首の行方
斬られたのが一撃だけだったこともあり、ジェニファーの体の修復は何とかうまくいったらしい。
ただし、体は治ったとはいっても、それで動けるのかというとかなり厳しい。
「マード先生なら嘘みたいに完全復活させちゃうんですけど。私だとまだまだここまでが限界です」
「普通の治癒師なら手の付けようがなかったと思うよ、あの切り口は。ファーニィだから助かったんだ」
「まあ、そうですね……普通にやったら二十人がかりで間に合うかどうかの大仕事ですね。さすがにキツかった……」
ファーニィもヘトヘトといった感じでへたり込んで立てない。
ディックは倒したが、このままトーマ追撃はできそうにない。
ディックが時間稼ぎをしていたということは、時間を稼ぐことで何かが好転する価値があるということ。多分、「邪神もどき」こと「レクス」をまた連れ出すことでまだ戦力を足すアテがあるということだろう。
それが間に合っているかそうでないかに関わらず、誰が大怪我をするかわからない戦いで、生命線である治癒師を欠いて臨むのは無謀だ。
「いったん休もうか。……リリエイラさんもどうにかしないといけないし」
「…………」
ユーカは無表情に、ただ視線を落とした。
肩を叩き、励ます。
……リリエイラさんの首、探さないとな。
激闘と惨劇の跡でそのまま休むのも少し嫌な気分ではあったけど、贅沢を言える状態でもない。
戦いの現場の近くに焚き火を作り、まずはファーニィとジェニファーがゆっくりできるように場を整えてから、ジェニファーの看病につくリノを除いて、他の無事なメンツでリリエイラさんの頭の捜索と、ディックの死体処理を行う。
というか、リリエイラさんの頭に関しては、千里眼のロゼッタさんがいるんだからすぐ見つかるだろう。
揃ったら火葬して、骨は……どうするかな。ゼメカイトあたりに墓を作るのもいいかもしれない。
沈んだユーカを極力気にしないようにしながら、ロゼッタさんにその旨を告げる。
ロゼッタさんは頷き、額の眼を開いて探し始めた。
「もしかしてもうとっくに見つけてたりしない?」
「視野が広いといっても、一度に判断できる情報量はさほど多くないのです。……例えとして適切かどうかはわかりませんが、本の全頁を一度に視界内に見ることができたとて、読んだことにはならないのと似たようなことですよ」
「それでも、人が死ぬような激しい動きがあれば、勝手に目が奪われそうなものだけど」
「私の見える範囲には、他にも動いている物は無数にあるのです」
うーん。
彼女の見える世界というのを想像したいけど、想像しきれない。
普段の目と違う「世界の見え方」というのは結構体験したはずだけど、やっぱりそれでもまだまだ序の口か。
そして、ロゼッタさんの第三の眼が幾度か瞬き、そして表情が強張る。
「えっ……?」
「どうしたの?」
「……そんな、まさか……何故」
「どうしたの!?」
どうも緊急事態らしい。アテナさんやクロードともども、身構えてしまう。
が。
「終わったようね」
「……リリエイラさん!?」
茂みの奥から唐突にリリエイラさんが出てきた。
えっ、と、僕たちの足元に転がっている体を見る。
リリエイラさんだ。いや、間違いなくリリエイラさんだとはいえないけど、少なくとも彼女が冒険時に着ていた服はこういう服のはずだ。
影武者? 似てるだけの他人をロゼッタさんが間違えた?
「なんで……おい、本当にリリーか……?」
ユーカも幽霊でも診たような顔。
いや、本当に幽霊かもしれない。レイスなら有り得る。
と、僕は改めてメガネを押しつつ魔力を込める。
人間かモンスターか。前のメガネでも出来たんだ。それくらいの強化はできるはずだ。
……いくら凝視しても人間にしか見えない。
あと、やたらと風通しが良すぎるというか……上はなんとか短い上着を羽織ってるけど、下を穿いていない。手で隠しているだけの、随分セクシーな恰好をしていらっしゃる。
これでは凝視してる僕がただのスケベみたいじゃないか。
かといって視線外したら取り返しがつかないことになりかねないから困る。
と、その背後からのっそりと枯れ木のような老人と、軽薄そうな若い貴族も現れる。
「よっ」
「やあ。ますます活躍しているようで俺も鼻が高い」
マード翁と、ルザーク・スイフト。
「……つまりどういう事なんだよ!?」
ユーカが悲鳴のように叫んだ。
「リリーちゃんが暴走したのはわりとすぐわかったんじゃ。んで、ワシは追いかけようにも足がない。となると方策は多くない。こちらの坊ちゃんに頼ったわけじゃ」
「頼られたわけだ。以上、終わり」
「終わんな!!」
ダンッと足を踏み鳴らしてユーカが叫ぶ。
ハハハと笑うマード翁とルザーク。
溜め息をつきつつ、長かった髪をいつの間にかバッサリと短くしたリリエイラさんは、メガネを直そうとして手が空を切る。かけていない。
「アイン君とクロード君、ちょっと手が空いているならそっちの体から服剥いでくれる?」
「…………」
「…………」
「別にもう死体だから好きに見てもいいわよ? ……とりあえず今着るものが必要なんだけど、下半身丸出しでしゃがんで自分でやると、いくらなんでも痴女だし」
「それは私に頼めばいいのではないか」
「……そういえば貴女、女だったわね。ごめんなさい、忘れていたわ」
アテナさんは非常に複雑そうだ。まあ兜取らないのが悪いのだけど。
「結局どういう事なんだって聞いてんだろリリー!!」
「見てのとおりよ」
「見て何がわかるんだよ! なんでお前の死体ここにあんのに生きてるんだよ!」
「首が飛んだ先にマードさんがいたから」
「うむ」
ピースサインを作るマード翁。
「……まあ、つまりだ。俺とマード殿が先回りしてこの近くに潜んだんだが、結局あの男とリリエイラ嬢の戦いには手の出しようがなくてね。しかし景気良く首をすっ飛ばして、谷底まで飛ばしてくれたおかげで、なんとか回収できたわけさ」
「ナイスキャッチじゃったぞ坊ちゃん」
「はっはっは。俺が取り損ねてたらリリエイラ嬢の頭は粉々だった。感謝してくれ」
「はいはい」
えーと。
つまり。
「……首から下、全部治癒術で再生したってことか!?」
「ワシもさすがにここまでやったのは初めてじゃな。まあやればできるもんじゃ」
「おかげで谷底で全裸よ。メガネもなくしちゃうし」
「服を貸してあげようにも、俺もマード殿もさすがに素っ裸になるわけにはいかないからね」
「ワシはなってもええんじゃが、そもそもマッチョ化できんもんじゃから最近はサイズ可変に対応した服着とらんでの。リリーちゃんじゃ乳も尻も入らんし、結局坊ちゃんの上掛けしか使えんかった」
「……仕方なさそうに言ってるけど随分楽しそうだったわね、貴方たち」
はっはっはと笑って誤魔化すマード翁とルザーク。随分仲良しだ。
「……ほら。下着も剥ぐ方がいいか」
その間にアテナさんが古い身体の方から服を剥ぎ取っていた。
それを受け取りながらリリエイラさんは少し迷って。
「……当面、この二人を喜ばすだけになりそうだからやっぱりいいわ」
すごく複雑そうに言った。
感謝しないわけにもいかないけれど、もろ手を挙げて感謝もしづらい。
……けどまあ、マード翁ってそういうライン狙うよね、とも思う。
変な負い目を一方的には背負わせない。それが彼のバランス感覚だ。
「で、結局リーダーが倒してくれるまで息をひそめてたってわけ?」
リノがジェニファーをいたわりながら呆れ顔をする。
「だってワシらアレに勝ち目全然ないからのう」
「俺にそういうのを期待しないでくれ。あくまで水先案内人だよ」
悪びれない二人。
リリエイラさんはバツ悪そうにしつつ。
「あんな動きをするほど改造された人間だとは思ってなかったのは、確かに甘かったわ。距離なんて一瞬で詰められてしまったし、逃げる暇もなかった……」
「援護の一つもしてくれたらジェニファーがやっつけられずに済んだかもしれないのに」
「リノ。……もういいだろ」
はぁ、とユーカは一息。
「……で、結局……どうやって来たんだ、マード、ルザーク」
「秘密だよ。……と言いたいが、まあ変に疑られるのも問題だし、タネも割れているようなものだな」
ルザークはロゼッタさんを指さす。
「彼女とほぼ同じ原理さ。彼女は空間の歪みの集合地点を探して片っ端から入ってみているようだが、ウチの魔術師はそれを色付け、固定化する技術を用意した。それがウチの秘伝でね。国内なら、かなりの範囲をカバーできてる」
「それを借りる代わりに、まあしばらく坊ちゃんの家に厄介になることになったんじゃ」
「高名なるマード殿が顧問治癒師となってくれるなら、ウチも協力を拒む理由はない。そういうわけさ」
……なるほど。
ある意味、厄介な立場になることを呑んででも、駆けつけてくれたわけだ。
少なくとも、ユーカがこれ以上失うことは避けられた。
感謝しかない。
半日ほど休んで、僕たちは目当てのダンジョンに赴く。
「……ここか」
「血文字があるな」
ユーカがダンジョンの入り口のすぐ近くにある岩にそれを見つけた。
──奥で待つ。 トーマ
「つまり出て来ないってコトです? じゃあほっといてもいい感じじゃないですか? 『邪神もどき』も外に出さないことには増えないはずですし……」
ファーニィがそう言うが。
「行こう。……この期に及んで、そんな及び腰でいられない。このままじゃずっと終わらないよ」
「だって単独でダンジョンに潜ってるんですよ。いずれ自滅してくれると思うんですけど」
「自滅を確かめるすべもない。……僕たちは、ヤツの真意か死を確かめないと、いつまでも不安にさいなまれることになる」
それに。
「……奴が行けるのなら、僕たちが行けないはずもないしね」
メガネを押して。
僕は、仲間たちを見回し、言った。
「決着をつけるぞ」
言ってから、確かに随分立派そうな物言いになったな、と、ディックの言葉を思い返して苦笑した。




