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アーバインの怒り

 血がダバダバ出てまずい。

 こういう時は傷口をギュッと握るんでいいんだっけ。いや駄目だめちゃくちゃ痛い。当たり前だ。

 もっと根元の方を握るといいんだっけか。

 あ、そうか。

「ふんっ」

「メタルアーム」発動。腕を思い切り締めて固める。

 血が止まる。

 本来これを長時間続けるのは非常に体に悪い。血が通わなくなるからだ。だから数秒、長くても数十秒程度が限度。

 しかし血が通ってしまってはいけないなら維持しても問題ない。

 どうせファーニィが治療してくれるのだ。それまでに血を失い過ぎないことが大事だ。

 マード翁なら失血まで含めて丸ごと再生してくれるだろうけど、ファーニィがそこまでできるかはわからないしね。

 というわけで倒れたアーバインさん(推定)を横目に、自分の腕をキョロキョロ探していると、ようやくファーニィとジェニファー、それにアテナさんが近づいてきた。

「だ、大丈夫です? 制圧できました?」

「ん? ああ、魔力吸い尽くしたからしばらくは意識ないと思う」

「吸い尽くした!?」

「最近モンスターから吸えるようになったから、試しにやってみたら出来た」

「接触さえしてませんでしたよね……?」

「本気出せば多少離れててもいけるよ。さすがに5メートルも離れたら無理だけど」

「……そんなジャグリングくらいの気軽さで『やってみたら出来た』とか言える所業じゃないんですけどね……」

「その一芸だけで騎士団の切り札になれるぞ。それをやればどんな相手でも簡単に制圧できてしまうだろう」

「かもしれないですね」

 アテナさんの表情は見えないが、称賛しているというより「そんなバカな」というニュアンスが少し強い。

 まあ、僕もちょっと酷い攻撃だと思う。

 魔力を枯らせば当然、かつて僕が何度もやらかしたように昏睡する。

 枯らせなくても、相手から魔力を奪って使えるのなら、僕の攻撃力が実質消費を気にすることなくフルに発揮できる。

 少なくとも、魔力吸収の届く近距離戦においては、僕を止めるのはかなり困難になった、といえるだろう。

 ならば中距離戦、となっても僕にとっては得意距離。

「オーバースラッシュ」の届かない遠距離になるとさすがに攻めあぐねるが、まあ遠くなればそれだけ攻撃も届くのに時間がかかるし不確実になる。というか、際限のない遠距離戦に万全の対策なんてしようがない。

 現時点で、僕は相当に厄介な化け物といえるだろう。敵にとっては。

「それより僕の腕探してくれないかな。その辺に飛んでったと思うんだけど」

「めっちゃ冷静ですね!?」

「いや、『メタルアーム』で血は止まったし……痛みもついでに止まってるから。本当はこれ続けると腕が壊死するらしいんだけど、壊死どころじゃないし。固め続けるのも、そのつもりならしばらく保ちそうだし」

「言ってることが人間離れしてますよ……まるで人間の体借りた別の何かみたいな感じになってますよ……」

「自分でも少し思った」

 でも治ると分かってれば、そんなに悲壮になることもない。

 ……あれ、旅立った頃のユーカさんもこんな感じだったっけ?


 腕はジェニファーがすぐに見つけてくれた(草藪に引っかかっていた)ので、ファーニィに接合を頼む。

 一瞬で綺麗に切断されたので、戻すのもさほど難しくないようだ。

「これでよし、と。……どうです?」

「うん、違和感ない」

 握ったり開いたり、手首を回してみたり。

 全く元通りだと思う。

 もしかしたら握力は落ちてるかもしれないけど、まあそれは仕方ないと思おう。

 ……これを数分と掛からずに仕上げたファーニィは、間違いなく治癒師としては達人の域になっていると思う。

 マード翁にはかなわないにしろ、そもそもマード翁とファーニィ以外に、超高速治癒とか使ってるの見たことないもんな。

「さて、次は……と」

 倒れたままの怪人。

 それに対し、アテナさん、および追いついてきたクロードやユーカさんが手足に拘束の縄をかけている。

「手はちゃんと生身だな。別にアンデッドっぽくもねぇ」

「足も同じくです」

「……胸に大きな傷があるな。袈裟斬りだ。よく生きていたと驚嘆する」

 アテナさんは彼の着ていた服をめくって、その胴体も生者のものであるのを確認すると同時に、致命傷になりかねないほどの深手を負った痕跡も発見する。

「……これは、『邪神もどき』に斬られて死にかけた傷、ってことでいいのかな」

「だろーな。こんだけの傷跡のままってことは、まともに治癒師にもかかってねー。コイツのことだ、治癒術に頼らない民間療法で凌ぎ切ったんだろうぜ」

「本当に生きてるのが不思議としか言いようがないですね……」

「コイツはもともとソロ冒険者だ。つーか、今みたいな冒険者が世の中を闊歩する前から一人で戦い続けてんだ。治癒師に頼らないサバイバル術はいくらでも心得てる。昔の古傷はマードが手癖で治しちまったが、元々は全身傷だらけだったって自慢話も聞いたことがある」

 ユーカさんが呟くように言う。

 そして、ファーニィが「だから、でしょうね」と、躊躇いを感じる口調で言った。

「何が?」

「……生き残ってしまったんです。この人は、それがどうしても許せなかったんだと思います」

「?」

「この人、クリスさんに妙に優しかったの、なんでだと思います?」

 急に話題を変えるファーニィに戸惑ったが。

「……子供好き?」

「エルフは元々そういう倫理観なんですよ。子供は宝……なんて、人間だって言う人はいますけど。エルフにとってはもっと絶対的なことなんです。例え名もないエルフの子供一人のために大人が何十人も死んでも……例えそれが王族に当たるような人でも、正しいこととされます。種族的に子供が少ないというのも、もちろんあるんですけど」

 ファーニィの目が、憐れむようにボロボロのアーバインさんの顔に注がれる。

「子供というのは、この世界で楽しむべき権利があって、それを受け取っていない者です。大人はそれを既に受け取っていて、次の子供たちに受け継がせるためにこそ、この世界に在留し続けている。エルフ(わたしたち)はそれを決して忘れません。そのためにこの世の大人全員が無残に死んだとしても、子供は大人になるまで、生きて時を享受するべきなんです。そこに理由も例外も必要ない。私たちにとって『未来』はそのためにあるもので、そのために使うもの。それが私たちがこの世に見出した真理であり、価値観です」

「…………」

 ひどく、シンプルな。

 だけど否定しようのない、動植物全てが従う摂理。

「アーバインさんは、クリスさんにずっとその責務を見出していたんだと思います。だから、真っ先に彼を守るために駆け付けていった。……そして、守れなかったんです。同じ命の危機にあって、自分は生き残ってしまったのに」

「そんなのは矛盾なんかじゃない。『邪神もどき』は強すぎたし、クリス君も復讐心に逸っていた」

 僕はそう言って擁護してしまうが。

「この人にとっては、それは自分を甘やかすだけの言い訳になってしまうんですよ。それでも、守らなきゃいけなかった。自分が先に死ななきゃいけなかった。……あるいは肉親のロゼッタさんをも道連れにしてでも。そうしたら恐れてクリスさんは生き延びたかもしれない。でも、意地汚く自分が生き延びてしまった」

 ロゼッタさんアーバインさんの大切な孫娘だ。

 しかし、その年齢的には「子供」ではない。

 エルフの価値観では、そんな二択すら、迷わず「子供を守る」を取るというのか。

「……そして、そんな悲劇を押し付けた『邪神もどき』が、もしも人間の作為によって生み出されたとしたなら……」

「……まさか」

「きっと、アーバインさんのやり場のない怒りは、『人間』という総体に爆発する。あるいはこの国の人間、アレを生み出したこのあたりの人間に矛先を限定していたかもしれない。でも、少なくともアーバインさんにとって、今まで通りにヘラヘラとこの社会で過ごす道は有り得なくなった」

 ファーニィは彼の胸に触れ、刻まれた傷を治癒していく。

 そして、顔。

 まるで化け物になっていたその顔は、ファーニィの手で魔法のように……いや、まさに魔法か。

 美しく整ったエルフの美貌を取り戻していく。

「……酸、ですね。この顔の爛れ方は」

「酸……なんて、『邪神もどき』は使わなかった……」

「自分で頭からかぶって焼いたんですよ、きっと。外耳は刃物で切り落としてる。……『冒険者アーバイン』を捨てる覚悟で、文字通りの化け物になる覚悟を示したんだと思います」

 ファーニィが治療を終える。

 そして、アーバインさんは、それを待っていたように口を開いた。

「……そこまでわかっているのなら、介錯してくれてもよかったんだ」

「アーバインさん!」

「……分かってる。俺のやっていることは何百年とグズグズ燻ぶっていた不満のブチ撒けに過ぎない。こんなことは人間社会ではいくらでも起きてる……子供なんざ、人間にとっちゃ出来が悪けりゃいくらでも替えが利く部品に過ぎない。うっかり死んだってマイナス1はマイナス1。家督だの国防だの、もっと大事な大義がいくらでもそんな犠牲を覆い隠す……だけど、俺はもう耐えられない。そんな醜悪なお前らとうまくやるのは終わりだ。終わりにするつもりだったんだ」

 むくりと起き上がる。

 そして、僕たちを暗い目で眺め回して……。


「うっせハゲ」


 パーン、とユーカさんに毛のない頭をはたかれる。

 髪も眉毛も、爛れた皮膚からは生えていなかった。彼は完全にツルツル頭だ。

「パーカ。ハーゲ。ハーゲ」

「…………」

「ハゲがいっちょ前に渋がりやがって。いつも適当でいい加減でフラフラしてるくせに何『後戻りできない闇の道……』みたいな雰囲気に酔ってカッコつけてんだハゲ」

 パーンパーンといい音を立ててツルツル頭を叩きまくるユーカさん。

 最初は黙って受けていたアーバインさんだが、三十回ぐらい良い音で叩かれているうちにだんだんプルプルと震え出した。

「ハゲハゲうるせえよ! ファーニィちゃんが皮膚治したんだからそのうち生えるんだしハゲじゃねえよ! ハゲってのはマードみたいな奴のことだろ!」

「うっせハゲ。お前なんかマードよりよっぽどハゲだ」

「だいたいハゲなんてただの身体的特徴だろ!? なんだよいい加減世の中のハゲに申し訳ないと思わねえの!?」

「ハゲはハゲだろがハゲ」

 ……僕も何というかゲシュタルト崩壊してきたのでそろそろ止めよう。

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