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別離

 アーバインさんは「邪神もどき」にやられて生死の境をさまよい、なんとか動けるほどまでに回復してからクリス君を葬ったあと、独自に「邪神もどき」の正体を探っていたらしい。

「レリクセンの仕業だってことに確信を持ったのは最近だ。……最初の奴をお前たちが仕留めたというのは、ロゼッタに聞くまでわからなかった。それまでは奴の目を誤魔化すためにあらゆる手段を使ってたからな。ロゼッタも俺を探し出すのには相当苦労したみたいだ」

「あらゆる手段って言ってもダンジョンに潜る以外にあるんですか」

「昔はいろんなやり方で攻略しようと試しまくったからな。至近距離ならまだしも遠くの“天眼”誤魔化す手段はいくらでも思い付くさ。精霊や地脈を使ったり、自分の魔力の質を限りなく透明にしてやったり」

「……まあ、それで実際ロゼッタさんの探査も誤魔化してたんだから、そうなんでしょうけど」

 その知識、こっちにも……というか、逃亡生活時のロゼッタさんにも共有してあげて欲しかったな。

「隠れながらではあるが、奴の正体も探った。遅々として進まなかったが……少なくとも奴の持つ“天眼”は、ロゼッタの使ってた奴と同じイスタードの親玉(ボス)産で間違いない。イスタードを攻略するのには、俺たちでさえあんなに骨を折ったんだ。そっちに探りを入れるところから始めた」

 直接対決による撃破を志向した僕たちとはずいぶん違う角度で、彼は動いていたようだ。

「……俺たちが当たった頃には誰も挑んでなかったイスタードのダンジョンは、なかなか盛況だった。しかも、一般の冒険者じゃねえ。揃いの特殊な武具を持ったうえで訓練を積んだ私兵団だ。……その場じゃそれ以上は探れなかったが、明らかにバックに何かがいるとは思ったね」

「珍しい話でもねえだろ」

 ユーカさんはそう言う。

 ダンジョンには冒険者が挑むもの……とされるが、別に権力者の手勢や騎士団が入るのも問題があるわけではない。

 モンスターには人間相手の技術や常識が全く通用しないので、通常戦力では損耗率が高く非効率だが、その中で手に入る素材が高価で有用なことは間違いないのだ。

 たいていは既に名を上げた冒険者を雇うほうが安上がりだけれど、貴族などが自分のところで訓練を積み、装備を与えて組織した攻略部隊を作るというのは時々聞く話。

 まあ、それでもやっぱり戦いである以上ちょくちょくメンバーは死ぬし補充も難しく、結局は採算が合わずに解散というのがパターンだというけど。

 冒険者なら、死んだら自分の責任。依頼者は待っていればいいだけなのだ。

 よほど独占的に特定の素材を使いたい理由がない限りは、そんなことをする必要はない。

「……そこから辿りに辿って、行きついたわけさ。レリクセン家の存在に」

 アーバインさんは暗い目をする。

「信じられなかった……と、言いたいが。途中から何となくは予想してた。表向きは零落した魔術師の名家。ユーカの生家。……そして、ユーカが人類最強と呼ばれてなお、表立った動きを見せなかった連中」

 溜め息。

「普通ならユーカがそれほどの成果を出したなら、どうあったってその手柄を家に還元しようとするはずだ。例えユーカが魔術ド下手だとしても、その強さにはどうとでも家の力を紐づけられる……だが、それをしなかった。……予定通りだったからだ。そうだな?」

「…………」

 僕たちに向けて響く、疑惑の声。

 それはアーバインさんにとって人間族そのものに対する疑念と非難。

 それで同族を殺し、クリスを殺したのか、と。

 僕たちは反論しづらい。

 なぜなら、僕たちもそう睨んだからこそ、このファーブリスにまで来ているのだから。

「ユーが知ってたわけじゃない。僕たちも確信を持ったのは最近です。……ユーの“邪神殺し”が、本来は“殺意の禁呪”という呪いだったことも」

「は?」

「いえ、それ私知りませんよ?」

「リーダー、なんでそういう……前に会った時に聞いたってこと!?」

 あ。

 ……みんなに共有してなかったな、この話。

「おい、アイン!」

 ユーカさんにもグイグイと袖を引かれて揺すぶられるが、いったんここは押さえて、とジェスチャーで伝えると大人しくなる。

「……他にも、僕たちの多くの戦いを、レリクセンと……レリクセンの子飼いだったディックさんが手引きしたと思われる痕跡がある。だから僕たちはここに来たんです。……もしかしたら今のあなたも、レリクセンの『作品』のひとつかもしれない、と疑いながら」

「……はっ、そりゃアテが外れてご苦労さんなこって」

「アーバインさんこそ、なんでこんなところにいたんです。目と鼻の先にレリクセン本家がありながら」

「魔術師の陣地に正々堂々一人で乗り込んで戦えってか? 冗談じゃねえよ」

 鼻で笑うアーバインさん。

 ……まあ、言われてみると確かに一人では厳しいか。

 いくらアーバインさんが手練れとはいっても、相手も無防備とは思えない。

「邪神もどき」を作る力はもとより、“天眼”を漁るだけの実力を持つ私兵団すら用意できるのだ。どんな罠があるかと考えれば、せめてアーバインさんにとっては自陣と言える自然の森の中で、相手から懐に来るのを待つ方が、まだしも現実的……ということか。

「……んじゃ、そういうわけだ。ありがとよ、ファーニィちゃん」

 そして立ち上がったアーバインさんは、くるりと背を向けて森の中に歩み出す。

「おい、どこ行きやがる」

「目的は一緒なんですから組む流れじゃないんです!?」

「俺はもう人間とは組めない」

 アーバインさんは背を向けたまま。

「人間には愛想が尽きたんだ。……尽きるだろ。お前ら、クリスがどんな生い立ちか知ってるか? 甘ったれなのも、自己顕示欲旺盛なのも、悲惨な生まれの裏返しだ。あいつはそれだけ満たされない生まれで……色々欲しがって当然だったんだぜ。たった十二で死んでいい奴なんかじゃなかったんだ。大人になったらきっと、他の誰よりも世の中の役にだって立てた。それを……」

「だったらもう、そうならないように戦うのが大人の役目ってことでしょう!?」

「だとしても、俺は俺でやる。世界を、未来を、誰のために何のために……テメエら人間は何もわかっちゃいなかった。絶対やっちゃいけねえことをスルーする奴らと、同じ空気吸って生きるのはゴメンなんだよ」

「…………」

 女にだらしがなくて、飄々として、世の中を俯瞰して、達観して。

 誰よりも楽しんで、軽やかに生きていたと思っていた。

 でも、そんな彼にとっても許せないこと、憎むべきことが、それ(・・)だった。そういうことなんだろう。

「仲間じゃねえってことは、どういうことかわかってんだろうな!?」

 ユーカさんが叫ぶ。

 脅すようで、だけどどこか悲痛な懇願のようで。

 アーバインさんは立ち止まり、少しだけ間をおいて。


「……わかってるって。介錯してもよかったって言っただろ?」


 少しだけ優しい声でそう言って、また森の奥への歩みを再開する。

 僕たちは何も言えず。


「……申し訳ありません。こんな祖父をどうしていいか、どう伝えるべきかわからず……お会いできずにいました」

「ロゼッタ」


 どこからともなく現れた久しぶりのロゼッタさんが口を開くまで、誰も動けなかった。

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