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孫が見た伝説の男

「今までの皆さんの旅路は視ておりました。ダークドラゴン、ハルドア、そしてゼメカイト……何と戦い、どれだけの結果を出したかも、祖父には伝えてあります」

「じゃあ、アインがその気なら……奴をモンスターと信じたままなら、瞬殺されてたってことも」

「間違いなく、理解しているでしょう」

「…………」

 ユーカさんは小さく舌打ちし、俯く。

 代わりにファーニィが身を乗り出した。

「ロゼッタさん、アーバインさんに言ってやってくださいよ! 人間に嫌気が差したにしてもアイン様にぶつけるのはおかしいって! アイン様はむしろクリスさんの直弟子みたいなものですよ!? もしも追いつけたなら、クリスさんを全力で守ったに違いないんです!」

 ファーニィの言葉もまあまあ理はある。

 が、ロゼッタさんは、静かに首を振り。

「……祖父は、一人で決着をつけるつもりでここに来ました。……もはや志に何の関わりもなくとも、相手はユーカ様の家族です。手ずから討ち果たすならば、その後に復讐を受けても何ら異は唱えられません。少なくとも、私たちの理においては、異種族(にんげん)に家族を奪われたならば、何十年かけてでも報いるべきとされます」

「だから私たちも戦ってるのは同じだって……」

「祖父は既に、冒険者や兵を数知れず殺めているのですよ?」

 ロゼッタさんの何も映さない双眸がファーニィを見つめる。

 言葉に詰まるファーニィ。

 ……アーバインさんは、既に罪を犯す覚悟を決めたのだ、と。

 道を同じくすれば、それだけの罪の共犯となるのだ、と、示す。

「……それは正当防衛でしょ。化け物扱いして退治しようとしたわけなんだし」

 リノが呟くが。

「化け物たらんとしたのは祖父自身です。……クリス様の仇を討つため、人間族の大敵となることをも厭わぬと決めたのです。……そのために命果てるとしても、それこそ幼子を守れず生き恥を晒した我が身の罰と定めて」

 それに対して、すぐには言葉を返せない。誰も。

 改めて、「エルフにとって人間は潜在的に敵性のもの」であるという事実を思い出す。

 アーバインさんもファーニィも、人間を殺すことにはさほど葛藤を感じていない。

 根本的に「仲間」ではないのだ。

 だからこそ、人の社会の奥地において、法と権力を突き破って戦うとなれば、必然として「人間そのものと」戦うことになる。

 逆を考えてみればわかる。もしも僕がエルフ社会の重鎮に私怨で挑むつもりなら、エルフたちは四方八方から矢をかけるだろう。

「アイツだけを殺せればいいんだ、僕は君らの敵じゃない」なんて説得して回るのはナンセンスだ。

 今のアーバインさんのように戦力的にまっすぐ戦えず、じっくりおびき寄せて戦う必要があるのならば、なおのこと。

 それこそ……ハルドア全社会を敵に回す覚悟でいた、あの時の僕のように。

 だとするなら。

 討ち果たした後に何が残るかなんて、どうやって生き延びるかなんて、きっと考えてさえいなくて。

 あるいは望み半ばに「介錯」されることさえ、きっと彼にとっては……望んだ結末の一つに過ぎないのだ。

「ロゼッタさんは、それでいいのですか」

 ゆっくりと、クロードが問いかける。

 ロゼッタさんは無表情のまま。

「今の私があるのは、ユーカ様のおかげである以上に祖父あってのこと。……今さら祖父とは無関係だ、などと恥知らずに言い張り、袂を分かつことはできません。祖父との血縁を知るものも多いのです。彼らから許されもしないでしょう」

 いつもアーバインさんに塩対応だったと思っていたけど、やっぱり根本では、彼女もアーバインさんの家族であることがアイデンティティらしい。

「……悲しいな。抜き差しならない」

「いや、元からヤツはああだよ」

 アテナさんの唸るような声に、ユーカさんは俯いたまま返す。

「会った時からそうだった。ことあるごとに女にしか興味ないようなことばっか口にしてるが、いつも死に場所を探してた。後悔まみれの人生の最後に、どうにか少しは恰好のつく命の使い方をしようと……それがロゼッタの目を治すことでもあり、ドラゴンに挑むことでもあり、邪神に挑むことでもあったんだ。あいつはホント、ジジむせぇんだ」

 だんだんと、絞り出すような声音に変わっていく。

「だから勝つしかなかったんだ。だからアタシらは最強であることしかできなかったんだ……アーバインもそうだしマードも、クリスも、フルプレも、死んで伝説になることが最後の望みみたいな生き方しやがる。リリーでさえアタシを支えるためなら、誰に何するかわからねえトコもある。……終わりに向かって落ちていく奴らを、アタシがそれでも上に飛ばすような、そんなパーティだったんだ」


 言葉が突き刺さる。


 それはまさに、僕自身のことでもある。

 思えば、ユーカさんの後詰冒険隊(サポートパーティ)に入ったそもそもの時でさえ、そうだったかもしれない。

 どうせ僕は、長生きできやしない。

 何年も保たずに、そこらの木っ端のモンスターに負けて誰も顧みない死体になるだろう。

 そんな、確信に近い諦めの想いがあった。

 ゼメカイトの花形だったユーカさんに憧れて、少しでも近づきたくて……という気持ちも嘘ではない。

 でも、本当に望んでいたのは……“邪神殺しのユーカ”の伝説に少しでも寄与して死ねたら、ということ。

 誰が語るものじゃなくてもいい。歌われるエピソードなんかじゃなくていい。

 ただ、立派な人のために死ねるなら、僕のつまらない生も無駄じゃないだろう、という想い。

 どん詰まりの人生を眩しい大英雄の炎にくべて、少しでも明るく散らせたなら。

 ……そんな想いは、どこかにあったのだ。


「アイン。行くぞ。……奴の努力を無駄にしちまおう」

「えっ……」

「先に潰す。レリクセンの企みは、アタシがターゲットだ。本来ヤツが絡む予定なんかねえ。アタシらでさっさと片付けるんだ。……ヤツの都合なんて知ったことか。ブチ壊すのがアタシらの本領だ」

「……ユー」

「ジジイの遠回しな自殺に付き合ってられっか。アタシらには先があるんだ。そうだろ」

 まるで、這いながら強がって未来を望むような、ユーカさんの悲痛なまでの前進姿勢。

 ……だけど、僕はそれを実現するためにここまで来た。

 ここまで強くなった。

 メガネを押す。

「そうだね。……行こう」

 アーバインさんの復讐を、勝手に終わらせる。

 僕は知っている。それでいい。

 復讐なんて、始めた時点で半ば目的を達したようなものだ。最後に何が手に入ることもない。

 死者は戻らず、誰も称えず、褒美も出やしないのだ。

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