邪神の宮へ
ロゼッタさんとマード翁、それにリリエイラさん、ルザーク。
それぞれ非常に頼りになる力を持っているが(ルザークはそうでもないか)、全員連れて邪神級ダンジョンを踏破するのは少し不安がある。
何かあった時に僕らでは前衛不足なのだ。
ダンジョンは敵の陣地だ。毎度、こちらの陣形を正面から受けてくれるわけはない。
いきなり八方から攻撃を受けた際に前衛一人で守れるのはそれぞれ一人、ちょっと無理して二人。
でも、邪神級ダンジョンで無理ができることを前提にするのは無謀だ。
前衛二人の“邪神殺し”パーティがそれでも完全に機能したのは、マード翁がマッチョ化することで疑似的に前衛をこなせたのと、アーバインさんは味方の盾にはならないまでも、守ってもらうほど脆くもなかったからだ。
積極的に前に出て攻撃を根元から引き受ける規格外の防壁であるフルプレさんの頼もしさもあったとは思うけど、やはりその辺のフレキシブルさが彼らの強みだったといえる。
彼らのようにはちょっといかない。ジェニファーが死の淵をさまよった後であることを考えるとなおさらだ。
「入ったら、最短ルートをロゼッタさんに千里眼で検索してもらいます。それが済んだら、申し訳ないけどマードさんやリリエイラさんと一緒に外で待機して下さい。後は僕らで行きます」
「ジェニファーはどうするの?」
「ジェニファーも外で休ませる。……最高難度のダンジョンで直接戦闘させるには元々ちょっと不安があるし、荷車代わりの『空飛ぶ絨毯』もある。今回はロゼッタさんたちと一緒にいてくれ」
「ガウ……」
「駄目だ。リノが心配なのはわかるけど、君が死んだらリノは立ち直れない」
ジェニファーは懇願するような顔をするが、こちらも譲れない。
「リノ君の足に徹するという手もあると思うが」
アテナさんが擁護するが。
「負傷した時のファーニィの負担が違います。身体が大きい分、治癒に必要な手間も数倍になる。大ケガをしたらファーニィの手でも間に合わない危険がある」
「……しかし」
「リノを置いていくことも考えましたが、魔術が必要なシーンになったらリノの助けがないと詰む可能性もあります。……リリエイラさんと交代、というのも手と言えなくもないですが、その場合は外で待たせるメンツに戦闘力が完全に欠けてしまう。オークの一匹も出たら全滅です」
「ガウッガウッ!!」
ジェニファーが吠える。が、彼を戦力に数えられないのは変わらない。
完調ならば、彼ならオークなど二匹でも三匹でも相手取って負けることはないが、今の彼はその半分以下と見積もるのがせいぜいだ。オーク一匹でも普通にやられかねない。
増してこのあたりは人里離れている。出るのがオーク一匹までだなんて、誰も保証してはくれない。もっと強いのがもっと多く出ることも有り得る。
攻撃力のあるリリエイラさんをそこに置く必要がある。
「……大丈夫。リーダー強いから。私、信頼してるから。ね?」
「ガウ……」
「ちゃちゃっと片付けて帰ってくるから、待っててね」
ジェニファーをなだめてくれるリノ。
本来なら「さすがに付き合えない」と言い出してもおかしくないし、そうなったら最悪、リノ抜きで行くことも考えたのだが、彼女もパーティの一員として責任感を持ってくれているようだ。
「ユーカも今は邪神級ダンジョンに連れ込むのはオススメしないのだけど」
リリエイラさんが呟くように言う。
が、ユーカは軽く手を振ってそれを切って捨てる。
「兄貴とアタシの因縁だ。ケリはつけねーといけねー。それにアタシにはまだアレがある」
「アレは長時間戦闘するような大物相手になら使えるでしょうけど、こういうダンジョンで毎回それをやっていくわけにはいかないでしょ」
「…………」
アレ、つまり“邪神殺し”。
確かにここぞという時用の切り札であって、それを常用する前提で戦力に数えることはできない。
そもそもあれはユーカ本人もギリギリまで己を傷つける。火事場の馬鹿力を便利に操れるような気楽な代物では断じてない。
僕は殺意が良くも悪くも「軽い」せいか、さほど自分を傷つけることなく済ませることもできるけど、ユーカはやり始めたら止まらないしな。
……でも。
「僕がユーカを守る。相手が何でも、ユーカには触れさせない」
「……だとさ」
僕の宣言を聞いてドヤるユーカと、ジト目で僕を見るリリエイラさん。
「……はぁ」
「何だよその溜め息」
「お熱いことね、って言えばいいかしら」
「……!?」
ドヤ顔から不意打ちされて真っ赤になるユーカ。
「なんでここでそういう話になるんだよ!」
「隠すつもりがあったのかしら? 距離感が随分違うじゃない。心なしかアイン君の顔つきも変わったし……この短い間に何があったのやら」
「……い、いや、お前が考えてるようなことは何もねーぞ?」
「私が何を考えてることになってるのかしらね?」
「う……う、うっ、うるせー!!」
リリエイラさん、ユーカを実に簡単に自滅させた。
これから激戦が始まるというのに生暖かい空気が場に漂う。
「なんじゃ。ついにやっちまったんかアイン君」
「おめでとう……と言えばいいのかな?」
マード翁とルザークも若干気を使った感じの祝福をしてくれる。
そんな場合でもないけどありがとうございます。
「その話は帰ってからにします」
メガネを押しつつそう言うと、ユーカはガーッと怒る。
「帰ってからもやめろ! つかこんなの相手にすんな!」
「言わないわけにもいかないよ」
「でもさあ!」
「ユーカも、こういう話は後にしよう。浮かれたまま戦うのは危な過ぎる。まさに死のまじないだ」
「そうだけどさ! っていうかお前マジで動じなさ過ぎじゃね!?」
「動じてないわけじゃないよ」
ただ、僕としてはもう、迷ったり恥ずかしがったりする余地はない話……というだけだ。
そんな調子じゃ第一王子に勝てないし。少なくともユーカにプロポーズするというのはそういうことだ。
「リーダーって変に底知れないのこういうトコよね……」
「頼りなさげな雰囲気出すくせにいざって時はおかしいほど押しが強いよね。まさに鬼畜メガネ……」
「君たちも緊張感持ってくれるかな。これから本当に冒険者として最高峰の難所に挑むんだよ?」
リノとファーニィを注意しておく。
ダンジョンは超危険地帯だ。入った瞬間いきなり死ぬのだって珍しくない。入る時こそ一番気合を入れてくれないと。
綿密に打ち合わせをして、ダンジョンに突入する。
入り口周辺の敵掃除をしたら、ロゼッタさんの千里眼を発動して正解のルートを絞る。道順が完全でなくとも、序盤の選択肢をいくつか消すだけで劇的な手間の省略になる。
そうしたら、あとは僕たちは進み、ロゼッタさんとリリエイラさん、マード翁は下がらせる。
ジェニファーとルザークは外で待機。三人と違って少しダンジョンに踏み込んだところでできることはほとんどない。
外でモンスターに襲われたら無防備に近いが、さすがに十分やそこらで襲ってこれるモンスターがいるかいないかは、ロゼッタさんに普通に確認してもらっている。少なくとも今はいないはずだ。
「最初だけは手を貸せるけど、邪神級ダンジョンとなったら本当にいきなりワイバーン級のが何十匹配置されてることもあるからね。マズいと思ったら素直に引いて。一回でねじ伏せる必要はないわ。ダンジョンは初っ端が一番キツいものなんだから焦る必要ないのよ」
リリエイラさんが改めて言う。
僕は頷き、「雷迅」を握ってダンジョンの入り口である暗黒空間に、足を踏み入れる。
まさに、リリエイラさんの言う通り。
見上げるような巨体の陸飛龍数体をはじめ、ギガンテスにゴーレム、正体もわからない獣人や、僕には分類さえわからないモンスターまで、それこそ初心者なら一体相手ですら剣を抜く暇もなく全滅するようなモンスターたちが、一気に視界に飛び込んでくる。
「トーマが減らしてくれてるのをちょっと期待したんだけどな。下手したらリフレッシュ一回挟んでるか、これ」
僕は呟き、「雷迅」を構え。
「まあ、だいたい知ってる連中で良かった」
連中が咆哮を上げて動き出す前に、斬撃が舞い飛ぶ。
「……君が入って1分も経ってないはずよね?」
「そうですね」
リリエイラさんは目を細めて、その場の状況を確認しようとする。
でも、まだちょっと難しいだろう。まだ血や体液、あるいは巨体が崩れ落ちる時に立った土埃が著しく視界を悪くしている。
でも、生きている奴はもういないはずだ。倒した相手の死体からの魔力吸収ついでに、周辺にその魔力を撒き直して状況は確認している。
動きそうな奴は気づいた順に「バスタースラッシュ」を振るった。「雷迅」×「バスタースラッシュ」は、もう本当に雷の魔術に遜色ないほどの瞬間的な到達速度を示し、狙った相手をことごとく撫で斬りにしている。
「……全盛期のユーカでさえ、この数相手にはかなりの大乱戦になってたと思うのだけど」
「言ったろ。アインは天才だって」
ユーカは腰に手を当てて胸を張る。
「天才というか……化け物、じゃない?」
「それアタシもよく言われた」
「本当に人間?」
かなり真剣にリリエイラさんに警戒した顔をされた。
「化け物でも何でも構いませんよ。……僕は仲間を守れるなら、人間扱いでなくても何も問題ない」
メガネを押す。
……ああ、本当に。
それで誰も泣かずに済むなら、化け物でいいさ。




