涙なき火葬
トーマとディックを追おうとする前に、まずは殺戮されたレリクセン家の人々とその使用人たちを集めて火葬する。
手間だがやっておかないとアンデッド化する。そんなの放っておけばいいだろうと思わなくもないけど、見てしまったからには葬らないわけにもいかない。
「私らが犯人ってウワサが立ったら言い訳できないですよね……」
「まあ実際のとこ殺る気で来てはいたけどね」
「それでもやってない殺しの罪を着せられたら困りますよう。私はエレミトに帰れば大したことにはなりませんけど」
ファーニィの言いようにちょっと苦笑する。
「実際のところ、魔術師の家が暗闘で壊滅するなんてよくあるし、大抵大した話題にもならないけどな。あーあどっかと抗争にでもなったかー、ってなもんだ」
ユーカさんはそう言いながら炎を眺める。
死体は数体ずつ集めて油をかけて点火している。まだまだ何度も繰り返すことになる。
「それで誰も大騒ぎしないの?」
殺る気満々だった僕もちょっと心配になる。
まあ今さら罪人になるのが怖いというわけではない。どうしようもなくなったらファーニィ同様に他国に高飛びするだけだけど。
「特殊なんだよ魔術師の家って。……そもそも一般の奴らにゃ、何が起こってるのかわかんねーのが魔術ってモンだろ? まともなら近寄ろうともしないし、領主や騎士団だってそんなに関わろうとはしねえ。もし変に怒らせたら、どんなイカれた方法で殺されるかわかったもんじゃねーのが魔術師だ。冒険者やってると麻痺するけど、危険物そのものだ」
「それは……まあ……」
「お前もさっき窒息死させられかけただろ。目の前で呪文唱えられたからトーマの仕業だって一発で分かったけど、あんなん目の前で見てなかったらコロシだってことさえ分からない。そういう手段が山ほどあるんだよ。だからある意味、一般社会としちゃ冒険者以上にアンタッチャブルなのが魔術師だ。味方につければ強いが、いざ敵に回したら危険さはそこらのヤクザ者の比じゃねー。当然、急に家ごと全滅したとしても理由なんて絞る方が難しい」
「…………」
言われてみれば、そうだ。
ハルドアのしかもド田舎生まれの僕は、魔術師というのが普通の人からどういう位置づけなのか、というところからして馴染みがなかったが、その力も倫理もあまりにも普通とは違い過ぎて、堅気の存在ではありえない。
それこそギャングが勝手に殺し合ったとしても誰も騒ぎ立てないようなもので、力のない者は近寄らない方がいい、腫れ物扱いなのだ。
「それでも今の社会は魔術師なくしては有り得ねえ。魔術師を排斥するだけしても、他国は魔術師や魔導具を使ってる以上、戦争でも生活でも、もちろんダンジョンやモンスター対策でもどんどん後れを取るだけだ。それぞれのやり方はあるにしろ、おっかなぴっくり魔術師を飼ってるのは、どこの国も似たようなもんさ」
「……なるほどね」
ある意味酷い話だ。
魔術は怖いが遠ざけるわけにはいかない。
魔術師側としてもその力に依存して社会的な地位を得ているので、力がなければ諦めて一般人に混ざる、なんて選択も有り得ない。
魔術をロクに使えないユーカさんに家族がキツく当たったのも、ある意味必然だったのかもしれない。
「知らないわけではありませんでしたが……改めて当事者から聞くと凄まじいですね」
クロードもちょっと引いている。
騎士団で魔術を教えているとは言うが、あくまで剣の補完的な技能として扱っているだけだからこそ、そういう態度でいられるのかな。
最先端で研究・蓄積し、名誉を競っている魔術師たちと彼らの意識は相容れないだろう。
「だからまぁ、いつか実家がこうなってもおかしくねーとはずっと思ってたんだ。まさか兄貴が……とは思わなかったし、アタシが後片付けすることになるとも思っちゃいなかったが」
「……トーマは何を考えてるんだろう」
「…………」
さーな、と片付けるかと思ったが、ユーカさんも押し黙る。
さすがに「知ったこっちゃねー」と言い捨てるわけにはいかないか。
「一枚岩ではない……なかった、というのは、間違いなかろうな」
館の中からズルズルと死体を引きずってきて薪の上に並べながら、アテナさんが代わりに客観的意見。
「どこからどこまでが親世代の企てか、どこからが兄君に歪められたものか。その意図は家への反抗か、ユーカへの敵意か、あるいは情けか。全てはもはや知り得ないが、レリクセン家のやることが支離滅裂に思えるのも、複数の思惑が暴れた結果と思えばわかる部分はある。もしかしたらそのトーマと当主側だけではなく、他にも意志があったのかもな」
「……そう、か」
そう言われて妙に腑に落ちたところはある。
例えば最初の「邪神もどき」の行動の意図が読みづらく、あちらを狙ったかと思えばこちらを狙い、そうかと思えば何もしない時期もあったのを訝しく思っていたが、それが「家」という中で複数の意志を反映させていたことを思えば納得もいく。
イスヘレス派の魔獣合成師を次々狙ったのも技術を奪うためかと思っていたが、あの「邪神もどき」がそんな迂遠なことを考えるかと少し怪しく思えるところもあった。
が、魔獣合成を扱う商売敵として目障りだっただけ、と思えば納得できるし、あまり魔術師そのものを殺すことには執着していなかったらしいのも、「邪神もどき」本人としては単なる破壊命令であって、特にそれ以上の目的や執着がなかったと考えれば理解しやすい。
おそらく、僕らが怯えて準備している間に、彼らも「邪神もどき」を使って色々な「仕事」をさせていたのだろう。
あるいはその実力を試すためだった時もあるだろうし、あるいは家の利害を考えて攻撃させたときもあり、そして……ロゼッタさんの言うように、ユーカさんを殺害・排除する目的というのもあっただろう。
そしてトーマはその「邪神もどき」の監督者にして、製作のための交渉者でもあった。
少なくともロゼッタさんの知る限りでは、ディックともども素体である「邪神」を迷宮の奥から連れ帰る役目まで彼だったようなので、見た目に反して冒険者としても超一流と見たほうがいいのだろう。
彼からすれば僕らは、これほどまでにレリクセンの悪意害意の只中にいながら、それでもヘラヘラ呑気に冒険稼業をしている鈍感な連中、ということになるのだろうか。
「僕らがハルドアで寄り道して復讐なんかしてた時期も、彼からすれば根本原因をどうにもしないで何してるんだ、と思ってたのかもしれませんね」
「だろうな。そして、ゼメカイトで遺跡を暴走させたのも、そうすれば愛着のあるユーカが黙っていないと踏んでのことだろう。……実際、アイン君の殲滅力がなければ、向かったところで圧し潰されるのがオチという凄まじい物量だった。そうして疲弊したところに『邪神もどき』……奴ら流に言えば『レクス』をぶつければ始末できる。この館に座っているだけの老人たちは、そう判断したに違いない」
「……だから、その原動力と思えた『ブラックザッパー』を奪っていったのか」
「それで大人しくなるどころか、もっと強くなるのがアイン君なのだがな」
「単に『ブラックザッパー』が傍で見るより使いづらい武器だったのと、『雷迅』も変な方向に強い武器だったおかげなんですけどね」
どっちも相手を選ぶ武器で、状況に合わせた加減が難しい。
普段使いには黒赤二刀がやっぱり最適だ。
まあそれはともかく。
「そういえば僕、トーマに変な呼ばれ方してたな……なんかの末裔だとか……」
メガネを押しながら思い出す。
僕のことを調べた、とか言ってたな。どう調べたんだろう。
そもそも国内ならまだしも、ハルドアの田舎も田舎の農奴の家系なんて調べる手段あるのか、という感じだけど。
「イルサングの賢者……イルサングというのは、数十年前にヒューベルに併呑された小国です」
クロードが教えてくれる。
「そうなんだ。……じゃあそれがバルバスさんの言ってた、祖父ちゃんの出身国なのかな」
「でしょうね。アインさんの戦い方はあまり賢者という感じではないですけど」
「自覚はある。だいたい師匠のせいだよ」
「アタシとも似てねーじゃん! っていうかアタシが教えたのってオーバースラッシュとパワーストライクぐらいだよな!?」
「メタルマッスルも旋風投げも、あとハイパースナップもユーのやつだよ。あと地味にユーカステップ」
「なんだそれ」
「ユーの高加速ダッシュ。教えてはくれなかったけど見て覚えた」
「なんでそれで真似できんだよ……アタシだってゴリラの時はできなかったぞ……こんな身になって試行錯誤して、ようやく掴んだ動き方なのに」
「いつも見てるからね」
凄惨な死体の山と、それを燃やす悪臭。
その前なのに、僕らは不思議なほどいつも通りで。
……それがいいことなのか悪いことなのかは判断がつかないけど。
「ガウ」
「あ、運んできてくれたんだ。ありがとう。……ジェニファー、人の死体見て食欲刺激されたりする?」
「ガウ……!」
「あ、心外だった? 念のため聞いただけだよ。ごめんって」
「ジェニファーそれ心外なんだ……まあ、人は食べないようにって言い聞かせはしたけど……」
「リノ、ジェニファーともっと真面目に話し合うべきじゃね?」
「話し合うって言ってもジェニファー喋れないし」
「いやジェニファー『はい』とか『いいえ』とかしっかり意志表示できるだろ。それだけあればいろいろ確認できるだろ。オメーはあまりにもそういうの抜けすぎてんだよ!」
「……一緒にいれば気持ちは通じてるはずだもん……なんかそういうのって無粋じゃない……」
「オメーがアインよりダメなのそういうとこだよ! 戦いじゃジェニファー頼りなんだからもっときっちりしろよ!」
……本当に目の前に人の死体何十人分あるんだよ?
わかってる?




