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銀の鎧、舞う

 鎧を纏い、兜で顔を覆うと、ローレンス王子は「フルプレート」になる。

 いや、元々態度は何も変わってなかったのだけど、やはり顔を出している時は何かが違ったのだ。

 個人を示すディテールを全てその内側に押し込めた時、あのゼメカイトで絶大な尊敬と畏怖を集めた至高の戦士が再びそこに現れる。

 どんな地位にも権力にもよらず、ただその実力と気迫でもって大陸中の荒くれ者たちを黙らせた、謎多き冒険者・フルプレート。

 ゼメカイトの酒場の片隅で、まるで星に憧れるようにその姿を遠巻きにしていた僕は、その彼が曲がりなりにも「試合の相手」として僕の前に立つことに、特別な思いを抱いてしまうのだ。

「ユーカから何を教えられたかは知らんが、それで吾輩に加減をせねばならぬと心配するのは驕りというものだ」

 王城の裏の練兵場。

 普段は多くの兵士が陣形訓練などに明け暮れる広い敷地の一角で、ローレンス王子……フルプレさんは、威風堂々とした姿で僕に曰くありげな剣を構えてみせる。

「何故ならそのユーカでさえ、吾輩をそう簡単に仕留められる技はない。水霊のラングラフ相手では状況次第などと言ってしまったが、それがラングラフが完成された剣豪であればこそ。幾度でも吾輩と打ち合える技量あってこその話だ。貴様に、吾輩相手に何発も放つ余裕があればよいがな」

「……よろしくお願いします」

 僕もカミラ嬢から借りた剣(火霊騎士団の備品)を構える。

 悪い剣ではないが、名剣と呼ばれるほどでもない。あくまで数打ち、といった品だ。

 でもまあ、僕にとってはそんなに関係ないかもしれない。

 元々持っていた呆れるほどのオンボロ剣でも「オーバースラッシュ」ならそんなに変わらなかったし、「パワーストライク」状態にすれば、その辺のナイフでさえ業物と見紛う威力と耐久力を付与できる。

 何より、フルプレさんに愛剣の火属性は通用しないだろう。彼の「鎧装強化」が思った通りの効果であるなら、ただ攻撃が赤く光って防御のタイミングがとりやすくなるだけでしかない。

 ならば、昼間のうちは目立ちにくい無属性の方が、いくらかは有利になるだろう。

「んじゃアタシが仕切るぞ」

 ユーカさんは審判役として間に立った。ちゃんとした試合っぽくて少しだけ気分が上がる。

 僕はこういう「試合」なんてものに縁のない人生だったから。

 ……しかし、その向こうのフルプレさんの醸し出す圧を感じれば、それを楽しむ余裕はなくなる。

「…………」

 上背は僕より15センチは高い。肩幅やウェイトはそれにも増してあまりにも違う。大人と子供のようだ。

 剣の刃渡りもそんなに差はないはずなのに、僕は少し手に余るくらいに長く思えるのに対し、フルプレさんのそれは寸足らずに見えるくらいだ。

 改めて「筋肉馬鹿」と言われるほどの肉体は想像以上にプレッシャーがあるな、と感じる。

 分厚く、重く、間合いが広い。

 目の前に傲然と立つ肉体の繰り出す運動が自分に届くのを想像すると、どう動いても「潰される」という直観から逃れられなくなる。

「怯むなよアイン。相性は悪いと言ったが、アタシはお前なら一泡吹かせられねーとも思わねえ」

「……そうだね」

 僕は改めて気合を入れる。

 勝てません、と泣きを入れたって仕方ない。

 この場は収まっても、あのロナルド・ラングラフといずれやり合うことは変わらないのだ。

 僕の現在の状態を披露し、フルプレさんという「ロナルドと互角以上の戦士」相手にいろいろと試してみるのは決して無意味なことではない。

 死にさえしなきゃ治癒師もいることだし。

 僕は痛みをコストと割り切るのは、とっくに慣れているはずだ。

 腰を落とし、アーバインさん仕込みの構えでフルプレさんを見据える。

「行きます」

「来い」

 僕の宣言にフルプレさんも低く短く応答。

 そしてユーカさんは手を振るい、

「始め!」

 と鋭く叫ぶ。

 僕は重圧の中心に向かい、遮二無二踏み込んで剣を振るう。

 フルプレさんは案の定、それを片手持ちの剣とは思えないパワーで打ち払う。

 いや、打ち払おうとして果たせず、半歩足を引いて受け流しに切り替える。

「ぐぬ……“斬岩”か!」

「ロナルドもそんなことを言ってましたね。貴族の剣術だとそういう名前なんでしょうか」

「……なるほど、解散(あれ)からたったこれだけの時間で“斬岩”……ユーカが天才と吹くわけだ」

「……続けますよ」

 そうか。普通だとそんなに習得に時間がかかるのか。

 まあ武器に魔力を溜めるだけなら誰でもできる、という話だけど、それを実戦レベルで、となると、そうなるのだろう。

 そして、フルプレさんはそれが「超ヘタクソ」という話だが、僕の一撃を受けても彼の剣が軋んだ様子はない。

 ロナルドが勘違いしたように、業物であれば「パワーストライク」の剣と同等以上の耐久性も実現できる……というわけだ。

 フルプレさんは鎧への魔力注入で無敵の防御を固め、武器には何も手を加えない代わり、金に糸目をつけないことで攻守のバランスを取るスタイルなのか。

 ……僕はとりあえず飛び道具を隠して攻撃を続けていく。

「パワーストライク」はそれだけでも充分に強い。

 僕は受ける側に立っていないので憶測だが、込めた魔力は切れ味や強度だけでなく、当てた衝撃の強さまで倍化しているようで、フルプレさんは三合目から先は両手で剣を支えている。

 僕の腕力だけなら本当に片手だけで対処可能だったに違いない。

 そして、僕にとっては「オーバースラッシュ」のついでのように習得したそれは、こと斬り合いにおいては意外なまでにアドバンテージが高い、というのも理解できてきた。

 ユーカさんは対モンスター視点でしか技を評価していないが、対人流派では全く必要なものが違う、ということか。

 そして。

「馬鹿な……この短時間にどれだけ“斬岩”が撃てるのだ……!?」

「まだいけますよ」

「……なるほど、ユーカめ。そういう異才か」

 フルプレさんは思った以上に僕が「パワーストライク」を打ち込み続けることに、ようやく理解が追いついてきていた。

 とはいえ、彼は魔力を消耗していない。

 僕は「オーバースラッシュ」よりは軽いとはいえ、打つたびに魔力を補充している。

「パワーストライク」は、無消費ではないのだ。だからこそ、溜め直しのない連射に驚いているんだけど。

 これでは、やがて魔力が切れる。

 選択肢がせばまる前に、いったん引くか。

 ……と、バックステップしたところで、フルプレさんは逆に踏み込んできた。

「つまり!!」

「!」

 歩幅がでかい。踏み込みが鋭い。

 こっちが引いた以上の距離を詰めてきている。

 そして僕の腹に左の拳を振るい、直撃して弾き飛ばされる。

 ……っ、一応後ろに跳んでる最中だったから威力は落ちてるはずなのに、革鎧で軽減はしてるはずなのに……重いっ!

「守りは、甘い!!」

 そして僕が丸まりつつ何とか受け身を取って、できるだけ早く立ち上がろうとしたところで、フルプレさんは猛然と踏み込み、剣を振り下ろしてくる。

 ……真っ二つにする気かっ!

 練習試合なのに!

 僕は半分キレつつ、剣に魔力を込めて受け止める。

 いくら「パワーストライク」状態とは言っても強大な膂力をさほど軽減はしてくれない。グローブに自らの剣が食い込むのに耐えながらなんとかそれだけは耐え、すかさず僕はフルプレさんに「オーバースラッシュ」を振り残しながら彼の背後に向かって飛び込むように転げる。

 至近距離での「オーバースラッシュ」にフルプレさんは戸惑い、しかし彼の鎧は空を斬る刃をその身に届くまで見過ごしはしない。

 ギンッと音を立てて鎧は軽く光り、それだけだ。

「僕は、持久戦に持ち込むのは無理なので……っ!」

 彼の弱点は酸と持久戦。そして僕はそれを利用はできない。

 フルプレさんの魔力が数日がかりの冒険にも耐えられるほどに多いのなら、仮に一方的に攻撃できるとしても、そこまで引き出す前に僕の方が落ちる。

 ならば、正攻法でいくしかない。

 このまま逃げ回り、のたうち回りながら戦っても、ただ苦しいだけだろう。

 その前に勝負を挑む。

「行きます」

 立ち上がりながら、剣を振るう。

 振るう。

 振り回す。

 かわされない近距離から「オーバースラッシュ」を次々に叩き込み、鎧に込められた魔力を強引に剥がしに行く。

 彼の鎧を強化する仕組みが「パワーストライク」同様なら、食らうたびに魔力は削れるはず。

 そして再充填には、数秒かそれ以上の時間がかかるはずだ。

 つまり、それなり以上の威力で乱打できればそれで破壊できるはず。

「6割」の最高状態で撃つのを心掛けるため「スプラッシュ」ほどの連射速度は出せないが、それでもこうまで次々に打ち込まれるとは思わないだろう。

 ここに賭けるしかない。

 ……しかし。

「……っ!?」

 一瞬の隙に、フルプレさんは消えた。

 その場には突き立てられた剣だけが残り、「オーバースラッシュ」に火花を散らして悲鳴を上げている。

 ……変わり身!? そんなに速く動けるのか!?

 と、左右を見回して……ハッとする。

「フルプレキャノン」。


『「フルプレキャノン」なんて打ったら最低50メートルは上空に飛ぶから、着地できないとやっぱり大惨事だし』


 ユーカさんの台詞が蘇る。

 つまり……あの人は鎧のまま、飛べる。

「上……!?」

 見上げると、まさに天を舞う銀の甲冑。

 それが僕めがけてフライングクロスチョップを打ち落としてこようとしていて……。


 突然横から飛んできた矢にガンッと打たれて数メートル横に墜落した。


「アイン殺す気かバカ鎧」

 アーバインさんだった。周辺には騎士や従士がいるのに当たり前のように弓を放っていた。

 フルプレさんは何かのギャグみたいな恰好で地面に突き刺さっていたが、すぐにガバッと起き上がり。

「横から手出しするのは流石にどうなのだ!?」

「別に決闘じゃねーだろ。手出し無用とか気取るもんかよ。何本気で殺しにかかってんだ」

「吾輩は案山子ではない! 反撃は当然だろうが! こ、これをどう凌ぐかを見たかっただけであってだな!」

「はいはい。お前がすぐムキになる奴だってのはよく知ってたけど改めてわかったよ」

 呆れるアーバインさんに反論できずに地団太を踏むフルプレさん。

 ユーカさんも額を拭いつつ。

「ちょっとヒヤッとしたわ。アーバイン、ナイス」

 ……えっ、今の本当に死ぬところだった?

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