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ディック

 タッチの差、としか言えないほど、すぐに追いついてしまえた。

 僕たちがほんの数十分ほど進んだところで、ディックが一人で佇んでいる。

 谷を渡る粗末な吊り橋の手前。首なしのリリエイラさんの体が、彼のすぐそばに転がっていた。


「よう、新入り」

「……随分ラフに喋るね。トーマの前とは違うってことか?」

「そういうお前さんも随分立派な態度が板についてきたもんだ。……なに、こちとら家来の立場でね。目上の相手にはそれなりの態度がある。それだけさ」

「冒険者としてのアンタと、トーマの家来としてのアンタは、どっちが素顔なんだ」

「さて。考えたこともなかったな。……オッサンの身の上話を聞きに、はるばる訪ねて来たのかい?」

「…………」

 陣形を組む僕たちを前にしても、悠然。

 あまりにも全くの平静な態度が、こちらからすると不気味だ。

「ずっと兄貴の命令で動いてたのか?」

 僕の代わりにユーカが問う。

 リリエイラさんの死体を前にしても取り乱さないのは、それで仲間を危険に晒すまいという矜持ゆえか。

「正確には、アンタの親父さんさ。家の中の勢力図で言えばトーマ様は木っ端もいいところ。立場のなさはアンタと大差ない。大旦那兄弟にかろうじてモノが言えるのが親父さん。ま、発言力の割合としては四、四、二ってな具合さ。アンタもトーマ様も、ついでに俺も、お家としては実験動物でしかねえ。跡目をどうするつもりだったのかね。……ま、今となっちゃどうでもいい事か」

「……なんで家の奴らを皆殺しにした?」

「目の前の死体については聞かないのかい?」

「どうもこうもねえだろ。リリーがテメーを見て殺そうとしないわけがねえ。で、テメーが勝った。それ以外にあんのか?」

「……フッ。相変わらず、情が厚いんだか薄いんだか」

 ディックは冗談っぽく肩をすくめて。

「俺やトーマ様に元々叛意はあった……ってのは、そっちの三つ目エルフのお嬢に聞いてるかね? 俺もトーマ様も、見た目じゃわからんだろうが、とっくに人間とは言えない身体だ。呪い一つを乗りこなして人類最強になれたアンタと違って、いろんなモンを試しに埋め込まれてる。……生体魔導具にモンスター因子合成、自動呪式、武装適合骨、多機能臓器……多分俺を腑分けしたら笑うと思うぜ。改造できる隙があったら思い付きでいじられてるような状態だ。しかも、俺たちに恨まれてるとは思ってなかったらしいのがウケるよな。『強くしていただいて感謝しています』なんて口先で言ったのを本気で信じていたらしい」

 クックック、と笑って。

「……結局は些細な口論が発端さ。爺様たちはこれだけ強化しておいて、俺たちをまだ従順な手駒だと信じていた。馬鹿らしいったらありゃしねえ。トーマ様は口答えの罰として雷撃魔術を叩き込まれて……何かがプツンといったらしい。あとは流れって奴だよ」

「明らかに戦えねえ使用人まで皆殺しにする必要がどこにあった」

「俺たち実験動物がその使用人にさえ、どんな目で見られていたのか想像できるか?」

 ……ディックはそれ以上語らなかったが、その暗い目は雄弁に何かを語っていた。

 ややあって。

「……さて、もう駄弁ることもねえか?」

「どうして一人でこんなところを守る? トーマと一緒に待ち構えてるもんだと思ったけれど」

「待ち構える、ね」

 ディックは苦笑いして。

「お前さんたちの中で、トーマ様は何を企んでることになってるのやら」

「……何?」

「追ってきたのはお前さんたちの勝手だぜ。……だから俺がここにいる」

 ディックは顔を覆うように手をやり、表情を引き締め。

 薄紫の光を、宿す。


「無事で通れると思ってんじゃねえだろうな?」


 ゾワッと全身の毛が逆立つ感覚。

 仲間たちはしっかり陣形を組んでいる。アテナさんとクロードがファーニィやリノ、ロゼッタさんを守り、僕とユーカは最前衛で互いを支える。

 その陣形を、ディックは信じられない高速移動で一気に回り込む。

 ……まずい、後衛から狙う気か……!!

「ゴアアア!!!」

 そのディックの動きにうまく反応したのはジェニファー。

 背面側を両腕を広げて守り、直接戦闘力のないリノたちを身体で守る。

 それを、無慈悲にディックが、斬る。


 ジェニファーの胴体が、寸断される。


 その一瞬で、僕とユーカは背面側に移動し、ディックに剣を振るう。

「てめぇぇっ!!」

「まさか無損害で済むと思っちゃいないよな!?」

 ユーカさんの斬撃は腕で受け止め、僕の「雷迅」は剣で受けながらディックは獰猛に笑う。

 ジェニファーの傷はあまりにも大きい。ファーニィの治癒で間に合うかどうか。

 これ以上負傷者を増やすわけにはいかない。

 だが、ディックは再びの高速移動。

 ……そうか、この動きを生かすには防戦では厳しい。

 単独でないと本当の力が発揮できないのがこの男の本当の戦い方か。

 地を滑走するように再び正面側に回り、豪快な斬撃で狙うのは……クロード。

 前衛で一番「まとも」なクロードは、常識外の動きに一番弱い。

 はずだった。


「二連続で同じ動きをするとは、クロード君を舐めたものだな」


 クロードは、絶妙な動きで斬撃をかいくぐり、「嵐牙」を斬り上げてディックに一撃入れていた。

 巧い。クロードらしく、堅実で隙のない戦い方を実践している。

「がは……!?」

「奇襲は二度目にはただの曲芸だ」

 アテナさんはクロードに代わって言い放ちつつ、追撃の一太刀を振るう。

 やはり腕で受けるディック。肉に切り込み血が噴き出すが、斬り飛ばされない。

 骨に何か仕掛けがあるのか。

 そして、その間にリノはポチの角杖を突き出し、魔術を放つ。

「浮きなさい!」

「!?」

 瞬間、ディックが軽く浮く。

 足が踏ん張れず、移動も封じられ、構えも取れなくなる。

 重量物浮遊の魔術を悪用したのだ。

 多数入り乱れる戦いでは効果は雀の涙だろうが、単体相手なら決定的な隙になり得る。

 ファイヤーボールなんかよりよほど強い戦法だ。

 そして、僕は色づく視界の中で、その隙を見逃さない。


「終わりだ」


 握る「雷迅」に、魔力を一瞬で充填。

 空間ごと斬り裂く輝きを、十字に振るう。

 昼には薄くて見えないはずの魔力線は、しかし眩く輝いて、ディックの五体をバラバラにした。



「……チッ。一人二人ぐらいは……削れると思ったんだが、な……」

「そんな状態でも喋れるのか」

「……人間やめてるからな。ほっといてくれりゃ、生き延びるかもしれねえぜ」

 頭と左肩しかない状態でも、喋るディック。

 確かにちょっと人間には無理だ。「邪神もどき1」は首だけでも喋ってたけれど。

「これ以上削られるわけにはいかない」

「だろうな」

 僕は「雷迅」を高く構える。

 ジェニファーは下半身と泣き別れてしまい、内臓もほとんど外に出てしまったが、アテナさんやクロードが協力してそれをかき集めて、ファーニィが高速治癒術でなんとかしようとしている。助かるかはまだちょっとわからない。

 最後に。

「そんなにトーマを守りたかったのか?」

 一応、聞いておく。

 ……ディックは皮肉げに笑って。

「意味がある死に方をしてえ。それだけさ」

 それは。

 ……ずっと、僕も思っていた。

 死を意識しながら。未来を何も描けないまま生きて。

 意味のない死を、誰も涙することのない冒険者たちの死を日常的に見ながら、せめて、と思っていたこと。

「よくわかるよ」

 ……そう言って、僕はトドメを刺した。

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