完成形への道標
特訓二日目。
朝食を取った後はひたすら走って剣を振っての繰り返し。
どこかが痛むとすぐにファーニィに治療させる。昨日はマード翁だったけど、今日はファーニィの練習ついでだ。
「これで強くなるんですかね……」
「ある程度は、な。筋肉は使って治してを繰り返せば早い段階で効果が表れるが、問題は芯の太さじゃ」
「芯?」
「ただ腕力が強い、脚力が強い、はいくらでもおる。ワシの自己強化でもそういうのはできる。が、本当に強い戦士はそれでは足りん。単純な力では何倍にも何十倍にもなるモンスターを相手取って互角に殴り合い、手の一本、足の一本をやられても戦闘力を維持するには、もっと本来的な部分の分厚さ、太さが必要になる」
「……わかるようなわからないような」
「まあ、そんなもんじゃろ。……口で簡単に説明できるようなら『邪神殺し』を束で作れるわい。とにかく今は繰り返しじゃ。少なくとも、お前さんがよその戦士と顔を突き合わせた時に殴り合いもせず『勝てるわけがない』なんて言わん程度にはせんとのう」
「喧嘩とかは避けたいんですけどね」
「やらんのとできんのは違うぞい」
ごもっとも、と言うしかないので、トレーニングを再開する。
どちらにせよ、ユーカさんが今後誰かと喧嘩をする可能性は排除できないし、そうなった時に一番確実なのは僕が収めることだ。
今はそう簡単にはいかないけれど、ヒョロガリを卒業すれば相手を実力で叩き返すことも、あるいは喧嘩になる前にやめさせることもできるかもしれない。
そして僕を使って練習中のファーニィは、案の定、苦戦しているようだった。
「うぬぬ……ちょっと油断すると小指側が消えちゃう……これホントに何十個も作れるんですか!?」
「作れるから治癒がクソ早いんじゃよ。一応多少は症状に合わせた調整もするが、治癒スピードの秘訣はそれしかないぞい」
「どうやってもこれ発動点増やしたままパワー上げるの無理なんですけど!? 普通にやった方が絶対早いんですけど!?」
「まあ最初はそんなもんじゃよ。じゃが安定して発動点を同時に操れるようになったら、今の二倍三倍のスピードは簡単に出せるようになる。自分の治癒師としての限界を伸ばしたいなら我慢じゃ」
「うぅ……確かにこんなの思いついてもマジでやろうとは思わないわー……」
「ワシの知ってる中で、これをワシより器用にやっとったのはあの『大聖女』アドリアだけじゃ。今まで何人かに教えたんじゃが、こんな曲芸が人に可能とさえ思わん奴の方が多かった。ファーニィちゃんは一応やれるから、だいぶ才能あるぞい」
「大聖女ってアーバインさんが言ってたあの人ですかー……」
「なんじゃ。アーバインあの婆さんに手ぇ出しとったんかい」
「……出してたみたいですよ」
「ワシが知っとるのはもう50過ぎてシワシワになった後じゃからのー。やたら気が強くてびっくりしたわい。よくアレに手出ししたもんじゃな。まあもっと若い頃じゃろうけど」
「いやシワシワって……人間ってたった50年でそんななるんです!?」
ファーニィはびっくりしている。
まあ50歳過ぎても比較的若く見える人もいるけど、だいたいはもうそれくらいになると「婆さん」と呼ばれるのが人間族だ。
「マードさん、そういえばどっかの宗教関係者って聞いたことありますけど、ミミル教団だったんですか?」
「いんや、ワシは分派というか新興というか……『内なる極星の会』ちうところでのう。当時はワシらのようなこまい宗派がたくさんあって、たまに集まってはお抱え治癒師の腕自慢し合っとったんじゃよ」
「聞いたことない宗派だ……」
「うむ。あそこもワシが抜けてからだいぶ規模小さくなったらしいんで、そんなもんじゃろうな」
マード翁はそう言って、ふー、と溜め息をついて感傷的な顔をする。
「……アホみたいな時代じゃったが、あの婆さんに会ったのだけは収穫じゃったのう。気は強かったが、人を救おうって気合も凄まじかった。……ワシが冒険者になったのはあの婆さんの影響が二割ぐらいある」
「微妙」
「二割……」
重要人物っぽく語るから、もっと人生の師みたいな位置づけかと思った。
マード翁は僕とファーニィの反応に怒るかと思ったが、複雑な顔で微笑み。
「ま、ワシもいろいろあったんじゃよ。……人生で40年ぐらいちんちんなかったりしたからのう」
「!?」
「なにそれ!?」
「長い話じゃ。ま、そのうち暇な時に語ってやるわい」
……一気にどういう人物なのかわからなくなったぞ、この人。
たっぷりと基礎訓練をした後、改めて例の大岩相手に「オーバースラッシュ」を撃つところをユーカさんとアーバインさんに見てもらう。
「……『オーバースラッシュ』!!」
アーバインさん直伝の構えから、五歩駆けて剣を振り下ろす。
勢いの分は確かに斬撃に乗り、威力はちょっと上がった……気がする。
しかしそれでも、昨日のアーバインさんほどには深く切り込むことはできない。
「これ以上は無理……ですかね」
「まだ弱いんだよなー……どうよアーバイン」
「うーん……ユーカはもっといける?」
「やってみせるか?」
チャキ、と腰裏のナイフを握り、溜め始めるユーカさん。
……溜める。
溜める。
溜める。
……アーバインさんがあくびするくらい長い。
「本当にあんなに溜めないと出せないもんですかね?」
「出せないよ。ってか、アインくらいの気軽さでポンポン撃てたら弓手の居場所ないじゃん。前のユーカも相当手早く溜めてたけど、普通はあれ、味方にめちゃくちゃ時間稼ぎしてもらってなんとか発射用意するタイプのやつだからな?」
「…………」
ユーカさんも二秒って言ってたからだいぶ気楽に撃つタイプの技のような気がしてたけど、それはゴリラユーカさんが普通に超人だったことを忘れた考えだったか。
改めて僕ももっとジッと溜めてみるべきかと考える。
でも武器に魔力を溜め込むのって限界あるんだよな、感触的に。
ある程度を超えると、もうそれ以上剣には留まらず、水漏れしている感じになってしまう。
それとも、もっと濃く溜める特殊技術とかあるんだろうか。
などと自分の剣を気にしながら待っていると、ユーカさんは急にバッとナイフを引き抜いて振る。
……一瞬置いて、大岩に真横に切れ目が入った。
裏まで。
「えっ……うわ、完全に斬り抜いた!?」
「さすがユーカ……ってーかその体でマジでそこまでできるんだな……!?」
驚愕し、騒ぐ僕とアーバインさんを見ながら、ユーカさんはフーッと大きく息をついてナイフを収める。
「溜めは長くなっちまうな、どうしても。魔力の反応自体が鈍いから、もしかしたら流し込みに単純な呪文とか魔導刻印とか併用する方がいいのかもしれねー……けど」
び、とナイフを僕に向けつつ、ドヤ顔。
「普通以下のカラダでも充分いける目標だ、って証明できたな」
「え、えー……」
「溜めもそうだが、パワーもスピードも今のアタシよりはお前の方がマシだ。つまりお前もコツさえつかめばここまで技を磨けるってこった」
「そんな単純な話かなあ……」
「疑うんじゃねーよ。他ならぬこのアタシが言ってんだぞ? 見えない素質なんざいらねー、ただ集中力がありゃいける」
そして、とユーカさんは僕をジッと見つめ、ニヤリと笑う。
「お前、想像してみろよ。コレを『スプラッシュ』で乱射できたらどうなる?」
「……だ、大殺戮だね」
「下手したらワイバーンどころかドラゴンとも戦える」
……ドラゴン。
龍という言葉で分類される中でも、ワイバーンとは根本的に違う。
人語を解する知性すら持つことがあり、そして山そのものとさえ言われる巨躯を持つことも珍しくない。
生命持つ天災であり、神に分類されることさえある「世界最強のモンスター」の一角。
それに挑戦できる力だ、とユーカさんは言う。
……さ、さすがにそれは言い過ぎだとは思うけど。
「……それだけのポテンシャル、か」
「ようやく『後継者』っぽいものになるラインが見えてきたな?」
「……う、うん」
見えてくる「僕の強さ」の完成形。
まだまだ足りないものは多いけど。それこそマード翁の言う「芯の太さ」とか、そういうものがなければ、本当の大物との戦いを制するのは難しいだろうけど。
「たったひとつじゃまだまだ物足りないが、大物と戦う手段を今度こそモノにする機会だ。気合入れろよアイン」
「わかった」
思い浮かべる。栄光を手にする自分。ユーカさんを守る自分。
仲間を作り、守り、導く自分。
……どれもまだしっくりこないけれど。
ひとつだけ想像できたのは、あのマキシムに怯むことなく、堂々と向き合う自分の姿。
どんな大きなモンスターとも戦える自信をつければ、あいつに何を言われても、もう卑屈になる必要はない。
どれだけマキシムに苦手意識を引きずってるんだ、と自分でも苦笑いしてしまうが、それだけは想像が追いつく目標足りえる。
「……やってみる」
道標として、利用させてもらおう。




