ガイズ・イン・川風呂
「つまりさ、こういう戦士向きの魔力操作は、魔術師みたいに魔力を器用に動かせない分をフィジカルで強引に勢い付けるわけだから、その瞬間の運動がそのまま威力に加算されるんだ」
「……そういうもんなんですか」
「そういうもんなの。だから溜め時間とか強い弱いは置いといて、魔力を絞り出す能力さえあれば誰でもやれるってわけさ」
アーバインさんは無手のままでシュッシュッと居合抜きの動作をしてみせる。
「で、お前はその『魔力を武器に馴染ませて放つ』の段だけがなんかメチャクチャ上手いから、そこに時間かけてる俺たちより一撃のチャンスを大事にしてない。俺たちはそれこそ実戦では使い物にならないくらい溜めなきゃ撃てないから、ほんのわずかでも威力を出そう、有効打にしようって気持ちが乗るんだよ。それだけ気合を込めりゃ撃つ時に全身がビッと締まるし、威力は当然上がる」
「う、うーん……僕が剣術全然ダメなせいもあるかも。ユーも人間相手のは専門外って言って教えてくれないし」
「……ユーカの場合8割破壊本能だもんなー。確かに人に剣術教えるのには向いてない。多分真似できないしな」
アーバインさんの生ぬるい視線にユーカさんは不貞腐れる。
「自分でもそんなの分かってんよ! ってーか、個々の武器の扱いなんて振って殺して覚えるもんだろ!」
「この調子でよくやってこれたよねえ、ホント。三周くらい回って尊敬する」
「一周で止めろよ。なんだよ残り二周は」
ジト目のユーカさんにアーバインさんはくねくねしつつ。
「いやー……いいなあユーカのその視線……! ねえやっぱ俺と付き合わない?」
「付き合わねーよ! それよりそんだけ言うならアインに剣の使い方ぐらい教えてみろよ!」
「はいはい。まあ俺だって一流一派免許皆伝とはいかないけどね。いい?」
「……は、はい」
弓手に剣を教わる前衛。
まあ相手は伝説級の冒険者だからおかしくはないかもしれないけど……変な流れだ。
特訓一日目はそうして過ぎていった。
「ふぃー……川風呂ってのもいいもんじゃな」
「ファーニィ的にはこれもアウトなんですかね」
「『どういう理屈でお湯になってるか』はあんま問題じゃないんだよ、ああいうの。その部分の微妙な判定はすっ飛ばして、とっくに水のほうが良いっていう価値観にシフトしてるから」
男三人で川に湧いた温泉に浸かる。
源泉に近いここが一番温かいのだけど、川自体はもっと上流があって、ファーニィとユーカさんはそっちで浴びている。
「地元民もたまに入りに来るって言ってたけど、いないなー。相手が女の子なら俺のイケメンオーラで混浴に持ち込むんだけど」
「それ効くんですか」
「何をぅ! そりゃ全部じゃないけど効く時は効くぜ! なぁマード」
「……アレは元々混浴文化のおなごだっただけじゃねーかのう」
どうやら成功事例自体はあるらしい。
一回でも女の子を騙して、マード翁も入ってるようなところに呼び込めたのなら凄い……と思っておいていいか。
一応僕も男子なので、そういうシチュエーションに興味がないというと嘘になる。
けどまあ、とりあえずこの話を続けるのは止そう。アーバインさんのノリだと、そのうち盛り上がってファーニィたちの方に突撃してみるか、とか言い出しかねない。
そういうので変な空気になるのはごめんだ。
「ところでアーバインさんとかマードさんって、ユーカさんと会う前から組んでたりしたんですか?」
フィルニアでユーカさんは10年前に伝説の序章とも言える単騎大暴れをしていた。
が、一人で、だ。
少なくともその頃にはパーティは組んでいなかった。
マード翁がいたなら、ユーカさんの腕が当時はまだ未熟だったという仮定を差し引いても、そこまでボロボロになることはなかっただろうし、アーバインさんがいたらもちろんあの店主も覚えているだろう。
そしてこの二人は、ロゼッタさんの第三の目にも関わっている。
となると、ユーカさんに出会う前から、この二人は組んでいた可能性もある。どちらも相当に高齢だし。
だからなんだと言われると別に何もないのだけど、ユーカさんのパーティがどういう風に組み上げられたのかはちょっと興味深い。
「あー……組んではいなかったんだけど、お互いに名前は知ってた感じ、かな」
「うむ。まあワシは別に意識しとったわけではないんじゃがの」
「そりゃ爺さんは女にしか興味なかっただろうからね……いや俺もだけど」
「一緒にせんでもらいたいぞい。ワシは確かにどちらかといえばおなごが好きじゃが、ワシにしか救えぬものがあるから冒険の場におっただけのこと。そしてお前は別にワシが救わねばと思うような生き方でも手近さでもなかった。それだけの話よ」
「……まあどっちでもいいや。とにかく、腕のいい治癒師がいるってのは知ってたけど、接点ができたのはユーカ越しだ」
「そうじゃな。……ユーカはまずリリーちゃんと組んでおって、その後じゃったか」
「そう。で、マード、次がフルプレで最後にクリスが入って、解散して今に至る」
「わりと仲いいのに組んだのって最近なんですね……」
「気持ち悪いこと言うなよう」
「そうじゃそうじゃ。男と仲良しと言われても嬉しゅうないわ」
しかし、そうか。
じゃあ……ロゼッタさんにとって一番の恩人がユーカさんっぽいというのも少し理解が進むな。
高度な魔導具であるという第三の眼……ダンジョン産って言ってたから正確には「眼の素材」か、それをわざわざ手に入れてきたアーバインさん。
そして額に据え付けたマード翁。
普通に考えれば、むしろ二人の方にこそ強い恩義を感じ、便宜も多く図っているのが自然だ。
でも、そうじゃない。顧客として以上に、ロゼッタさんはユーカさんを慕っている感じがある。
その一連の治療への道筋で、ユーカさんが特に果たした役割があるんだろうな。
「しかし意外とフルプレさん遅いんですね。わりとユーカさんの相棒! みたいな雰囲気出してたのに」
「あいつただのユーカの追っかけでしょ」
「相棒はリリーちゃんじゃよ。フルプレはワシらで四人パーティになってしばらくした後に、ユーカに挑戦状叩きつけてきたんじゃ」
「そうそう。んでユーカはガン無視して冒険に普通に出発したら後から必死こいて追っかけてきたんだぜ」
「笑えたのう」
ハッハッハッハッ、と笑い合う老人とイケメン。
……この人たちの間でフルプレさんの扱いが妙に雑な感じがちょっとしてたけど、そういう出会いだからなのか。
っていうかユーカさんの対人戦略、ここでも徹底してるな……。
と。
「うおーやっぱさみー! そっち入れろー!」
薄闇の中からじゃばじゃばじゃば、と音がしてきたかと思ったら、ユーカさんが川上から僕たちの間に飛び込んできた。
普通に素っ裸のまま。
「あったけー!」
「ユーちゃん!! ちょっ、いくらなんでもそれはまずいでしょー!!」
「別にいいだろ! どうせマードとアーバインだし! あとアインだし!!」
いったん頭まで潜ってからザバーと立ち上がって、闇の中のファーニィに叫び返すユーカさん。
いや何も良くないですよ。
「ここまで小さいと男と変わんねーし、出し惜しむモンじゃねーし。なあアイン」
「……いや隠して。それでもゴリラよりはだいぶ一般寄りだよ」
「……いやこのカラダで鼻息荒くできんのお前?」
「僕はともかくアーバインさんやマードさんの目つき見てよ!?」
「……マジでお前らよう」
腰に手を当てつつ呆れ顔をするユーカさん。
あえて彼らがどんな顔しているかは言わないことにする。
「ちったあ遠慮しろや!!」
「うっわ石はやめろ石は! ってかしょうがないじゃん男なんだからさあ! 女の子が急に裸で出てきたら見ちゃうのはさあ!」
「ワシらがいるのわかってて来たのはお前じゃろ! つまりご覧下さいということじゃろ!」
「ゴリラの時は反応すらしなかっただろーが!」
ゴリラの時も混浴したんですね。
んで僕が成り行き上ユーカさんの盾にされているうちにファーニィ到着。こっちはあらかじめ布を巻いてきた。
そしてユーカさんにも手ぬぐいを渡す。
「ああもう! 不用意が過ぎるよユーちゃん!」
「コイツら男のクリスにも欲情してたんじゃねーか?」
「わかっとらんのう……」
「わかってないなー……なあアイン」
「僕を巻き込まないで欲しいんですよね」
「いい子ぶんなよう」
「そうじゃそうじゃ。ユーカに教えてやれ。貧乳美少女と少年のちんちんはまた別の需要なのじゃと」
「余計こじれる事言う!」
「いやホント私もうお湯浸かってるの耐えられないんで離れるけど! ユーちゃん自分が女の子だってちゃんと自覚してね!」
ファーニィは何かムズ痒さに耐えるような顔で離れていく。当然その後ろ姿にも視線を送るスケベ爺とスケベイケメン。
アンタら、なんでもいいのか……とは、言えない。
うん。ファーニィが普通に美少女なのは間違いない。エルフだし。巨乳とは言わないまでもユーカさんよりはボリュームあるし。
僕だってこの状況だから視線向けられないけど、無防備に近づかれたら平然としていられる自信はない。
「しゃーねー。今度からアイン以外いる時には我慢するか……」
「いや僕も別に除外される理由ないと思うんだけど」
「お前は髪洗ったり背中流したりしないとだろ」
「両手揃ったんだから自分でできるよね!?」
「手がない時にはやってたんだから今さらだろ?」
「ズルいぞアイン! 俺にもユーカ洗わせろ!」
「ワシも! ちょっと触るだけでええから!」
「アタシはお前らのオモチャじゃねーんだっつーの!」
……この人たちの距離感、きっちりしてるようでしてないようで、よくわからない。
いやユーカさんが一人でおかしい気もするけど。




