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名家の暗部

「ロゼッタ……!!」

 ユーカさんがトーマから目を逸らさずに呟く。

 いったん手を止めて言葉の理由を聞くには、今の状況は緊張感が高すぎる。それ以上会話のために気を緩めるわけにはいかないのだ。

 僕が代わりに問い返すというのも、今は息を封じられているので無理。

 アテナさんも同様だろう。

 まずは、戦って状況を改善しなければ。

 ロゼッタさんのことは後衛のみんなに任せて、僕はディックに「雷迅」を向け、斬りかかる。

「どけ、『新入り』!!」

 ディックは正面から切り結ぶ。

「雷迅」の「パワーストライク」に耐えたからには、その剣も相当な代物だろう。「遺跡」の遺物か、現代品なら最高級素材でなくては耐えられない。

 ……しかし「新入り」か。

 後詰冒険隊(サポートパーティ)ではそう呼ばれていたな。

 この男との接点はあの短い間しかなかった。その時には僕自身が弱すぎて、この男がどれほどの強さかなんて計り知ることもできなかったが……少なくとも、四騎士団の主力クラスの剣技があるのは間違いない。

 改めて、強い。

 もしもその強さをはっきり知る手段があれば、ゼメカイトでも「なぜあれほどの男が自分で実績を上げようとしないんだ」と噂になっていたんだろうな。

 何もかもが謎のまま、ユーカさんたちの後詰冒険隊(サポートパーティ)の隊長に徹し、いつの間にか去った男。

 冒険者は誰でもできる。過去を話したがらない奴も多い。

 だからこそ、スパイをやるなら簡単だ。

 改めて、その恐ろしさを実感しながら、二度三度と剣戟を交わす。

「ぐ……っ、やはり、トーマ様の言う通りか……化け物が……!」

 僕の剣をかろうじて払いのけつつも、思ったように押し込めずに唸るディック。

 ユーカさんのところには行かせない。お前はここで殺す。

 僕はメガネを押し、自らの目に薄紫の光が宿っているのを改めて確認する。

 正直、人間相手にこの力を使う必要はない。

 これは「目の前の相手を仕留めるためにどうやるか」という発想を無限に生み出す能力だ。

 人間には過剰過ぎる。「オーバースプラッシュ」で一気に片をつければ確実に終わる。だが狭い室内でそれをやれば、部屋が倒壊する危険があるだけだ。

「お前さえいなければ……!!」

 チキ、と剣の構えを変えるディック。

 僕の目には、彼の魔力が剣に注がれるのが見える。

 魔力剣技をやる気か。「パワーストライク」の剣圧を同系の技で押し返すのか、あるいは「オーバースラッシュ」系の飛び道具で中距離から戦う気か。

 だが、待ってやる義理はない。

 僕は構えをほとんど変えずに軽く「オーバーピアース」を放つ。

「!!」

 刺突が彼を襲う。

 素晴らしい勘でかわすが、それでも彼の着ている鎧が硬い音を立て、鎖骨のあたりから血が噴き出す。

 これで片腕は使えなくなった。

 改めて打ち合いに持ち込めば、こちらの「パワーストライク」の重い斬撃を片手で受けざるを得ない。圧し潰せる。


 戦いをやめない僕らに、ロゼッタさんは叫ぶ。

「何故戦う必要があるのですか、トーマ様! あなたは……この家を終わらせるのが目的だったはずでしょう!」

「ロゼッタさん、近づいたらだめですよ! 死にますよ!」

「それはもう成ったはず! “邪神殺し”を生み出す技術を確立したことを喧伝し、復権しようとするこの家を、あなたは壊したかったはずでしょう!! 壊して、ユーカ様を救うつもりだと語ったではないですか!!」

 ロゼッタさんの叫びに、トーマは笑い。

「……信じていたのかい? もう少し聡明だと思っていたんだけどね」

「そうでなければ、何故!!」

「引き時だ。ディック」

 トーマはディックに一声かけると、僕との戦いを急にやめたディックは剣を投げ出してバックステップ。

 まさかここで武器を手放し、トーマに向かうこともいきなりやめると思わなかった僕は意図がつかめず反応が遅れる。

 そして当のトーマも、ディックと合流しようとすることなく真後ろに後退しつつ「ブラックザッパー」で天井に斬撃を飛ばし、ユーカさんの飛び込みを邪魔する。

 てんでバラバラに離れていった二人は、それぞれに本棚を蹴り倒し、あるいは床を踏み抜いて落下して離脱。

「っ、待てよ!!」

 ユーカさんは追おうとするが、崩落する天井に阻まれて遅れる。

 僕もどちらを追ったものかと一瞬迷ったものの、つられて離れたところで仲間を狙われる愚は犯したくない。寸でのところで我慢し、残る状況を確認する。

 アテナさんは残り二体の「邪神もどき」を相手取っている。そいつらは撤退する気配はない。

 まずはそれを倒しておかなければ。

 僕はそこでようやく息が戻ってきたのを感じる。トーマが離れたからか、元々そんなに長く続く魔術でもなかったのかは判別しづらいが、これで声が出せる。

「アテナさん!!」

「応!」

 僕の声に、アテナさんは一瞥をくれただけで合わせてくれる。

 斬りかかる「邪神もどき」への反撃をいいタイミングでやめて横っ飛びに場を投げ出し、僕に任せる。

 二体程度なら、まとめて殺せる。

「ゴーストエッジ……アバランチ!!」

 先に倒した「邪神もどき」たちから奪った瘴気を使い、斬撃を多重に仕掛ける。

 二つや三つではない。十や十二といった単位の斬撃が、二体の「邪神もどき」を同時に捉える。

「がっ……!?」

「何だ……と……」

 一瞬で身体がバラバラになり、地に落ちた首だけで驚愕する「邪神もどき」たち。

 ディックにこういう殺し方は気が引けたが、「邪神もどき」なら遠慮はいらない。

「お前たちは知らないだろうが、僕はもうお前と戦うのは飽きてるんだ」

 再生しようとする彼らから魔力を残らず徴収し、二つの首を「オーバービート」で叩き潰した。


「どうして邪魔した、ロゼッタ」

 ユーカさんはさすがに怒っている。

「というか、なんか兄貴に関して思うところがあるなら先に言っておくべきだろ。なんでギリギリで邪魔しに来た」

「申し訳ございません。……実は、以前から祖父を死なせないようにするために彼と取引をしていたのです」

「はぁ!?」

「レリクセン家はトーマ様とディック様を使って、かの『邪神もどき』を次々に作り出す態勢を整えつつありました。そのうちの一体でも差し向けられれば今度こそ祖父の命はない……ですが、トーマ様はレリクセンに対し叛意を持っておられるとのことで、いずれは現当主やその周囲の人々を祖父に討たせたかったらしいのです。ですから、私は祖父をあの山に抑え、トーマ様はいずれ祖父に彼らを討たせる機会を作る……という密約を交わしていました」

「……それがどこまでヤツの本気かはともかく、何でそれをアタシらに言わねえ?」

「……言わないで欲しい、と頼まれたからです」

 ロゼッタさんはため息をつき。

「いずれレリクセン当主の座は自分が獲る。祖父の矢による一族の死は、その秘密主義により『魔術師一族によくある謎の惨劇』として闇に葬られ、トーマ様が全てをなかったことにする、という絵図を示されたのです。そのためには祖父が手を汚し、家族も失うことになる。ユーカ様達が多くを知る必要はないのだ、と」

「鵜呑みにしたのか」

「実際、トーマ様やディック様が人知れず酷使され、当主たちがその成果を掠め取るという実像は見ています。高難度の迷宮に彼らが潜り、決死の交渉をして親玉(ボス)たる『邪神』を『はぐれ』させ、それを改造するための素材も収集させられている……トーマ様たちはそれを可能にするために、人を踏み外すような魔術的改造をも受けています。叛意は当然と考えました」

 ロゼッタさんは、そこで少しだけ言い淀み。

「……何より、かの一族は……ユーカ様に試練を与えようとしていたのではなく、ただユーカ様を殺そうとしていた。ユーカ様亡きこの世界で、邪神を屠れる力を独占する魔術師家として、栄光を得ようとしていた。いずれ滅ぶ家のそんな事実を知る必要はない、と」

「…………」

 苦虫を噛み潰したような顔をするユーカさん。

「……リノ」

「魔術師の理屈ってそういうとこあるし、有り得るわよね……正直、そこまでの力があればもう征服戦争でも起こしちゃえばいいのにって思うけど」

「別に王様になりたいわけじゃないんだろーよ。ただ、名誉がないのは耐えられない……ああ、本当にクソみてーな話だ」

 ユーカさんは横目で壁に張り付けられた老人たちの死体を見る。

 どこまでも傍迷惑で利己的で、非倫理的な、しかし確かに自分の家族。

 知ってしまったからには、これから知らん顔で生きていくのは難しい。

 あまりにも彼女には酷な話だ。

 トーマが闇に葬ろうとしたのも無理はないし、それをロゼッタさんも是としたのもわかる。

「……だが、どうしてその予定を変更して自分で殺戮に走ったのだ?」

 アテナさんが呟く。

 ロゼッタさんは首を振る。

「……そこまでは、何も。千里眼で声まで聴くことはできませんし……そもそも、私の眼をこの家に対して使うことは封じられていました。この家の内部でのことは真偽の確かめようがありません」

「封じる事とかできるんだ」

「『邪神もどき』に使うための『天眼』を多く得ることによって、結果的にその魔術構造にも理解が高まっていたようです。視ようとすると苦痛と恐怖が来る仕掛けになっていました。今はもう、その結界は解除されていますが」


 謎が減り、新たな謎が増える。

 彼らはどこに落としどころを設定しているんだろう。

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