剣客
ここまで幾人も躊躇なく殺しておいてなんだけど、僕は対人戦の経験は浅い。
ゼメカイト周辺で受けた護衛の仕事で、移動中に襲ってきた山賊との交戦が2回ほどあるだけだ。
その時だって決してうまく戦えたわけではなく、近づかれないように必死で剣を振り回していたら、周りの奴らが片づけてくれていた。まともに一対一で斬り合っていたら間違いなく死んでいただろう。
そして今、僕がその時よりどれくらいマシかといえば……攻撃能力に関して言えば見違えるほど変わったが、逆に言えばそれだけだ。
対人戦は、相手が強くなればなるほど、それ以外の部分が重要になる。
防御技術。回避力。フェイント。読み。
どれもこれも僕には足りない。
足りないというより、そもそも無いというものの方が多い。
……どんな強い攻撃も、一手目を外せば相手にチャンスが渡る。
そして人間同士の殺し合いに、そこまで過度の攻撃力は必要ない。
オンボロ革鎧の僕なんて、鍛えた剣士がまっすぐ剣を振れば一撃で終わる。
まして、武器の間合いが大きく違う。
間合いは単純に広い方が有利だ。もちろん乱戦や屋内戦などの例外もあるが、少なくともナイフが長剣より有利な状況はここにはない。
間合いの差は一歩分。
ただし、その一歩分を踏み込ませない限りにおいて、長剣は一方的に攻撃できる。
そこに首を晒さずにナイフが長剣使いの急所に届くことはない。その差は、特に技術のない人間には覆しがたい差だ。
ただし、それは「普通」の場合。
そこが付け目でもある。
(僕は……僕のナイフは「飛び道具」だ)
ユーカさんに教わった、天才とも言われた「オーバースラッシュ」適性。
普通の剣士は「オーバースラッシュ」どころか、魔力を剣に込めるのも難しい。よしんば込められたとしても、それはとっておきの一撃、切り札として使うほどのものだ。
それを僕はほぼ一瞬で、しかも連続で使える。
そのアドバンテージだけが、今の僕と、この「実力派山賊」ロナルドとの対決において勝利の鍵になるだろう。
相手は常に僕の間合い。僕はかわされることのない一撃を放てばいい。
相対距離は5メートルといったところ。この距離なら難しくない。
……ただ、さっきの有象無象の山賊たちのような雑な攻撃では、この鎧は貫けないだろう。
慎重に魔力の調節をしなくてはいけない。
ここまでの思考にかかった時間は、実際には2秒といったところか。
じり、と構えたままに軸足をズラしながら、相手は僕の踏み込みを待ち、僕は魔力の込め具合を気にする。
……そして、ロナルドは口を開く。
「……なるほど。“斬空”の使い手か」
「!?」
「しかし立ち合いは素人と見えるな。……天然物とは珍しい。私に出会わなければ大成もできたものを」
……まさか、「オーバースラッシュ」のことを……僕の手札を、構えだけで見破られた……!?
いや。
違う。そうだ、奴はこの状況を見て「これをやったのは貴様か」と声をかけてきた。
片手の指では利かない数の山賊が、一様に胸や腹に刺し傷をつけられ、倒れ藻掻く光景。
これをナイフでやったとすれば相当な乱戦になるはずだ。ナイフや僕自身にだって血痕が少なからず付くはず。
それらの痕がない。ならば、ただのナイフ使いではないと考えるのは自然なこと。
そして「オーバーピアース」は「スラッシュ」から自分で編み出したとはいえ、極めてシンプルな技だ。どんな芸当なのか、魔力を扱う剣士ならば簡単に見当がつくだろう。
……そして、ロナルドは上段から正眼へと構えを変える。
それにどんな意味があるのか、剣術素人の僕にはわからず、ただ相手に手の内を知られた動揺で行動を急ぐ。急いでしまう。
先手を取らせたら元々終わりなのだ。僕はそれを避ける技も防ぐ技も、ない。
ナイフを振りかざし、アーバインさんから習った初歩の剣技に則って、一歩だけ踏み込みながら、振るう。
人間との立ち合いだ。わざわざ技を叫ぶことはしない。恐怖にかられた振り回しだとでも思ってもらえれば僥倖。
そういう目論見で放った、横一文字の「オーバースラッシュ」を……ロナルドは剣をひねるように振るって、防いだ。
「!?」
防げるのか。これ。
驚愕する僕に、構えを戻しながらロナルドは冷たい声をかける。
「真っ正直で、愚かな剣だ。とはいえ、ロクな戦いを知らん手下どもには酷だろうな。……相手が悪かったな、奴らも、そして貴様も」
「っく……」
「次はこちらの番だ」
そして、ロナルドはその重装備に不似合いな軽やかさで、剣を振るってくる。
僕はそれを鮮やかに避ける……なんてことは当然できない。
ただ。
そんな時にこそ発揮される冷静さが、自然と守るべき部分を限定する。
「パワーストライク」状態のナイフを眼前にかざして、頭と首への一撃を受け止められるようにしつつ、半身になった上に心臓だけは守れるように腕を畳む。
即死でなければどうにかなる。
近くにマード翁がいるんだから、腕一本ぐらいは犠牲にしても取り返しがつくだろう。ユーカさんじゃないけど。
……果たして敵の剣は頭を狙い、僕はナイフでかろうじてそれを受ける。
武器の質量も腕力も、何より剣に体重を乗せる技術も違い過ぎる。必死で力んだおかげでギリギリでやられずに済んだものの弾き飛ばされ、剣は頭に軽く触れてメガネを弾き飛ばし、左側頭部に一線の傷を作った。
頭を真横に開かれるところだった。
「……“斬空”の後に、我が“斬岩”を受け止めた……? ただのナイフに見えるが、よほどの業物なのか?」
「かもね」
僕は血の感触を感じながら立つ。耳たぶも斬り落とされてるかもしれない。触って確かめる勇気も、そんな隙もない。
そしてメガネがなくなったので敵の姿がぼんやりしてしまった。まずい。
……次の一撃までのわずかな時間に、何をする。
こうなったら「オーバースプラッシュ」で一気に攻めるか。
いや、それは前に失敗している。ヤケクソでやるのはまずい選択肢だ。
あるいはお喋りで時間を稼いで「ハイパースナップ」で奇襲するか?
……あれは準備に時間がかかるし、この一挙手一投足に気を張り合っている状況で発動まで見逃してもらえるとも思えない。
あと、僕、利き手でしか指パッチンできないからナイフ持ち替える必要もあるし。
改めて、僕はあまりにも手札が少ない。
ユーカさんの言う通り、初見の時点で一目散に逃げておけばよかったな。
ロナルドは踏み込みが速い。今から背中を向けても斬られるだけだろう。
……いや、逃げるわけにもいかないか。
僕が今逃げれば、酒場の中に踏み込まれる。今のボロボロの冒険者たちや、ファーニィやユーカさんではこいつに蹂躙されるだけだろう。
それを許すわけには、いかない。
「……次で終わりだ」
「どうかな」
改めて剣を振り上げたロナルドに、僕は再びナイフを構えて迎撃の意志を示す。
あいつが“斬岩”と言っていたのは、僕らの言うところの「パワーストライク」のことだろう。
おそらく、魔力を帯びた剣であれば「オーバースラッシュ」は容易に受け切れるのだ。
奴もここに現れる前から溜めていたか、あるいはそれなりに溜めが早いに違いない。
僕の「溜め速度」という唯一無二の武器には、まだ気づいていない……そんなのがアリだとは思い至っていないのが最後の希望か。
散発的に「オーバースラッシュ」を放ってロナルドの動きを牽制し、奴の一撃をなんとか「パワーストライク」で払いのけていれば、しばらくまだ時間を稼げるだろう。あとは状況が動くのを待つしかないかもしれない。
……ロナルドがこれ以上の手札も技巧も使わない、という保証なんて何もないのだけど、今はそういうプランで戦う以外にない。
果たして、ロナルドは長剣に明らかに今までと違う力を滾らせて……振り上げて。
「うおおおおおおおおりゃあああああああああああああっ!!!」
雄たけびと共に常軌を逸した速度で飛んできたユーカさんの蹴りに、真横に吹っ飛ばされた。
「っぐ……!?」
近くの店の扉をぶち破って中に転げ込むロナルド。
そしてユーカさんは地面に倒れて起き上がらない。
「ゆ、ユー?」
「……馬鹿野郎、あれほど決闘なんかしようとすんなっつったろーが」
「大丈夫!?」
「大丈夫なわけあるか……足折れたわ……」
「なんてことを」
「なんてことしてんのはお前だろーが……! ちょっと目を離したらすぐにバカやりやがって」
ユーカさんはそれでもなんとか身を起こす。折れた、というのは右足か。
昼間に聞いた「足の方がまだしもマシだ」というのを今実践したのか。
普通の戦いで足捨てたら最後、歩くのも戦うのも無理だもんな。マード翁がいる今だからこそできること、なのだろう。
それにしたって思い切りよく手足を捨て過ぎだと思うけど。痛覚ないのか、この人。
「……こんな田舎町、大した相手などいないと侮っていたが……」
ガラガラ、と破壊された店の戸板や棚などの残骸を振り払いながら、ロナルドが改めて立ち上がってくる。
「改めて名を問おうか、斬空使いと、小娘」
ロナルドはそう言って剣を鞘に収める。メガネがないのでもう細かい表情は見えないが、笑っているように見える。
「それで今は引いてやる。それともまだやるか」
「……チッ」
ユーカさんは舌打ちし、僕は勝算を考える。
いずれアーバインさんとマード翁が山賊本隊は片づけるだろう。彼らが合流してくればロナルドも倒せると思う。
しかし、今はどうしようもない。ユーカさんを守りながらこいつに勝つのはあまりにも無謀。あの豪剣相手じゃ、時間稼ぎだっておぼつかない。
「アイン。アイン・ランダーズだ」
渋々名乗った僕に続いて、ユーカさんは。
「……ユーカだ」
普通に名乗った。
「ふっ。かの“邪神殺し”と同じ名か」
ロナルドはそう言って月を見上げ、僕たちを見て。
「いずれまた見えよう。我が名はロナルド・ラングラフ」
「……ラングラフ?」
「覚えておけ」
悠々と。
山賊ロナルドは、月の下を去っていく。
それからしばらくして、マード翁とアーバインさんが本隊を片づけ、酒場に合流してくる。
それとほぼ同じタイミングで店主もキャンプ地から戻ってきて、なんとか生き残った冒険者たち(と、僕とユーカさん)はマード翁による超高速治癒で全快し、あっという間に祝勝ムードになる。
「片づけは町の奴らにやらせますよ。今は飲んで下さい、エックスさんも皆さんも!」
店主が「いくらでも飲め」とばかりに蓋を割った樽ごと酒を酒場の真ん中に出し、冒険者たちは大喜びでそこにジョッキを突っ込んで飲む。
僕は……メガネがボロボロでそれどころではない。
「うぅ……大事なメガネが。これがないと人の顔もわからないのに」
「そんなに目ぇ悪いのかよお前……」
「悪くなきゃメガネなんかかけてないよ。オシャレでかけてるわけじゃないよ」
さんざん「弱そう」「戦士に見えない」と言われまくるのに外さないのは別にこだわりとかではない。ないと駄目なだけだ。
「うーむ、よく見りゃ随分ええもんかけとるの。ドワーフの細工品ではないか?」
「ええ……祖父の形見です。使う人にあわせて自然と度が変わる仕組みらしくて」
実はかなりの値打ち物らしい。
が、デザインが古いのと、元々メガネに対する印象が社会的にいいともいえない文化なので「虚弱児の象徴」みたいに思われてあまり手出しされずに済んでいた。
子供の頃に持っていたら、絶対近所の悪ガキたちにイタズラされていたんだろうな、と思うけど、目が本格的に悪くなったのはここ数年なので、常にかけだしたのは最近。なので無事に済んでいる。
「持ち主合わせの自動形状補正……ってこた、この傷も放っておけば直ったりしない?」
アーバインさんがメガネをつつきながら言う。
「もしかしたらそうなるかもしれないし、ならないかもしれません。ここまで壊したことないから」
「そうかー……まあ俺も魔導具ならまだしも、ドワーフの技術はよくわかんねーんだよな」
「っていうか魔導具じゃないんですかこれ? 地味にすごいことしてませんドワーフ?」
ファーニィは遠慮なく酒を飲みながら言う。
……しかし君、なんか酒豪だよね。今まで酒飲む場面何度かあったけど、ベロベロになって隙見せたとこ見たことないし。
「まあ、それなら王都に出ればええじゃろ。王都にはドワーフの細工師の店がいくつかあったと思うぞい」
「それよっかアインの目の方治した方がよくねえ? マードならできんじゃねーの?」
「目はどーも普通の治癒術の範囲ではないんじゃよなー。得意な奴がおるのは知っとるが、ワシはそういう細かいのはちょっとのう」
「目の見えない奴に新しい目玉つけるのはできるくせに」
「アレでええならやれるぞい。どうじゃアイン君。ロゼッタちゃんとおそろいの三つ目は」
「……最後の手段として考えておきます」
っていうか、あれはかなり貴重な素材が要る魔導具だったような。
そんな気軽に用意できるんだろうか。……まあ冗談なんだろうけど。
「じゃあ次は王都かー。マードとアーバインどうする?」
「ワシ、まだここらの温泉制覇しとらんからのー。しばらくここがええ」
「俺はついてくけど。さすがにジジイとベタベタするより今のユーカとファーニィちゃんのほうがいい」
「ファーニィは?」
「……えっ何、私ここでアウトされるような流れありましたっけ!? むしろスキルアップしてこれから大活躍を期待する流れじゃありませんでした!?」
「いや、アタシら別に固定パーティ組んでるつもりもねーからさ……なあアイン」
「まあ……うん……」
「なんでここまで来て私そこまでミソッカス扱いされるんですかね! 貴重ですよ私!? 治癒師で弓手で魔術も使える美少女エルフですよ!?」
そこまで食いつかれるほどの冒険予定が今のところないからなんだけど。
しかし、ロナルド・ラングラフ……。
ラングラフ……。
「あっ」
……マキシムと同じ姓だ!?




