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世代交代

 戦いが終わった余韻を遮るように、ダンジョン全体が鳴動し始める。

「……!?」

 トーマの最後っ屁か、と身構えるが、いち早く事態に気づいたユーカが叫んだ。

「アイン! 『リフレッシュ』だ! ダンジョンが再生を始めてやがる!」

「ってことは……」

親玉(ボス)が復活する……『レクス』が、出るぞ! まだ間に合うかもしれねー、核を壊せ!」

「…………」

 僕は、そう言われて周囲を見渡し……それらしきものを見つける前に、破損した玉座がまるで幻のように修復されて、そこに堂々と鎮座するアンデッドの騎士王の姿を、見る。

「…………」

 そいつは、ゆっくりとこちらに視線を向けて。

 小さく、残念そうに溜め息をつく。

「……そういう結末と、相成ったか」

「……話ができる、のか?」

「貴様が、その男を殺したのか。眼鏡(がんきょう)の男よ」

「レクス」は、僕の返答を悠然と待つ。

 場を支配する強大な気配を持ちながら、奇妙なほどに凪いだ空気。

 ……こんな雰囲気を漂わせていたからこそ、トーマないし歴代のレリクセンは、対話を試みようと思えたのかもしれない。

「貴様のことは知っているぞ、眼鏡の男。……『外』で幾度となく、我が空蝉を仕留めたというではないか」

「トーマから聞いたのか。……お前は最後の記憶でトーマに殺されたはず。どういう間柄だったんだ」

「さてな。……退屈な退屈な、永劫の闇。そこに多少の刺激を与えてくれる。戯れの相手よ」

 変色しきった面相からは表情がうかがえないが、笑ったのだろうか。

「奴にいざなわれ、この身は幾度も『外』に出た。その度に、やがてこの場に生まれ出でる。その断絶も、あるいは死もまた、我にとっては退屈凌ぎに過ぎぬ。……先の敗死を含め、我をよく楽しませてくれた男よ」

 ふぅ、と、複雑な感情のこもった唸りを漏らし、改めて僕に視線を向ける「レクス」。

「して、貴様も我を仕留める栄誉を望むか。眼鏡の男。……何千年と退屈だけを重ねた城だが、我を倒さずして潰すことは叶わぬぞ」

「…………」

 僕は、少し迷って。

 メガネを押して。

「……いや。出直すよ」

「アイン!?」

 ユーカが驚いた顔をする。

 僕は彼女を見返しつつ。

「勝つ自信がないのかと言われれば、あるけれど。……トーマに勝ったついででお前と戦うのは、少ししっくりこなくてね。今日は来てない仲間もいる。……次は、お前の首だけを取りに来るよ」

「くはははは。我にあえて宣言するか。人中の化け物と、奴が語るだけのことはある」

「僕にも僕なりにこだわりがある。それだけさ」

 トーマ・レリクセンが、誰にも知られないと知りながら、一族の名誉として欲した「邪神殺し」の称号。

 今、手に入るといえば入るかもしれない。

 でも、僕はそんなドサクサで手に入れるのはなんとなく嫌だった。

 かつてユーカがそうしたように。二度やり遂げて確かめたように。

 今でないといけない、まぐれ(フロック)で勝ったと疑えるような勝ちは必要ない。

「お前も、今はトーマとの戦いのせいで瘴気が薄くて、地の利が弱いだろう。……それが万全になった頃に、殺しに来る。そして『邪神殺し』を名乗らせてもらうよ」

「そうか、我は貴様らの世では『邪神』と呼ばれるか。……なるほどなるほど、言い得て妙。邪法にて無限に生きる、異界の収奪者。そう呼びたくもなろうな」

 愉快そうに「レクス」は笑い、そしてひじ掛けに頬杖をついて、僕を見送る。

「楽しみに待ってやろう。なに、時間はいくらでもある」

「そう待たせないよ。……僕らは無限には生きられないからね」

「なお重畳よ」

 自他の破滅を愉しむ怪人は、そう言って微笑み続けた。



「とは言うが、帰りも面倒臭ぇな!」

 ユーカは剣を振るいながらボヤいた。

 行き道に片付けた奴らがみんな復活している。僕らが通った時でさえ一応はトーマが減らしていたのか、記憶にないほどの大群が待ち構えていることもしばしばだった。

「やっぱり奴を倒してしまった方がよかったのでは!? 核を破壊すればこの連中も共食いで減るでしょう!」

「クロード君、あれはリーダーである彼の決断だ」

「さすがに休むに休めないのは厳しいですよ!」

 最奥に到達するのに丸一日だ。ファーニィが部分的な疲労は軽減してくれるとはいえ、根本的に疲れは溜まっている。

 しかも、困ったことにリフレッシュを挟むと踏みつけた破壊痕跡もなくなってしまう。改めて乱戦で破壊を重ねると、戦闘後もどちらが戻り道かわからない。

 行き止まりにしばしば行き当たる。

 前衛組はともかく、ファーニィの体力が尽きたらかなり危ういことになるな。

 と、不安を感じつつも。

「アテナさん! あいつ浮かせるからすぐ仕留めて!」

 リノはジェニファーのいない戦線で、予想以上に頑張って貢献している。

 ポチの角杖のおかげで魔術の射程と構築速度が劇的に伸びたため、ただの「重量物浮遊」が必殺の行動封じとして意外なほどの活躍をしていた。

 自分の好きなように足を踏ん張れないだけで、大抵のモンスターは何もできなくなる。攻撃も防御も方向転換もできなくなってしまう。好きな方向から急所を斬りつければ終わりだ。

 数トン級の瓦礫さえ動かせる「重量物浮遊」なので、単体相手ならゴーレムやトロールさえ無力化できる。邪魔な奴を戦線からいち早く脱落させるもよし、機動力が高い奴を簡単に処理するもよし。

 ジェニファーの背中にいる時には見られなかった必死な積極性が備わり、彼女は急速に冒険者として開花の時を迎えていた。

 しかし、どうにかして休憩できる隙を作らないと。

 邪神級ダンジョンをちょっとナメてたな。次はマップ作りから地道にやらなきゃ。

 と、僕たちが奮戦をしていると。


「ぬぅぅうおおおおおおおおおおおおお!!!」


 前方から、聞き慣れた野太い雄叫びが聞こえて、モンスターの群れが轢殺された。

「な……」

「なんであの人が」

 ユーカとファーニィがあんぐりする。

 モンスターよりもモンスターみたいなオーラを漂わせた、巨体を全身鎧に包んだ男。

「お、王子……!?」

「情けないぞアテナ・ストライグ! この程度の連中まとめて吹き飛ばせずして何が二代目フルプレートか!!」

「それは名乗っておりませんが」

「何故名乗らぬか!!」

「さすがに私とて王子と一緒にされたくはないのですが……」

「どういう意味だ!!!」

 そのフルプレートさんにゴンッと結構重い音を立てて矢が当たり、跳ねる。

「バッカ野郎。お前みたいなノータリンと一緒は嫌に決まってんだろ」

「アーバイン!! 味方の背中を撃つとは何事だ!!」

「キレるなら刺さってから言えよバケモノが」

 奥から、頭巾に頭を隠したアーバインさんも現れる。

 そしてそれに続くようにマード翁やリリエイラさんも。

「なんでお前ら……」

 ユーカが呆然としていると、アーバインさんはバツが悪そうに頭巾の上から頭を掻き。

「……お前らがレリクセン本家からいなくなった後、フルプレと騎士団が来てな。……捕まった」

「うむ。捕まえた。本来なら懲役百億年だが」

「どうなってんだよお前んトコの量刑」

「残してあった手紙によって貴様らがここに向かっていると知り、アーバインを乗せて『フルプレキャノン』で文字通り飛んで追ってきたのだ。そしてマードとリリエイラを見つけ、ここまで追ってきたというわけだ」

「って、外にアイツらほっといてんの!? モンスター出たら死ぬじゃん!?」

「何、さっさと悪逆なるユーカの兄とやらを成敗すればいいのだ! 兵は拙速を貴ぶと言うだろう!」

 ムチャクチャすぎるぞこの王子。

 とはいえ。

「……それでフルプレさん。というかアーバインさん。来たってことは、帰り道分かります?」

「何を言っている! ユーカの兄を」

「それは半日ぐらい前に殺しました」

「……何故吾輩を待たん!? どう断罪してやろうかと散々考えてきたというのに!!」

 この期に及んで主役のつもりだぞこの王子。

「……よく勝てたな。アイツ、めちゃくちゃ改造人間だっただろ?」

「それなりに。……でも、人間でしたよ」

 僕はメガネを押しながら、彼を思い出す。

 ……まだ見せてない能力もあったと思う。

 魔術だって使ってなかった。あの時に見せた窒息魔術とか、ここぞで使ってたら僕はやっぱり隙が出来ていたと思う。

 ……でも、彼はそれを使うつもりはなかった。

 多分……きっと。


「あの死に方まで、兄貴の予定通りだったんじゃねーかな」


 ユーカは、少し沈んだ顔でそう言った。

「何?」

「なんか、そんな気がするんだよ。『古い魔術師の時代を終わらせて、アタシらの時代も終わらせる』……兄貴はそう言った。……時代はもう逆戻りしない。兄貴が全部、持っていった」

『…………』

 死んだクリス君を除いた、元“邪神殺し”パーティの面々が、その言葉を聞いて黙り込む。

 皆、次の行き場に去り、そしてユーカも、僕という後継者の成長を見届け切って……それと同時に、因縁を焼き払って。

「もしかしたら、最初から……」

 最初から。

 次の時代にするために。

 そして、彼女が「降りられる」ようにするために──?

「……考え過ぎよ」

 リリエイラさんが首を振る。

 ユーカはそれを見上げて、少し悲しげに笑って。

「……ああ。そうだな。……多分兄貴は、そう言われるのを望んでる」




 それから、一年が過ぎた。




「よう、おっちゃん! “鬼畜のアイン”の家って知らないかい?」

「なんだぁ? ……っと、子供かと思ったらドワーフか。ここは酒場だぜ。話がしたいなら一杯呑むもんだ」

「あとでね! 大荷物抱えてんのわかるでしょ! 届け物なんだよ!」

「……まあいいがね。誰に聞いたってわかることだ。外出て左、しばらく行くと目立ってデカい建物がある。旧領主邸だ。そこが今はアイツの家だ」

「家買ったとは聞いてたけど、領主の館買っちまったのかい!?」

「一年前の遺跡暴走事件で当時の領主がトンズラこいちまったからな。暴走が終わっても戻ることもできなくて、そのまま亡命しちまった。新しい代官は面倒を嫌って別のところに新しい館作っちまったし……ってんで、せっかくだからってアインが買い上げたらしいぜ。でも本当は貴族しか買えない土地だって話だったんだがなぁ」

「とっくに貴族じゃないの? 王都ではそういう噂だけど」

「バカ言え。アイツはハルドアの農奴だって自分で常々言ってるんだ。なんで貴族になれるんだよ」

「んー……まあいいや。後で呑みに来るよ!」



 せっかくだから大きい家が欲しかった。

 それはまあ、間違いない。

 稼ぎに稼いだけど、お金の使い道って僕にとっては武器と家ぐらいだし。

 冒険仲間も増えたし、客が僕を訪ねてくることも多い。宿住まいだとそんな客を泊めることもできない。

 あの遺跡暴走事件以降、すっかり舎弟みたいになってしまった“北の英雄”ロックナートパーティは、あちこちの街に保養所代わりの別荘を持っているらしい。年一で管理人に金を渡すついでに泊まりに回っているとか。

 そういうのもいいなあ、と思いつつ、まずは最初の一軒をゼメカイトに持ちたかった。

 が、不動産の話となると領主を通さないとならず、その領主がずっと戻ってきていないのでなかなかもどかしい。

 下手したら戻らないかも、と役所で言われた。

 どうしよう。

 ……困ったので直接ミリス姫に言いに行ったら、あっという間に領主の館が僕のものになっていた。

 ついでに辺境伯の地位もどうぞ、と言われたけど、僕はまだ冒険者としてしばらくやるつもりなので、と保留してもらった。


 姫といえば、しばらく前にクロードはマリス姫の婚約者の地位を見事に射止めた。

 結局、ロナルドの名誉回復もあってラングラフ家への風当たりも弱まったし、クロードがいずれ四騎士団の中核を担える人材であることをフルプレさん、もといローレンス王子が認めたために、晴れて公認された形だ。

 ……で、もう冒険者をやめるのかと思ったら、まだ二つ名をもらえるほどの活躍をしていないのでもうしばらく続けたいらしい。

 新居の一室はクロードの部屋になっている。


 ファーニィとリノ、ついでにジェニファーも住んでいる。

 パーティハウスといった感じだけど、アテナさんだけは宿暮らしのまま。

「私があまり君に近づくとユーカが悩むからな」と笑っている。


 ユーカとは、結婚した。

 そしてわりとすぐに妊娠が発覚した。

 家の件が片付いてからは割と毎晩だったので、心当たりしかなかった。

 さすがに妊娠が発覚してまで冒険についてくる気はない……というか僕もゼメカイトから日帰りできる冒険しかしなくなったんだけど、それからすっかり大人しくなって、女の子な恰好もするようになった。

「まあ、すぐマタニティーなんだけどね」

「べ、別に産んだらまた着れるようになるし、いいだろ」

「それでもまたすぐに妊娠しそうだけど」

「アタシが言うのもなんだけど、オメーこの乳も尻もちみっこい体によくあそこまでやるよな……」

「深夜だけは鬼畜メガネと呼ばれるのもやぶさかじゃない」

「いやちょっとは遠慮しろよ!?」

 円満。


 ちなみにロナルドもゼメカイトに家を持った。

 ミルラ君を常に冒険に連れているので「白熊使いのロナルド」という二つ名を得ている。

 ミルラ君は若干敬語が怪しいけど喋るようになった。相変わらずロナルドはミルラ君に超甘いので、「つかれたー」とミルラ君が言い出すと、冒険中断の合図だ、とカイが苦笑していた。


 マード翁は相変わらず「竜酔亭」の再建に力を貸しつつ、ルザークの呼び出しに応じて忙しい日々。

 リリエイラさんは魔術学院で講師と研究活動を続けている。

 アーバインさんは……あれからまたフラッと消えて、その後のことはよく知らない。ロゼッタさんは元気だと言っているので多分元気なんだろう。そろそろ髪伸びたかな。


「ごめんよー! ここが“鬼畜のアイン”の家であってるかい!?」

「ドラセナ! 誰かに運ばせるのかと思ったら自分で持ってきたの!?」

「こんな武具、人に持たせられるわけないだろ! ダークドラゴン素材ふんだんに使った超高級武具一式に、例のバルバスってオッサンの作った新型メガネ! 盗まれたら笑い事じゃすまないよ!」

「まあ笑い事っていうか……素材なら結構余ってるんだけど……あいつ再生するからって豪快に渡してくるんで」

「まずドラゴンに近づく事自体まともな神経じゃできないってことを何度アチキが熱弁しただろうね」

 ドラセナから貰った武具を、奥から出てきたクロードにも見せる。

 クロードが家から持ってきた鎧も高級品だが、これには負ける。今回は僕だけじゃない。彼の分もあるしファーニィにも皮防具を仕立ててもらっている。

「これは素晴らしい! 激戦でもかなり安心できますね!」

「しっかし、こんなの誂えて何と戦うつもりなんだい?」

 ドラセナは笑いつつも少し怪訝そうな顔で言う。

「……倒す約束してる奴がいてね」

「約束って……誰と?」

「相手と」

「……こんな装備持って殺しに行くのかい? またまた鬼畜なこと言い出したね」

「いや、そういう……ていうか、なんで“メガネ”が抜けて“鬼畜”だけ残ったんだよ! おかしいよ!」

 残るならメガネの方だろうと思うんだけど、何故か僕の二つ名は“鬼畜”だけ残った。

 返上させてほしい。

 ……まあ。

「今回うまくいけば返上できるか」

「そうですね」

 クロードも頷く。

 リノやファーニィも部屋から出てきて、広げられた装備を見て「ついに準備できちゃったかー」「私も暗記完全にしないと!」とそれぞれ奮起? している。

 僕はメガネを押して、お腹の大きくなったユーカに微笑んでみせて。

 ドラセナに、宣言する。



「今度会う時は“邪神殺しのアイン”になってるよ」



 これは。

 僕が、英雄の名を受け継ぐ未来へ向かう物語。

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― 新着の感想 ―
88888888!
[一言] 完結お疲れ様でした。 アインも無事ユーを射止めて大団円ですね。 二人の夫婦生活とか、フルプレの嫁取りとか、アーバインのその後なんかも気になるところなので、もし気がむかれましたら後日談など書い…
[一言] 完結お疲れさまでした。今更ながらだから電撃引退なんですね。どういう感じでこのお話を読めばいいのか自分の中で右往左往してた時期がありましたがこのことに気づいてしっくりきました。感服です。
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