王都到着
ヒューベル王国の首都アルバルティア。通称、王都。
もちろんこの国で一番栄えている街であり、周辺の環境は安定していてモンスターは滅多に出ない。
どこだってそうだが、元々そういう土地だからこそ大都市になる。周りには森と耕作地が広がり、海と見まがうほど大きいレンダー湖も近く、漁業も水運も盛んだ。
……そしてここまで約10日の旅は特になんにもなかった。
どうやらリーダーとされているらしい僕が使い物にならないので寄り道は全くしなかったし、元々大きな街道を行く旅は安全なものだ。アーバインさんやファーニィも退屈だ退屈だとボヤいていた。
ユーカさんに手を握られていても僕はよくコケたが、ファーニィの治癒術があるので、怪我して不自由ということは全くなかった。
ようやくファーニィはマード翁直伝のコツを少しだけ体得し、治癒術の片手発動ができるようになって自慢げだったが、そもそも片手じゃ駄目だということ自体僕はよく知らなかったので、愛想笑いしかしてあげられない。
「ここが王都ですかー。なかなか壮麗ですねえ」
「久々に来たんで全然土地勘ないなー。ユーカならわかる?」
「正直自信ねえ。アインは?」
「僕ここの国の人間じゃないんで……」
「……そうだったっけな」
僕の生まれ育ちは隣のハルドア王国だ。国としてもここより小さく、モンスターの脅威も少なくて冒険者もあまり寄り付かない、いわゆる田舎。
都市としての発展はモンスターのいない場所の方がいいが、国家としての戦力はまた違う。
ゼメカイトのようにダンジョンや遺跡の多い地域を抱えていてこそ技術力や兵の能力が磨かれる。そのためヒューベル王国はこのあたりでは最も戦闘力の高い軍隊を抱え、繁栄を謳歌していた。
「となると……誰も街のことわからないわけですよね」
「そうなるな」
「まーそんなもんでしょ、急ぎってわけでなしいいんじゃない?」
「いや僕としてはすぐ用を済ませたいです……」
壊れたメガネの修理。
それができるドワーフの細工師がここにいればいいけど、あくまで「ドワーフの細工師の店がある」というだけだ。
その技量や専門分野に関しては全く保証されていないし、場合によってはまた別の街に行かなくてはならない。
今の僕は正真正銘のお荷物だ。このままではいけない。
と、意気込んではみたものの、王都はやはり広く、また冒険者のような得体の知れない奴を相手にしない店も多い。
モンスターの多い地域にいると忘れてしまうが、基本的には冒険者というのは「荒事に長けた厄介者」だ。
平和な街や貴族社会ではできるだけ近づいてほしくない類の人間だ。
適当な店に入って「ドワーフの細工師の店」というのを聞き込みしても「冒険者向けの店ではそういうのは聞かないね」と何度も言われることになった。
「ドワーフの細工師ってそんなに希少なんですかね。エレミトではドワーフといえば鉱夫か鍛冶屋か細工師かって感じだったんですけど」
「あんまりドワーフとしちゃ住み良い場所じゃないんだろうな。いたとしても貴族お抱え、ってわけだ」
「でもマードは知ってるような素振りだったけどなぁ……」
「マードさん、元々宗教関係の人だから、そういうトコでも冒険者として門前払いされなかったってことじゃないかな」
四人でうなる。
「もういっそ、その辺で普通のメガネ作っちまった方がいいんじゃねーの。どっかあんだろ王都ならメガネ屋ぐらい」
「……それしかないかなあ」
祖父の形見の逸品は、今まで僕が冒険を続けられているところからもわかる通り、かなり乱暴な扱いにも耐えるものだ。
普通のガラス製なら傷がつくような扱いでも耐え、本来なら柔らかい布で丁寧に手入れをしなければいけないのに、適当にボロ布で拭くだけでも特に問題ない。
アーバインさんがこの前言っていた通り、おそらく度が自然に合う仕組みと同様、傷が勝手に修復される機能もあるのだろう。あえて傷つけるような真似をしたことはないから推測だけど。
元のメガネが直れば、それだけ持っている方がいい。普通のメガネもそれなりに高いし、予備だとしてもそれを持ち歩くのは冒険者としては不安が残る。
いきなりモンスターに襲われて、荷物ごと叩きつけられることだって珍しくないわけだしな。
「あるいは目の治療ができる治癒師を探すか、ですよね」
「ファーニィちゃんはやれそうな感じはないの」
「無理です。やり方に見当もつかないです」
いつもながらファーニィはマイナス方向に潔かった。
……幸い、お金にはまだ余裕はある。鎧の新調をもう少し先送りすれば、メガネを作る資金ぐらいは確保できるだろう。
けど、ちゃんと度を合わせるとなると作る期間結構かかりそうだよなあ。
しかし、相手が見えなきゃ冒険は難しい。
ここは腰を据えるしかない、のかなあ。
……と、僕が迷うのをみんなが眺める。
そんな時だった。
「貴様ら、何をしている」
妙に居丈高な声がして振り向く。
憲兵だろうか。まあ道の真ん中で冒険者がたむろしてたら目につくだろう。
とりあえずは突っ張らずに下手に出ておこう、と振り向き、こちらに近づいてきた偉丈夫に愛想笑いをして。
「あ、すみません。特に怪しいものではありませんので」
「…………」
「あ、ただの冒険者です。見ての通り。この街ではどう振る舞っていいかよくわからなくて。田舎者ですみません」
「…………」
腕組みをした体格のいい憲兵? は僕を見下ろしたまま黙っている。
何か気に障っただろうか。
ユーカさんが後ろから脇腹をつつく。
「お前ちょっとヘーコラしすぎだろ。それでも冒険者か。堂々としろ」
「いやまずいって。前のユーみたいに有名ならまだしも、僕らなんにも自慢になるものないんだし、ふんぞり返る理由ないし」
「別に自慢があるとかなんとかじゃなくても、悪いことなんかしてねーんだからさあ」
「それでも冒険者同士ならともかく、憲兵さんに見栄張っても意味ないでしょ」
「多分そいつ憲兵じゃねーぞ。なんか恰好がそれっぽくねーし」
「え、そうなの?」
改めて目の前の人物を見る。……言われてみれば憲兵っぽい実務的なシルエットじゃなくて、なんか華やかで貴族的な服装をしている……ようにも、見えなくもない。
「すみません僕目が悪くて……どんな御用でしょう?」
まあ貴族や大商人だと仮定して、やっぱり急に態度を大きくする理由にはならない。
あくまで低姿勢でいく。
その僕の態度でみんな察してくれるといいんだけど……と思ったが、アーバインさんは特に追従せず。
「なんだよ。エルフがそんなに珍しいか? あ? 俺が優男だからってナメんなよ?」
普通にこの貴族? らしき偉丈夫にチンピラ絡みしていってしまう。
何してんのこの人。
「……貴様ら」
そして目の前の人は、地の底から響くような声に怒気を孕ませた。
「なんだオラ。急に絡んできていきなりキレるとか相手選べよ? 俺こう見えてちょっとしたモンだぜ?」
「おー喧嘩だ喧嘩。やっちまえアーバイン」
「やっちまってください! そしたらファーニィポイント3あげます!」
「何の数値かわかんないけど渋くない!?」
なぜか理由もなく喧嘩に発展させようとする人たち。
僕は偉丈夫とアーバインさん、どっちを止めるべきか迷ってオロオロする。
そして偉丈夫はそんな僕らを一喝。
「この吾輩がわからんかぁっ!!」
「知らん」
「誰よ」
「ひぃぃごめんなさいごめんなさい」
迫力満点の問いに平然と返すユーカさんとアーバインさん。即座に凹むファーニィ。
もしかして王都では有名な人なのかな。でも今の僕に顔を判別させないで欲しいんです。
「吾輩だ吾輩! 小僧とそこの小娘はともかく! アーバイン、ユーカ! 貴様らがわからんとは何事だ!」
「誰?」
「臨時組んだことある奴?」
揃って首をかしげるアーバインさんとユーカさん。
……って、この人ユーカさんをユーカさんだって理解してる……!
僕はユーとしか呼んでない。それでもユーカと呼べるのは数人しかいないはずだ。
「も、もしかして……フルプレさん?」
僕が呟くと、偉丈夫改めフルプレートさん(フルプレートではない)は、ふんぞり返って頷き。
「うむ、その通りだ! …………なぜ貴様らがわからんか!!」
「わかるかよ」
「知らねえよ」
「……!!」
ユーカさんとアーバインさんは白けた声で同じように呟き、フルプレさんの怒気はさらに膨らんだ。




