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フルプレートと呼ばれた男

 フルプレさん(フルプレートではない)はどうも蜂蜜色の髪をしているようだが顔の細部はわからない。

 でも多分男前なんだろうなあ、と思う。なんかネタになるような顔してたらアーバインさん絶対真っ先に笑ってるはずだろうし。

「こんなところで何をしているのだと聞いている。都には貴様らの好む冒険などありはしないだろう」

「用があるから来てるに決まってんだろ。四六時中突進しかしねーお前と違ってこっちにゃ色々あるんだよ」

 ユーカさんは塩対応。

 まあ今まで完全に顔を隠してた人が急に顔出しで出てきて「吾輩だ吾輩」と絡んできたのだから「めんどくせー奴」と追っ払いたくなる気分はわかる。

 しかし、一人で王都にいるということは、僕たちより土地勘に期待できるだろう。

 それに別れる時は「郷里に帰る」と言っていた。ここがその郷里なら、なおさら道案内には頼れる人なんじゃないか。

「まあまあ……あの、フルプレさん、僕たちドワーフの細工師のいる店を探してるんです。マードさんが『王都ならある』って」

「……吾輩はユーカと話をしている。貴様は割り込むな」

「……はい」

 コミュ力低い人だった。いや僕も人のこと言えたもんじゃないかもしれないけど。

 で、ユーカさんはというと。

「今アタシらのリーダーそいつだかんな。そいつと話せねーってんならアタシも話すことなんかねーぞ。シッシッ」

「ぐぬぬ……!」

 フルプレさんはギリギリと歯噛みしてから僕に向き直り、渋々と。

「……用件を聞いてやろう」

「えっ、また最初から?」

「吾輩は聞く気のない話は全く覚えんタチだ」

「…………」

 ユーカさんもところどころ雑な人だけど、この人はそれどころじゃなさそうだ。どうやって冒険者してたんだろう。


「ドワーフの細工師か。幾人かいるというのは聞いたことがある。だが奴らはドワーフ語しか解せんので代理人を通さねばならん。……同じ値段なら今は魔導機構の方が手軽で性能も期待できる。無理にドワーフを使うことはないだろうに」

「武器や防具じゃないんで……その代理人ってどうにか探せませんか」

「ふむ……まあ、半日あれば」

「お願いします。できればメガネとかいじれる人を」

「メガネだと? そんなものに頼っているからだな」

「あーあーはいはいお前の脳筋根性論はいらねーっつーの。要るっつったら要るんだよ」

 何か語り出しそうだったフルプレさんをユーカさんが即座に遮る。

 まあ、こういうことを説教する人に納得させるのは難しい。

「俺の爺さんは片目でも戦った」とか「目に頼ってるうちは三流だ」とか、わかった風に言ってメガネをやめさせようとするお節介な先輩冒険者は今までもちょくちょくいた。

 目が悪くない人に悪い人の不便さは理解されないのだ。びっくりするほど。

「とっとと探してくれ。アタシら変な奴に目ぇつけられちゃったからな。いつまでもアインにぼさっとさせとくわけにゃいかねーんだよ」

「ぬ……? 今のユーカに欲情する変質者でもいるというのか」

「うっせー。ゴリラよりは需要高まってんよ。少なくとも」

「馬鹿な!」

 そこ食いつくとこ?

 と思ったらアーバインさんも参戦。

「少なくとも俺やマード爺さんは今のユーカの方を断然支持するね。ゴリラじゃ無理だね」

「変態エルフめ」

「なんだと。絶対ゴリラ好きの方がやべー趣味だろ」

「このような幼い子供に涎を垂らす奴がまともなはずがあるか!」

 なんだろう。どちらかというとフルプレさんの方がまともな感じに聞こえる。

 そして二人の脛を順番に蹴るユーカさん。

「そこまで! 言うほど! 幼くねーわ! っつーか24だアタシは! ナチュラルにガキ扱いしてんじゃねー!」

 駄目な成人男性二人はうずくまった。……鎧着てないとやっぱり脛痛いんだねフルプレさんでも。

「そもそも目ぇつけられたってのはロナルドとかいう山賊だ! アインが思ったより強かったせいで変な因縁つけられただけでアタシはオマケだっての!」

「ぐぐ……な、なに? 山賊ロナルド……!?」

 震えながら立ち上がったフルプレさんはその名前に反応した。

「ロナルドというのは……ロナルド・ラングラフか!」

「何かそんな名前だった気がすんな。それで合ってたっけアイン」

「合ってる……けど」

 忘れてたのユーカさん。

 ……まあユーカさんにしてみると「モンスターの一種」だから特に覚えるつもりにならないのか。

 そしてフルプレさんは僕をしげしげと見て……見てると思う。やっぱりぼんやりしてるけど。

「……水霊騎士団の元団長と渡り合ったというのか?」

「……なんかそうらしいですが。え、フルプレさん何かあいつのこと知ってるんですか」

「知らいでか」

 鼻息を吹き、フルプレさんは背中を向ける。

「ついて来い。……まずは職人に渡りをつけてやる」

「あ、ありがとうございます」

「おー、たまには役に立つじゃんフルプレのくせに」

「なー。てっきりフルプレのことだから『吾輩がやる義理などない!』とか無駄に威張って使えないパターンだと思ってた」

「あの、お二人ともそんなこと言ってるとあの人ヘソ曲げちゃいません……?」

 ユーカさんとアーバインさん、めちゃくちゃフルプレさんへの信頼感低いな……性格面で。

 まあ、今見せてきた部分だけでだいぶ「面倒な人」感はあるけど。

 そしてファーニィは怯えている。元々強そうな相手には絡まないってしたたかさはあるわけだし、それも当然か。


 どこまで行くのかと思ったら、何故か商工地区に向かわず、貴族街を通り抜け、王城へずんずんと進んでいく。

 僕は相変わらずユーカさんに手を握ってもらいつつ、やたらと広い背中を追う。

「おいフルプレー。どこまで行くんだよ。アタシらが頼んだのは職人の紹介のはずだぜ」

「そのためには商売に詳しい者を当たるのが早いだろう。黙ってついて来い」

 ずんずんずん、と進んでいくフルプレさん。

 やがて王城に辿り着き兵士たちが固める門に差し掛かるが、特に止められることはない。

 ……え、顔パス?

「……もしかしてフルプレさんってえらい人?」

「知らん。最初からあの兜だったし、名前もフルプレートとしか言わなかったからなあ」

「ただ顔に自信がないからあの調子なんだと思ってたよ俺。まあ俺の隣に並ぶことになったら誰でもそうだろうなって」

 アーバインさんの軽口に、フルプレさんは低く。

「やかましい」

 と言うに留める。

 そしてファーニィは僕の背中にすがるように身を縮めてついてきている。わりと小心だよね。人が多いところでは。

 まあ異種族(エルフ)がこんな特に威圧感の強いところに入り込んだら、そうなるのが普通だと思うけど。アーバインさんはともかく。


 僕らが通されたのは客間のようだった。

 随分豪華……なんだと思う。メガネがないと細かくは見えないけど。

「ここでしばらく待て。何か酒でも持ってこさせる」

「おいおい、まだ昼間だぞ?」

 ユーカさんが呆れたような声を出すが、僕としてはここまで来て言う事それかな、と思う。

 他に聞くことないですか。なんで王城で偉そうにしてるんですかとか。何者ですかとか。

 ……しばらく待っていると、フルプレさんがなんかビシッとした雰囲気の女の人を連れてきた。

「この者が城下の職人について詳しいそうだ」

「火霊騎士団の財務担当のカミラ・マートンです。ご用件を伺います」

 多分美人なんだろうなあ、と思う。雰囲気がリリエイラさんに似てる。

 とはいえ、あまり僕には関係ないか。

 ユーカさんたちが気にしていない以上、僕も細かいことを追及すべきではないのだろう。そう割り切って口を開く。

「あの、ドワーフの細工師を探しているんです。メガネを修理したくて」

「……メガネ?」

「は、はい。ちょっと待って下さい」

 ズダ袋の中からメガネを探し出して差し出す。

「これを修復したくて……多分ドワーフの品だと思うので」

「……ふむ。これはなかなか……」

 メガネを受け取ったカミラさんは興味深げに覗き込んでいる。

 何やら没頭しそうになっているので、フルプレさんが咳払いをした。

「ゴッホン。……マートン。要求に応えよ」

「えっ。あっ、そ、そうですね。多少取り乱しました。失礼」

「済まぬ。どうも古道具が好きな女でな」

 ……妙な人多いな。この国のデキる女性。

「騎士団と取引をしているドワーフ工房は三つほどあります。これの修理ができないかと現物を持って当たってみようかと思いますが……お借りしても?」

「あ、はい」

 直らなかったらただのガラクタだ。持っていても仕方がない。

「吾輩の名前を使うがいい。ぞんざいに扱われることはなかろう」

「はっ。承りました。王子」

 メガネを丁寧に布で包んで、カミラ嬢は退室していく。

 ……そして、僕は反応しないようにしよう、と心に決めていたのに、つい口に出してしまった。

「王子……?」

「うむ」

 フルプレさんは堂々と頷く。

 しかしアーバインさんとユーカさんはソファに沈んだりローテーブルに腰かけたりしつつ。

「酒まだ?」

「菓子でもいいぞ。柔らかいやつな」

 え、気にならないの。

 と思ったが、もうこの人たちに常識的な反応期待するのやめよう。

「王子様なんですか?」

「うむ。……吾輩が正体を隠さなければならなかった理由は察しが付くだろうが、今こそ本当の名を名乗ろう」

「別にいらんけど」

「人間の王家とかせいぜいここ200年くらいの話だろ? あんまり偉ぶられてもなーって」

「いいから黙って聞けい!」

 フルプレさん改め。


「吾輩はヒューベル国王アルバート七世が長子にして火霊騎士団長、ローレンス! フルプレートとは世を忍ぶ仮の姿だったのだ!」


「ふーん」

「似合わねえな。ローレンスて」

 すごいテンションが低い元仲間の二人。

 いや、王子だよ。第一王子だよ。王位継承者だよ。

「で、酒」

「菓子」

「貴様らもう少しくらい吾輩に敬意を払わんか!」

「ちょっと心配になったよこの国が」

「第一王子がこんな間抜けで脳筋じゃなー」

「貴様ら!!!」

 ……よく考えたら、下手な貴族より金持ちなユーカさんと、下手な王国より長生きなアーバインさんじゃ、さすがに偉ぶるにも相手が悪いのかもしれない。

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