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本家へ

 僕たちは小都市ファーブリスに戻り、レリクセン家にあえて正面から挑むことにする。

「コソコソしても多分意味はない。相手は僕らの動向を掴んで先回りしてるんだ。今回、僕らが膝元まで迫ってるのも当然とっくにわかってるだろうし、忍び込む気で行ったところでバレバレだと思う」

「それはそうよね……このパーティ、魔術師何人もいる割に全員専門性微妙過ぎるから監視逃れとか絶対無理だし……」

 当の魔術師であるリノが真っ先にそんなことを言う。

 実際、能力はあるもののレパートリーに難があるリノ、攻撃能力は一応あるものの加入当初からさほど威力も応用力も上がっていないファーニィ、そして無詠唱魔術という不確実な魔術しか使えない僕……全員、魔術のプロとやりあうには頼りない。

「小細工をしても仕方ないという意味では、まだしも最初から怒鳴り込む方がいい……ってのは、そうなんですけどねぇ。隠密行動をしようとするとどうしても脇は甘くなりますし」

「だいたい、何も最初から殺し合う体裁で行くことはないだろう。先手を渡すとしても、まずは対話を求める形を演出すべきだ。情報を求めたうえで信頼できなければ交戦を選べばいい」

「その過程で人質などを取られないようにしたいところですね」

 だいたいみんな「裏を掻いて騙し勝つ」というイメージは持てなかったようで、概ね僕の正面突破案には賛成してくれる。

 まあ、僕たちだいたい無理やり押し勝ってきたもんね。

 知力より発想よりなにより、僕らの勝機は常に突破力。

 無茶な戦いをやる度胸と、それをやり抜いてきた自信が成功の原動力だ。

 慣れない知略戦はやるだけ無駄だろう。それができるのはきっと、リリエイラさんが味方にいる時ぐらいだ。

「ユー、多分今持ってる本家の情報は古いとは思うけど……誰が家を回してるのか、いざという時に主眼に置くべきは誰なのか……だいたいでいいから教えて欲しいんだけど、いい?」

「おー。まあ、一番の権力者は……アタシがおん出た頃の記憶で言うなら、祖父(ジジイ)のオグマ・レリクセン。年齢的にはまだ現役でもおかしくはねーはずだ。もしそれがくたばってるとしたら、大叔父(そのおとうと)のジン・レリクセン。その次が親父、ケント・レリクセン。舵取りしてるとすればこの三人の誰かだ。……正直どいつも、どういう人間性なのか一切記憶にねーな。全員気難しい髭面で、大抵のことはこう、顎でしゃくったり軽く指差したりして、周りの連中にやらせてたというだけしか覚えてねえ。下手したらジジイ二人は肉声聞いたことねーかも」

「……そりゃ思い入れがないわけだ」

 ちょっとげんなりする。

 魔術師というやつのイメージに、ある意味忠実というか。

 家族というものに対して、暖かいものであってほしい、というのは下層階級の価値観の勝手な押しつけなのかもしれないけれど、それにしたって娘、あるいは孫娘に対して、そんな接し方しかしない男親っていうのは、ちょっと人格を疑う。

「でも、没落したっていうわりにはなんか偉そうなイメージね。もっと小ぢんまりと、田舎の旧家ぐらいの感じだと思ってたんだけど」

 リノの言葉に僕も同意する。

 少なくとも、彼らの周りに「顎で使われる」ような連中がいたということだ。

 それも、少なくとも三人もそういう横柄な命令者がいて、それに不自由させないだけの数が。

 レリクセンの一族がその三人で終わりという事はまずないから、最低でもそれぞれの配偶者、それにユーカさん兄妹を世話するだけの数がいるとして……使用人が十人ないし二十人から、という感じか?

 ちょっとした貴族ならありえなくもない環境ではあるけれど、レリクセン家は違うはずだ。

 百年近くも宮廷魔術師の地位からも遠ざかり、サンデルコーナーのような合成魔獣(キメラ)販売で財を成すわけでもない。

 それなのに今なお広い敷地の屋敷を維持し、多くの企みを進行させる財力、影響力があるというのは意外だ。

「なんだろーな。おそらく表に出せない取引とか色々やってたんじゃねーかって気もするな。……マジでこの身体になるまでは全然気にしてなかったんだが」

「あるいはリリエイラ殿やローレンス王子なら何かを知っていたかもしれんな。彼らが全くレリクセン家を気にせずにいたとは思えん」

「でも、今からあの人たちと答え合わせをしに行くわけにもいかないでしょ。アーバインさんが変な覚悟決めちゃってますし」

「……情報としては充分とは言えないけど、一応問い詰めるべき相手はその三人の誰か、ということで方針は締めようか」

「口を割るとも思えないけどな……」

「僕はそうは思わないよ」

 メガネを押す。

「邪神もどき1」との最後の会話を思い出す。

 ……彼は「いずれわかる、それが奴の絵図だ」と言っていた。

 首だけになった時のことだし、死に際の妄言、と切り捨てることもできるけれど、わざわざそんな状態になってまで僕を惑わせることに情熱を注ぐ意味はない気がする。

 ……正しい相手に問い詰めれば。

 あるいは、意図された時期に差し掛かれば、僕らにとっても意味が分かるテーマでもって、彼らは生み出されている。

 僕はそれに対して強い確信を持っている。

 まあ、何もないならそれでもいい。

 ……償わせるだけだ。

 クリス君は僕にとっても決して他人ではない。僕たちを襲わせ続けたこと以上に、クリス君を犠牲にした件は、命で償わせるだけのものだったといえる。

「確認する。……ユー。僕は、ユーの家族を斬ることになるかもしれない。僕にとっては彼らは決して仲間じゃない。他人ですらなく、敵だ。法は既に無視された。どの優先順位においても、彼らに情けをかける道理はもうない」

「……ヘッ。無駄な確認だぜ、アイン。お前がやるべきだと確信する前に、アタシがやるかもな」

 ユーカさんは獰猛に唇を吊り上げる。

 僕はメガネから指を離し、みんなを見渡して宣言する。

「行こう。……片付けに」



 街の郊外のまばらな林を抜け、レリクセン家に辿り着く。

 あのトーマやディックが門前で待ち構えているのを想像していたが、特にそんなことはなかった。

「……人の気配がないな。普通、これだけ立派な門には用聞きを兼ねた門番を立たせるだろう」

 アテナさんが呟く。

 確かにそうだ。立派な門扉のそばに誰も立たせないというのはおかしな話だ。

 どこか見えるところに詰め所があるという感じでもない。

 魔術師だから遠隔監視の魔術とか、あるいは使い魔が用聞きの代わりをしてたりするのか……? なんて想像するけど、じっと立ち尽くしてしばらく待ってみても、全く何も起こらず、近づいてくる気配もない。

「ガウ」

「……何、ジェニファー」

「ガウ……」

「…………」

 久々にジェニファーが何を言っているのか見当がつかない。

 さすがにちょっと困ってしまったが、ジェニファーが背に乗せたリノを無視してそのまま歩き始めてしまったのであわてて追従する。

 ジェニファーは門扉をゴリラハンドで掴み、開く。

 多少軋んだが、特に抵抗もなく開く。閂もかかっていなかった。

「……ガウ」

「え、何? なんて言ってるのリノ」

「リーダーがわからないのに私がわかるわけないでしょ!?」

 いや、もうちょっと飼い主として理解の努力して?


 ジェニファーはそのままズンズンと進み、奥の屋敷に到達する。

 扉は半開きだった。

 ……そして、相変わらず人の気配が、ない。

「どういうことだ……ユー、ここ、本当にレリクセンの家?」

「そのはず……だが……」

 ユーカさんもさすがに戸惑った様子で、ジェニファーについていく。

 そして。


 屋敷の中に、人の気配はない。

 当然だった。

 ……使用人と思われる人間も、その主と思われる人々も。

 みんな、死んでいた。

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