異種族
以前、ファーニィとこんな話をした。
「アイン様も頑固ですよね~。こんな美少女に下僕させてるんだからもっとガバーッときていいんですよ? ユーちゃんが好きなのはいいとしてもそれはそれ、冒険者なら刹那に生きるもんでしょう? 鬼畜メガネとして恥ずかしくない生き方しようとは思わないんですか?」
「だいぶ回ってるなぁ」
ファーニィは酒に妙に強くてベロンベロンにはなかなかならないが、全く酔わないという事はない。
危なっかしいと言えば危なっかしいが、実年齢70歳なのだからそれなりのコントロールはしているのだろう、と思っている。
だから適当に流しているのだけど、その日は僕もそこそこ飲んでいたので、話に乗る気になってしまった。
「僕は他人と深い関係になるまでには信用を求めたい人間なんだよ。裏切りまで含めた女性関係なんて楽しめるタチじゃない」
「なんで裏切る前提なんですか! 私がいつ裏切ったっていうんですか!」
「最初」
「そこはカウントしないもんでしょーが! あそこはまだ味方じゃなかっただけでしょーが!」
「敵でもなかったはずなのに騙し討ちしたよね? 少なくとも僕はまだ、君はそういうのが楽しい奴だと思ってるよ」
「懲らしめて改心させたんだからもうノーカンでしょ普通!?」
「普通という認識の違いだね」
たまたまその時は、テーブルには僕とファーニィだけだった。
普段だったら、その辺でマード翁かユーカさんが割って入って次の話題に行くのだけど、その時はそのまま続いた。
「僕はエルフという種族をよく知らない。知ってるのは君とロゼッタさんとアーバインさんだけだ。だから君たちの『普通』がわからない。百年どころか千年万年生きる種族が僕たちと同じ『普通』を持ってると思うほど、想像力貧困でもないよ」
「さすがに一万年っていうのは聞いたことないです。っていうか何だと思ってるんですかエルフを」
「全然わからない奴らだというのが正直なところだよ。歳のおかげかみんな能力は高いし、でもロゼッタさん含めてノリは妙に軽いところあるし、それでいてやっぱり異種族に苛烈なのも窺えるし、油断できるものじゃない。わけがわからないっていうのが今の認識」
「そこに『でもルックスいいからヨシ!』ってつけるのが一般的な認識なんじゃないですかねぇ」
「君がだいぶそこに甘えて生きてるのはわかる」
正直に言えば、そりゃあ僕だって美人が嫌いなわけがない。
ユーカさんやリリエイラさんがよっぽど残念なルックスで、全然免疫がなかったら、ファーニィの誘惑にも気の迷いが起きていたかもしれない。
まあ今のユーカさんは可愛いし、ロゼッタさんもリリエイラさんも美人なので、ファーニィの見目の良さにそれほどやられることなく済んだけど。
妹? 妹は別枠です。僕にとっては世界一可愛かったけど他人と比較できるものじゃない。
「でも君を信用できないっていうのはそこも含めてのことだよ。仲間としては充分な働きをしていると思うし、その範疇においては充分に親密にさせてもらってると思う。……でも、もっと踏み込んだ関係になったとして……例えばエルフと人間族の戦いが起きたとしよう。君がそれでも僕の傍にいることを取るイメージが湧かない」
「それはまあ……ねぇ」
ファーニィは語気弱くも、あまり渋らずに認める。
「最初からそこまで求められるのはちょっと……まあ、最終的にはお互いの感情次第じゃないですか……」
「それはそうだ。……だからこそ僕はそうなる未来が全く想像できないんだよ」
「嫌な感じでクソ真面目ですねぇ」
「鬼畜メガネだからね」
「説得力あるーぅ……」
溜め息をつくファーニィ。
ややあって。
「……私含め、人間社会に友好的なエルフが態度ちょっと不真面目なのは、そういうところを諦めてるっていうのは、実際、少しあるんですけどね」
「…………」
「多分、アイン様も他の人たちも同じだと思うんですけど。人の社会において、私たちは異物として見られてるわけです。でも、そういう息苦しさをわかってくれって言ったってしょうがないじゃないですか。実際異物なんですし。子供みたいに泣きわめいて『ここにも私の居場所をくれたっていいじゃないか』なんて、なんにもならないですよ。表面上親切でも、何か具合が悪い事があれば必ず最初に異物を生贄にするのが、人です。エルフだって変わりませんけどね。……もとから違う時間感覚で生きてるんです。分かり合えないことは絶対あるんです。……だったら会う人会う人に腹を割るだけ損でしょう」
「……そう、だろうね」
「それでも、別に今うまくいってるならいいと思いませんか。何年先に来るかわからない破局なんて心配しても損だと思うんですよ。……私はこういうこと言ってますけど、別に人間のこと嫌いじゃないですよ。そういう、どん詰まりのちょっとした我慢を引き受ければいいだけです。それができる程度には、アイン様たちより生きてますから」
どこか不貞腐れたように語るファーニィ。
でも、それがある種の本音であるのはわかる。
それこそ何もかも分かってもらおうとは思っていないにしても、隠していた、見せずにいたところを少しでも垣間見せてくれた彼女は、いつもより少しだけ魅力的に見えた。
「……でも、アイン様。もしもその時が来たら、手加減はしなくていいですよ」
「……その時」
「エルフと人間が決裂する時です。……多分、アイン様の言う通り……人間とエルフ、どちらかを選べと言われたら、結局私はエルフにつくと思いますから」
ファーニィはすっかりテンションの下がった顔で、どこか遠くを見ながら。
「アイン様が思っている以上に、私たちエルフにとって人間の社会は『敵地』です。私たちは人間のことを『話せばきっと分かり合える仲間』とか『殺してはいけないもの』だとは思ってません。ほとんどの人間は『まだ攻撃してこない奴』です。……『敵』ではないにしろ、いつそうなってもおかしくないものです。そちらについて『仲間』を手にかけられるかって言われたら、まぁ、ね」
緑色の怪人に向かって、ファーニィは叫ぶ。
「この頑固ジジイッ!! そうやって自己満足でやりたい放題やり逃げするんですか!! 全然生きてんのがエルフにわかんないと思ってんですか!! 勝手に絶望して勝手に暴れ倒して、それで死んだ子になんか責任とった気になるつもりですか!?」
「ど、どういうこと……!?」
「……木々が拒絶してないんです。元からそういうのをかわす性質の樹霊の擬態ならまだしも、アンデッドに森の木々が怖気立たないわけなんかないんです。あれをこの森は、『エルフ』だと判定してる……!!」
「……じゃ、じゃあ、洗脳とかされてるってことか」
頭部はすっかりおぞましい状態になっているけれど、それでもあれは「エルフ」。
「それにしても、どうやって『アーバインさん』だというところまで断定できたんだ?」
弓を使っているわけでもない。
彼は短剣術なんていくらも見せたことはない。冒険者歴の長さを考えれば、何を使えてもおかしくないところはあるけれど。
「……声、ですよ」
「……シューシューしか言ってないけど」
「アイン様には聞こえないくらいに、少しだけ喉から声、出てます。私の耳はごまかせませんよ」
「…………」
推定アーバインさんは、ファーニィの推理に小さく肩を落とすように反応して。
それでも、両手に短剣を構えて、戦う意思を見せる。
「なんで……」
こちらの言葉が分かっていない様子ではない。
つまり、洗脳や脳への改造などを受けているわけではない。
なのに、僕はともかくユーカさんやファーニィがいるとわかっているのに、戦う姿勢を解かない。
どうしてだ。
「……エルフだからです」
ファーニィは呟く。
……その言葉で、僕は察した。
いや、理解はできないという事を理解した。
ファーニィはわかっている。
さっきからかけている言葉を聞くに、少なくとも彼がどうしてこんな行動をとっているかは「エルフの感性で」何かしらの筋があるのだろう。
だったら。
「……わかった。とにかく止めればいいんだな」
「ええ。……動けなくさえしてもらえたら、私が元の顔に戻します。マード先生の一番弟子のプライドにかけて」
「うん」
僕は両剣を腰に納めて、徒手空拳を構える。
アーバインさんは元より、僕自身もファーニィがいれば大丈夫。死にさえしなきゃ何とでもなる。
身を沈めて。
踏み込む。
ユーカさん印のステップはまだ使いこなせているとは言い難い。
おそらく間合いの取り合い、ポジションの奪い合いを完全に企図し合えば、元から高い敏捷性と魔力での肉体操作を当然に使うアーバインさんには到底かなわない。
だから僕は。
「うおおおおおお!!」
あえて、無策で両手を広げ、タックル。
捕まえる、という意図通りに。まるで馬鹿みたいに、飛びついていく。
さっきの体当たり成功に味を占めたと思わせられればしめたもの。
まるで隙だらけのそれをアーバインさんが見逃すわけもなく、僕の腕を斬り飛ばし……。
それでいい、と自分の血しぶきを見ながら、僕は口角を歪め。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
全力で。
その場の魔力を、無差別に吸引する。
アーバインさんはファーニィ以上に魔術も使う。だとすれば当然、彼の魔力は僕の魔力の数十倍。
だが、今の僕なら吸い上げられる。
アーバインさんは僕から逃げようとしていない。しなければならなかった。
僕の魔力操作は、速いのだ。
一瞬、いや半瞬のうちに、アーバインさんのものごと、半径数メートルの魔力を吸い尽くす。
「……カッ……!?」
初めてシッとかシュー以外の音が喉から漏れた。
短剣を振り上げたまま、膝から崩れ落ち、気絶する。
「……僕も結構成長したんですよ。あれから」
斬られた腕から大量の血が流れるのを手で押さえながら、僕は勝利を宣言した。




