うしかなくなるんだけど」
「『オーバースラッシュ』はフルプレみたいに魔力溜めて構えてる奴は、思ったより削れないんだ。あと、どうしても放ってから防御部分を変える隙もできる。一部の装甲だけを魔力飛ばしきるのは難しい」
「じゃあどうしたら……」
「『パワーストライク』で直接叩く。それもできるだけデカい部分だ。胸当てとかだな。『パワーストライク』は魔力以外にも剣の実体があるおかげで、そういう削りはやりやすい。お前ぐらい魔力込めが早ければ、そのまま魔力流してゴリゴリ押し当ててるだけで防御魔力を全部飛ばせるかもな」
「デカい部分を叩く理由は?」
「小さい装甲はすぐ魔力が散るがその分充填も速い。デカいのは逆だ。一旦突き放されてもチャンスが長く取れるだろ。狙いやすいしな」
「……なるほど」
理屈はわかった。
僕でも、頑張ればフルプレさんの装甲を駄目にすることはできる。そうユーカさんが考えるだけの理屈は。
問題はフルプレさんの「剣」だけなら「パワーストライク」による重みで押さえ込むことができても、至近距離では彼の格闘能力が猛威を振るうであろう、ということ。
拳も然り、脚も然り。頭突きも体当たりもアリだろう。
その全てに僕の「パワーストライク」と同等の魔力が込められていることを考えれば、狙い通りに鎧を壊すのはかなりの曲芸と言わざるを得ない。
「フルプレさんの攻撃をかいくぐりながらそれは、ちょっとやれる気がしない……」
僕の弱音を聞き、ユーカさんは「しゃーねーなぁ……」と腕組み。
しばし黙考の末。
「他に勝ち筋があるとすれば……そうだな、『ゲイルディバイダー』だ」
「……あれ、ただの突撃だけど」
しかも相手が魔術的な何かを撃ってくる時に、それを突き破ってカウンターを決める目的の技だ。
人間相手に、しかも魔術を使わないフルプレさん相手にそれを撃つ理由があまりわからない。
が。
「お前、あれを撃つ時、明らかに普通に走るより速いだろ」
「それは……まあ、多分」
走り比べたことがない、というか測る方法がないのだけど。
「あれの突進力ならフルプレも剣で受け止めるのはミスるかもしれねー。体で受けさせりゃ一気に削りにいける。うまくいきゃ鎧一枚くらい突き破れるかも」
「……えっ、待って、フルプレさん鎧二枚以上着たりするの?」
「勝負時には鎧の下にチェインメイル着てるらしいけど、着てなかったら殺れる」
「殺る!?」
ユーカさん流の表現なんだろうけど相手は王子だ。周りでいかつい人たちにしょっ引かれないかヒヤヒヤする。
……と思っていたら、なんかヒラヒラしたドレスを着た女の子が二人、城の方からこっちに並んで近づいてきていた。
見るからに姫君か貴族令嬢。
これ対応しくじったらマズいやつじゃないの、と周囲を見回して助けになる人がいないか探す。
ユーカさんは駄目だ。カミラ嬢かアーバインさんならどう対応したらいいかコソッと教えてくれそうな気がする。
……が、アーバインさんはフルプレさんに羽交い絞めにされていた。カミラ嬢はいない。
しまった。お城にいるんだから、こういう時失礼がないようになんか対策を頼むべきだった。
多少の無礼ならフルプレさん、というかローレンス王子がどうにかとりなしてくれるかもしれないが、とりなしてくれないかもしれない。
マズいぞ。この国の貴人に対する礼を僕は何も知らない。
そしてだいたいの場合、冒険者は権力者の機嫌を損ねると大変なことになる。
誰でもなれる根無し草の暴力屋だ。法も誰も守ってなんかくれない。
権力者がその気になったら、そこらの冒険者なんて斬首でもなんでもアリなのだ。
そこまでのことにはならないと思いたいが……保証はない。ないのだ。
僕が黙って蒼くなっているのをユーカさんは不思議そうに見上げ、くるりと振り向いて、やはり首を傾げ。
「誰だ? 危ねーぞ、ここは。油断すると鎧野郎が降ってくるからな」
すごく普通に、全くかしこまらない口を叩いた。
いやマズいって。
「存じておりますわ」
「本当にいやになってしまいます」
令嬢二人はまるで示し合わせたように言葉を繋いだ。
そして僕とユーカさんに、これまた示し合わせたようにスカートをつまんで一礼。
「はじめまして。わたくしヒューベル王アルバート七世の三女、マリスと申します」
「わたくしアルバート七世の三女、ミリスと申します」
…………。
えっ。
「どっちが三女だよ」
「わたくしですわ」
「わたくしが三女。マリスは四女でございます」
「ややこしいわ! 自己紹介より先にどっちが上か決めてこい!」
ユーカさんは一喝。しかしまあ全然迫力がないので令嬢二人はケロッとしたものだ。
しかしあれか。状況からするにフルプレさんの妹か。しかも双子。
言われて改めて確認するまでもなく、ほとんど同じ顔をしている。
同じ髪型なら見分けはつかないだろう。ミリスと名乗った方が結い髪なので、とりあえずは混乱しないで済むけど。
僕の国では双子は縁起が悪いとされて、場合によっては片方捨てちゃったりもするのだけど……ここでは違うみたいだな。
「まあそれは」
「置いておいて」
二人揃って両手で右から左に何かを置く動作をする。
「城から見ておりましたの。貴方、名を何と?」
「御歳は? 独身でいらっしゃるの?」
「うぇっ!? え、ええと」
急にグイッと顔を近づける双子姫にビビってのけぞる僕。
そして、その反応が無礼だったかと気にしつつ、一旦背筋を正して咳払い。そして。
「ぼ、僕は……私の名はアイン・ランダーズと申します。歳は今年で19……ど、独身です」
『まあ♥』
いや待って。何で喜ぶの。
お姫様にそういう脈ありっぽい反応されるとちょっとだけ期待……期待……。
背後のフルプレさんの気配を感じて、ふと浮かれかかった心が素に戻る。
うん。ないな。色んな意味で。
「あの兄上をああまで浮足立たせることかできたものは、騎士たちの中にもほとんどいませんのよ」
「仕官のおつもりはあって? そのなりで、兄の知己ということは冒険者でしょう。ずっと良い暮らしができますわ♥」
「……いえ、今のところは」
盛り上がる双子姫と対照的に一気に明鏡止水な気分になった僕は、凪いだ表情で丁寧に辞退。
武力を当て込まれて王国に召し抱えられるというのなら、騎士、あるいはそれに準ずる待遇が期待できる。
もちろん立派な屋敷や馬、使用人を充分抱えられるだけの俸禄が与えられるだろう。場合によっては領地さえも。
冒険者がそうして仕官するというのは、「ゴール」としてはなかなか上等だ。
しかし、僕はそんなことのために武技を身につけているわけじゃない。
僕が「ユーカさんのような冒険者になりたい」と願ったことで力を託したユーカさんにも、義理が立たないだろう。
何より将来を決めるには、まだあまりにも何も成し得てなさすぎるしな。
「私はヒューベルに仕えるより前に、やらなければいけないことがあります。王子も、いつかは乗り越える壁でございます」
『まあまあ♥』
少々不遜な物言いだったかな、と思ったものの、何故か双子姫はとても楽しそうな顔をした。
「つまり、いつかは兄上を倒すと仰るのね♥」
「すばらしい志ですわ♥ それを成し得た暁には妹を差し上げましょう♥」
「…………あの、失礼ですが、王子を倒すなどと一庶民が言ったら咎めるのが筋では?」
つい、ツッコミを入れてしまった。
うん。そんなの気にせず曖昧に流し、この場を収めた方がいいのはわかってるんだ。
しかしものすごくローレンス王子を倒してほしそうな言い草に聞こえたので、言わずにいられなかった。
双子姫は同じように笑顔を傾けて。
「まあご存知の通り、殺して死ぬような兄ではありませんので♥」
「しかし、いくら尚武のヒューベルとはいえ、あのような頭の出来では暴走されると厄介ですわ。即位までには実力でなんとかできる人材が欲しいと思っていますの♥」
……あー。
な、なんとなくは事情は分かった。
うん。彼女たちもこの国の将来がとても心配なんだね。僕たちがさんざん「大丈夫かこれが第一王子で」と思ってしまったのと同じか、それ以上に。
って、本人の前でそういう話堂々としていいのか、と思ってもう一度見ると、フルプレさんはアーバインさんと追いかけっこをしていた。
……双子姫になんとか近づきたいアーバインさんを押さえたいようだ。
「本当は『邪神殺し』こそが楔になってくれると思っていましたの。兄も執心しておりましたし」
「ですがどうやら手ひどく振られてしまったようで……」
双子姫はちらりとユーカさんを見る。……これが「邪神殺し」のユーカさん本人だとうすうす気づいているようなそぶり。
ユーカさんは居心地悪そうな顔をした。
「……『邪神殺し』にだって選ぶ権利はあるだろ」
ボソリと言って視線を逸らす。
あまり堂々と「アタシがそのユーカだが?」とも言い辛いのだろう。
言ったところで、ならばフルプレさんと付き合って王宮に骨を埋めろ、と言われても困るだろうし。
双子姫は頬に手を当て、あるいは指を組んで聞えよがしに溜め息。
「頭の出来以外は、強さといい容姿といい、我が兄ながら誰にでもお勧めできる傑物なのですが……」
「どうにか尻に敷いて、うまく乗りこなして下さる女性がいれば万事解決、安泰なのです」
「頭の出来が欠点って致命的過ぎんだろ……」
『ええ本当に』
声を揃える双子姫。
「ですからアイン・ランダーズ。そのなにがしかの使命を成し遂げた暁には是非我が国に」
「早いうちなら妹を差し上げられますわ。適齢期を過ぎればどこに嫁に出されるともわからぬ身、欲しいなら今が確実でしてよ?」
「こう見えて我が妹は色々と達者ですわ♥」
二人ともお互いを妹呼ばわりするので混乱するが、自分を嫁に、と言ってぐいぐい来ないのは若干マシかもしれない。
僕はメガネを押して表情を取り繕う。
「まだ冒険者を始めて一年と少し、あまりにも道半ばです。大業を成し遂げるのも、いつになるとも言えません。……今日の出会いの思い出を大切に、精進して参ります」
当たり障りなく、なんとかそう言って双子姫の勢いを抑える。
ユーカさんはそんな僕の様子にちょっと面白くなさそうな顔をしている。
まあ、せっかく自分の力を与えた相手が姫君の美貌に血迷いかけ、将来を売り渡しそうになっているのは気分良くはないか。
……安心して欲しい。この二人は本当に可愛いけど、フルプレさんの義弟になるつもりは全くないので。
見ていたのは双子姫ばかりではなく、あのドワーフのドラセナも来ていたらしい。
フルプレさんを攻略しようと何度か挑み、叩きのめされてファーニィに治療され……を繰り返していると、ひょっこりと現れて機嫌よく声をかけてきた。
「よう。苦戦してるな、メガネの旦那!」
「……君は……いつつ」
「武器も数打ちなら防具もボロボロ、裸で戦うよりちょっとマシ程度でよくやるよ。相手は遺跡産の神剣と最高級甲冑だぜ? 奴隷の見世物みたいじゃないか」
「……ははは」
そこまで言われるか。
……いや、まあ、僕の今の革鎧なんて、ゴブリン相手にも充分とは言えない代物だし、それも最近の大物相手の幾度かの激戦で随分傷んでいる。プロから見たら「裸よりちょっとマシ」とまで言われるのも仕方ないんだろうな。
「それでアレに一本取ろうなんて、農具でワイバーン討伐しようとしてるみたいだ。もうちょっとなんとかしようと思わないのかい?」
「まあ、かっこいい鎧を作りたい気持ちはあるんだけどね……見ての通りの貧弱ボディなんで、あんまり重装備はできないんだ」
両手を広げてみせる。
トレーニングでひところよりは多少マシになったが、それでも「細い」と言われれば、そうだねと頷くしかないのが僕の体だ。
これでフルプレさんと同様の武装をしたら旅なんかできない。
……が、ドワーフ娘はふむふむと頷き。
「つまり革鎧と同じくらいの軽さにすりゃいいってわけだ。いいぜ」
「は?」
「アチキらドワーフなめんなよ。重たきゃもちろんいくらでも上積みできるが、軽くして欲しいってんならそれはそれで上物に仕上げるのがプロってもんだ」
ドラセナは得意げに言い切り、僕の手を掴んで引きずり始めた。
「うわー!?」
「おーい、どこ行くんだアインー」
「誘拐されるー!!」
「採寸だよ! 借りてくよ!」
「おー。早く返せよー」
ユーカさん、もうちょっと慌ててよ……。




