それでも、
数十人分の火葬は一日で終わる量ではない。
ちゃんと黒焦げにしないといけないので雑に油かけて火をつけて終わりというわけにもいかず、結構な時間焼き続けないといけない。その火力を保つとなると燃料も相当用意して足していかないといけないし、一気に数十人分やると、もはや火葬というより火災だ。
まあ火加減に関してはファーニィとリノと僕がいるので、焼ける前に迂闊に消えて……ということはない。魔術で火を操ればいいのだ。
無から発火させることができるくらいなので、魔力の絡んでいない火にも後付けで魔力を乗せてある程度は好きなようにできる。魔力消費も安くつく。
先ほど「邪神もどき」から奪い取ったまま纏っていた瘴気、大活躍。
まあ体内や魔導具に取り込んでいるわけでもないので、留めきれずに少しずつ周囲に逃げていっているのだけど、それでも余剰があるのは気が楽だ。
「……それにしても人の焦げる匂いってのは嫌なもんだな」
「美味そうでも困るけどね」
「まーな。……こうも漂ってると食事どきにも払えないってのが困るところだが」
「どっか館の奥で食べることにする? 匂いが来ないところ」
「体の方に染みついちまうからなー……まあ我慢するしかねーか」
「でも食欲失ってるのクロードぐらいだからみんな図太いよね……」
クロードは明確に食べ物が喉を通らないようだ。干し肉とか見ても死体を思い浮かべてしまうのだろう。
かといって、保存食じゃないまともな食料を手に入れるには街まで戻らないといけないし、それもジェニファー抜きだとかなりの時間がかかってしまう。みんなに迷惑はかけられないと思ったのか、今のところほとんど食べずに水分だけで頑張っている。
他の面子は嫌な顔をしながらも食べるだけは食べている。特にリノが意外と強いのは驚きだ。
……まあ割と地獄な生活してたしな。クロードみたいな繊細さはとうに捨てているんだろう。
ちなみにロゼッタさんは手伝わずにちゃっかりと退出していて、時々姿を現すにとどまっている。
まあ力仕事手伝わすわけにもいかないし、別にいいけどね。
そしてロゼッタさんの情報によると、トーマとディックは再襲撃を企図することなく、とある迷宮に向かって撤退しているらしい。
「おそらくは、『レクス』をもっと用意するつもりなのでしょう。ここにいた分はアイン様が片づけてしまいましたから……」
「そんなに簡単に用意できるものなのかね」
「理論上は、リフレッシュ現象のたびにダンジョン内にいるはずのものは復元されますから。……毎回深奥まで行って説得するというのは決して楽なことではないでしょうが」
ダンジョンはコアを破壊されない限り、内部環境をモンスター含めて一定の状態に保とうとする。
ダンジョンから出たものは死んだのと同じ判定になり、次回のリフレッシュ現象で「元通りに」されてしまう。
どの時点を参照しているのかはわからないが、元居た奴と寸分違わぬモンスターが、またそこに出現してしまう。
それは親玉でも同じことで、だからこそ「レクス」、つまり「邪神もどき」は量産できているのだ。
……最初の「邪神もどき」の口ぶりだと長いこと生きてきた自覚はあったようなので、記憶まで巻き戻されるわけじゃないんだろう。
もしかしたら二度目以降の説得は簡単なのかもしれないけど、あれほどの実力を持つ親玉がいるダンジョンは、デルトールのぬるいダンジョンとは道中でさえ何もかも話が違うはずだ。
それでも踏破すれば戦力が単純にいくらでも増えていく。長く放置はできないな。
「ところで……『天眼』がある方の親玉は、倒さないのかな」
「もう命令してたジジイどもはこの通りだ。わざわざ『天眼』とドラゴンの肉片揃えて『邪神もどき1』の芸人ぶりを再現する必要はないはずだろ。……それでもアインにゃ簡単に攻略されちまうんだ。今はそれより根本的な頭数を揃えたいだろーぜ。合成した特殊能力より、単純な剣技とアンデッドらしい戦闘継続力があいつの強さの源だしな」
「だからって素体のままか……そんなムチャクチャなやり方して僕らと戦うより、他に選択肢ありそうな気がするけどな」
「ないんだろ。アタシらの前で黒幕面した直後じゃ、泣きを入れるには最悪だ」
……そんな単純な話だろうか。
それにしてはトーマの態度に焦りが見えなかったように感じる。
もしかしたら、そういう性格なだけ……ってことも有り得るけれど、今回の邂逅だけでそう判断するのはあまりにも雑だ。
「ユーカ。お前は疲れている」
アテナさんが炎をまっすぐ見つめながら(例によって顔の見えない兜だけど)、急に言った。
「なんだよ」
「思考が投げやりだ。判断ミスというのはそういうところから始まる。一度火葬を離れて休め」
「……でも、アタシの……」
「休め。どうせお前は労働力としては大したことはない」
「…………」
アテナさんとリノ、ジェニファーが作業の中心、ではある。
リノは重量物浮遊の魔術が使えるし、火も操れる。アテナさんとジェニファーはそれぞれの剛力で死体をぽいぽいと扱える。
ユーカさんはどちらもできない。瞬間的な攻撃力は“邪神殺し”で出すことができるが、それはこういう作業では役に立たない。見た目通りの肉体と筋力でちまちまと作業を手伝っているだけだ。
「アイン君がお前の判断を大きく考えている以上、お前が捨て鉢になれば全員に累が及ぶ。それが結果につながるのはわかるはずだ」
「……休めるかよ」
ユーカさんも炎を見ながら、低く呟く。
「縁切ったつもりだったとはいえ実家だぞ。……十何年も経ってるが、あらかた知ってる連中が昨日かおとといまで生きて、生活して……それが全部、滅びて。その横の実家で寝れるか? 火葬の最中に、こいつらの名残を感じながら高イビキ掻けるか? 肉親はクソッタレだったが優しい使用人もいた。アタシみたいな乱暴者でも、実の娘みたいに世話焼いてくれた。それもみんな、ほんの少し前まで……」
「さっき見つけてきた眠りの魔導書あるけど、かけようか?」
「あのなあリノ! そういうことじゃ……」
ああ、やっぱり。
ユーカさんでも、ショックはあるんだな。
僕は気づけなかったのが恥ずかしい。
いや。僕だから、気づけなかったのか。
僕はパーティではユーカさんと一番長く一緒にいるけれど、ユーカさんを理解しているとは言い難い。
結局「大英雄」としてのゴリラユーカさんをじかに見ているせいもあって、「強い人だ」「何か考えがあってのふるまいだろう」という先入観……いや「信仰」が、抜けない。
アテナさんやリノには良くも悪くもそれがないから、自然と弱っていることを指摘できるのだろう。
「アイン様アイン様。……ついてってあげて下さい。焼くのは私らでいいですから」
「ファーニィ」
「正直アイン様もあんまりここにいる意味ないですし」
「これでも結構魔力使ってるんだけどなあ」
「無詠唱じゃどこまでいっても『手伝い』が限度ですから」
うぅ。
そう言われると弱い。
「それに……判断力を鈍らせてほしくないのはアイン様こそ、ですから」
「それは……そうかもね」
僕はパーティリーダー。みんなが命を預けている。
その責任は重々感じているが……できるだけフラットな状態でじっくりと決めて欲しい、というのは僕にこそ言うべきことだろう。
ユーカさんはあくまで師匠であって、パーティリーダーではない。決めるのは僕なのだから。
ユーカさんと二人で館に入り、薄暗い廊下を歩く。
数日前に大虐殺があったのだ。あちこちに血痕はあるし、掃除に手間もかけられていない。
どうせ火葬が終わったら発つ。綺麗にする意味もない。
その後は廃墟となり、やがて値打ちのあるものは盗み出され、肝試しの舞台にでもなるのだろう。
「……なんかさ」
「?」
「ごめんな、アイン。……やっぱ全然アタシ、わかってなかったわ。いきなり家族が……実家が全滅するってどういうことなのか。思った以上にショックがある……」
「うん」
「覚悟してた、みたいなこと言ったけど、実際想像は幾度もしてたけど……」
「うん」
「……今まで平気な顔してられたのは、単に飽和してただけだったかもしれねえ。……さっき焼いてた中にさ、見覚えのある婆さんがいたんだ。フィッシュパイが得意でさ、園丁のおっさんがその息子で、そいつも殺されてて……どんな気持ちで息子の死を、母親の死を見たんだろうって……」
ユーカさんは堰を切ったように話し始めた。
とりとめもなくて、結論もなくて、ただただ、大嫌いだっただけのはずの実家にそれでも詰まっていた思い出が、絆が、ほんの二、三日前に無慈悲に断ち切られたことへの哀しみが、止まらなくて。
僕は遮ることなく聞いた。
時々涙声になってしまうユーカさんを抱きしめつつ、彼女を寝かせるための客間にゆっくりと歩ませた。




