凶刃舞う
「ブラックザッパー」を持つトーマは、佇まいとしては相変わらず剣士には到底見えない。
しかしそれを言うなら僕だって似たようなものだろう。
魔術師としての才能を活用すれば、自らの筋力も敏捷性もある程度自在に上げられる。強引に剣士の真似事をするのは不可能ではない。
そして、この戦いは殺し合いだ。
こちらにもあちらにも、ルールはない。放置すればあの「ブラックザッパー」の破滅斬撃を僕だけでなく背後の味方にまで向けられる。
させるものか。
「!!!」
声は出ない。相変わらずトーマの魔術が尾を引いていて、息ができる状態にはなっていない。
だが、構うものか。
斬るのに支障などない。
「雷迅」を振る。防ぎようのない斬撃が、トーマに襲い掛かる。
が。
「おっと」
トーマが「ブラックザッパー」の刀身に手を添えて、前に押し立てるように構える。
そして直後、剣を中心に膨れ上がったフィールドが斬撃を弾いた。
「!?」
「また厄介な攻撃法を会得したね。……ああ、意外でも何でもない。それこそが君の神髄だからな」
トーマはニヤつく。
……そうか。
まさに、先ほど僕が考えた通りの防ぎ方をしたのか。
「ブラックザッパー」の脅威は空間ごと削る破滅斬撃にあるけれど、それ以外にもあの剣には「古代の破壊不能の素材でできている」という特性がある。
その特性を「拡張」し、盾代わりにしたのだ。
用途でなく特性を選択して拡張するのは離れ業だ。少なくとも、僕にはできない芸当だ。
剣という概念を拡張する“破天”同様、いやそれ以上に魔力消費は激しいはずだが、トーマにはできる。実際にやってみせたのだから疑いようもない。
「…………」
「おや、たったこれだけで攻めあぐねるかい? 思ったより引け腰なんだね」
煽ってくるトーマ。
僕は何も言い返さない。言い返すための息を奪われているのだから当然だ。
何も気の利いたことを言わなくていいのはかえって楽だ。思考をそちらに割かなくていい。
だが、どう攻略するか。
破壊不能の概念による防御。
こちらの「パワーストライク」は低消費だ。奴が防御を展開している間はゴリゴリと魔力を減らしているだろう、というのを見越して持久戦に持ち込むか?
……それも不確定要素が多すぎるな。アテナさんも直接攻撃にはカウンターを当て続けられるというだけで絶対無敵ではないし、矛先を後衛のほうに向けられると怖い。
後衛の守りにはクロードを残しているが、さすがに「邪神もどき」を彼に差し向けられれば、そう長くは持ちこたえられないだろう。
本来の理想形は敵をアテナさんに釘付けにさせている間に横から僕がひとつずつ撃破していくこと。
僕がトーマとの対峙で逆に釘付けにされているのはまずい。
しかし、かといってトーマを放って「邪神もどき」を減らすのに専念できるか、というと、それも難しい。
言うまでもなく「ブラックザッパー」の破滅斬撃を放たれれば極めて危険。対策の見当もつかない。
楽観的にはトーマがそこまで使いこなせないだろう、という観測もできるが、現に「破壊不能の特性だけを引き出して使う」なんて離れ業をやれるトーマが、しかし剣本来の性能を引き出せないだろう……なんて馬鹿な読みは、賭けるに値しない。
トーマに暇を与えるわけにはいかない。僕が抑えるしかない。
……まずいな。どうする。
「ふっ、動かないならこちらから行くぞ?」
トーマが動く。
僕が差し込む隙を作らないように、最低限のバックスイングを慎重にして……「ブラックザッパー」を、振る。
いや、その瞬間に。
「バーカ」
ユーカさんが後衛の位置から一気に駆け、トーマの上に舞っていた。
「っ……ユーカ……!!」
「喧嘩も知らねえ魔術師風情が!」
僕を警戒しながらの取り回しでは反応できない、弾かれるような速度の振り下ろし斬撃。
トーマは無詠唱での魔力投射を行ってユーカさんを跳ね返そうとするが、ユーカさんは半身を捻って衝撃を受け流しつつ斬撃を当てる。
トーマのとっさの腕防御に、ユーカさんの剣が斬り込む。
血が舞う。
「膠着した時には動いた方が負けるんだ。覚えとけクソ兄貴」
「っく……無粋な子だな、君は……!」
「粋も無粋もあるもんかよ黒幕気取りが」
ユーカさんは返り血を浴びながらも獰猛に笑う。
僕も見とれるばかりじゃない。
充分過ぎる隙に、一撃でも差し込まなければ。
……いや、待て。
「させんぞユーカぁぁぁ!!」
咆哮を上げてディックがこちらに反転してきた。
これを放置するわけにはいかない。
僕はまっすぐユーカさんのもとに向かおうとしたディックを横蹴りで蹴り倒す。
「ぐぉっ……」
行かせない。
トーマの相手を今のユーカさんに任せるのは危険だが、しかしディックが油断ならない冒険者であるのは間違いない。
少なくとも長期にわたって“邪神殺し”パーティの後詰冒険隊を率い、時には交代メンバーすら務めた男だ。しかもそれすら仮の姿であり、本来の手札を開陳していたとは思えない。
本来の彼は、それこそ正規のパーティメンバーにも遜色ない実力があっておかしくない。
……ここで、仕留めるか。
「……アイン・ランダーズ……!」
「…………」
無言のまま抹殺を決めた僕の視線を受け止めて、ディックは睨み返しながら立ち上がる。
時間はかけられない。どこから崩れてもおかしくない。
一気にケリをつけてやる……!
「お待ち下さい、ユーカ様! アイン様!」
その時。
何故かロゼッタさんの声が、僕らを止めた。




