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北の辺境へ

 ヒューベル王国北部地域は、一度「邪神もどき」を追うという話になっていた時に遠征を検討した程度で、実際はまだ行ったことがない。

「この中で北の方に行ったことある人いる?」

 ユーカさんはもちろん故郷なので当然として。

 クロードとアテナさんが手を上げる。

「ラングラフ家の所領は北部です。辺境と言うほどの遠隔地ではないですし、大きいものでもありませんが……」

「私は幾度か風霊の任務でな」

 僕はハルドアから西部地域に流れ、そのままゼメカイトに居ついたので、北の方には全く馴染みがない。

「寒いのかな。途中で防寒着買い足した方がいいのかな」

「そこまで気候は変わりませんよ」

「ファーブリスの北緯はハルドアの中心地域と大差ない。山間盆地のハルドアの方がもっと寒いくらいだと思うぞ」

「そんなもんですか」

 ハルドアは山特有の天気の変わりやすさはあるが、特別ゼメカイト周辺より寒いというほどではなかった。

 じゃあそんなに心配はいらないか。

「土地の特徴とかはある? そのアンデッドが隠れる森があるってことは森林地帯なのかな」

「未開拓の森が多くはあるな。エルフの集落もあると聞いたことがある。……エレミトと違って完全に隠れ里だという話だが」

「あー、そういうのありますねー。というか移動集落かもしれませんね」

 ファーニィが訳知り顔で言う。

「移動集落って?」

「ほら、遊牧民っているじゃないですか。テントと家畜だけ持ってぐるぐるする人たち。あれの森版です。あんまりエルフの場合家畜ってのもないんですけど、森の恵みはやっぱりひとところだと枯れますからね」

「ああ、エルフは極端な話、寝る時さえ木に周囲の警戒を任せられるから……」

「テントも必要ないって感じですね。人間と違って暖を取るのに固執することもないですし」

 家も家畜もない集落か。そりゃ、人間から見ると実体は見えないよなあ。

「アタシはガキの頃に飛び出したっきりだからあんまり詳しくねーんだよな。多分アテナの方が詳しいわ」

「……それで大丈夫? 記憶違いで、本家にいざ行ってみたら別の人の家だった……ってことにならない?」

「その可能性はなくもねえ」

 た、頼りない……。

 けど、尻込みもしてられないよなあ。

「……情報収集はしっかりやろう」

 とりあえず、それしかない。


 北への街道はよく整備されている。

 おかげで道に迷ったりモンスターに足止めされたりという事はほとんどない。

 もちろんライオンが引く「空飛ぶ絨毯」という絵ヅラはインパクトがあって、行き会う人にはだいたいびっくりされるのだが、まあ背中にリノが平気な顔で乗っているので、かろうじて「ああ、モンスターってわけじゃないのか」とすぐ納得を得られている感じ。

「気まずいから、私としては街道より何もない原っぱとか走りたいんだけどね……」

「原っぱに見えてひとんちの畑だったりするから、ちゃんと道を走ろう」

 元農民として一応言っておく。

「こういう平地ならともかく、ちょっと起伏がある山とか丘とかで道から外れると迷うしなー」

「山ならともかく丘程度で迷うだろうか」

「迷うんだわこれが。まっすぐ歩くつもりでいても地面が平らじゃないと感覚狂うんだ。仕方ないからリリーに空飛ばせて方角修正するとかよくやった」

「なるほど。まあ我々騎士団は目的地があてどない山々の果てということはまずないからな……」

「地図や方位磁針もありますしね。冒険者があまり携行しないのが不思議です」

「地図はともかく方位磁針はなー……わりとダメにしがちなんだわ。特に魔術師がいるパーティ」

「ああ。雷系の……」

「大物の鎧や剣が磁石に反応しがちでめんどくせーってとこもある。魔力強化すると特に変なことになりがちでな」

 僕は騎士としての経験がないのはもちろん、冒険者としても特に自慢できるほど経験が長いわけでないので、こういう話は新鮮だ。

「方角を知る魔術とかないのかな」

「あるはずだけど、わざわざ覚えてる奴は見たことねーなー……リリーくらいしか」

「リリエイラさんはまあ例外だよね」

 一度魔導書をザッと読めば、ほぼどんな呪文でも覚えられる頭脳。もうそれ自体がなんかの魔術みたいだ。

「……私使える」

 ぼそりとリノが言う。

「何で!?」

「いや、何でって言われても……実家の棚(サンデルコーナー)にあったから……」

「あれマジで方位磁針一個あれば無用の長物じゃん!」

「それ言ったら光の魔術だってたいまつかランプでいいじゃない! ……む、昔は魔法陣とか描くのにその魔術でピチッと方位取ったらしいのよ。だから置いてあったんだと思う。……覚えちゃったのは単に好奇心っていうか、何でもいいから魔術覚えて使ってみたかった時期だったのよ。しょうがないじゃない五歳の時なんだから」

「……五歳で魔術を覚えるってのは確かにすげーんだけどよ」

 リノも一種の天才児であるのは間違いない。

 間違いないんだけど、いまいち地味な方向に才能が発揮されちゃってるな……。


 数日後。

 辿り着いたファーブリスは都市としてはわりとささやかな規模。

 王都やゼメカイト、デルトールなどを巡ってきた僕らとしては特にそう思ってしまう。

「ここより国境の方が活気あるかもな。交通の要衝ってわけでもないし、場所としてはちと半端だ。いいところは隣の街に取られてる。……が、その微妙な感じがレリクセン家としちゃ都合がいいんだろうな。落ちぶれた家にしちゃ持ってる土地は広いし、何かやらかしても目立たない」

「やらかすことが前提になってない……?」

「こう言っちゃアレだけど、魔術師の家が何もやらかしてない事の方が珍しいぞ。魔術師ってのは、他の家より深く尖った魔術体系を独占してナンボだからな。何かしら危ないことはやらかしてる」

「……ぅぅ」

 リノが反論したそうな顔でできないでいる。

 ……聞いてるだけでもサンデルコーナー、絶対何かしらやらかしてるだろうなー、とは思う。

 リノの耳には入っていない不祥事はいっぱいありそうだ。

「とりあえず情報収集しようか。酒場……冒険者の酒場が繁盛してるかは微妙な感じだけど、それ以外も含めて。アテナさんは(それ)脱いで警戒感を持たれないようにしよう」

「ここで裸になれというのか。フフフ、アイン君もなかなか……」

「いや、ちゃんとしたとこで脱いでください。普通の服になって下さい」

「なんだつまらない。昔の騎士団では入団式の時に入団者全員その場で素っ裸になるのを強要したのだぞ。団への忠誠心を試すために」

「僕は昔の騎士団長じゃないし、アテナさんパーティ入りして何か月経つと思ってるんですか……」

「というかアテナ、前から思うんだけどお前って男にひん剥かれるシチュに憧れてねー?」

「それは誤解だが、常々覚悟はしている」

 アテナさんってしっかりしてるようで、時々変なところこじらせてるのが顔を出すよね。

 青少年の教育に悪いんでやめて下さい。僕も気まずいし、クロードが赤くなって目を逸らしてるじゃないですか。


 情報収集はそのへんの店の店主や酔っ払いを中心にやっていく。

 いきなり通行人に話しかけて有益な情報が得られるものではないし、変な探りを入れるのももってのほかだ。

 金の取引の時にはチップを出すことでその辺の糸口があるし、酔っ払いは口が軽い。話の信頼度も低いけど。

 見目のいいファーニィと護衛になるクロード、腕っ節も強いアテナさんと頭のいいリノ、そして特に警戒される部分のない僕。それぞれで聞き込みをする。

 ユーカさんはジェニファーと一緒に街はずれで休憩。まさかとは思うけど、街の人にユーカさんだと見咎められるとトラブルになりかねない。それにジェニファーを一頭で待機させておくと、それはそれで野獣と思われて騒ぎになるし。


 そして、情報収集の結果。

「例のアンデッドは有名なようだ。ここではなく少し離れた峠道によく出没するようだが」

「幾度も近隣から冒険者や兵士の一団が差し向けられては全滅しているようです。不思議なことに、目を合わせずに素通りするとそのまま通してくれるそうで……」

「……モンスターってよりなんかの怪談みてーなヤツだな」

「それなのになんでアンデッドだとみんな判断してるんだろう」

「どう見ても生きている人間の風体じゃないそうです。赤黒く変色して爛れた顔、耳は両方なく、唇も裂けて歯が剥き出しだとか。それでいて動きは俊敏で無音……いつも両手にナイフを持って、気配もなく忽然と立ち尽くしているそうです」

「…………」

 ユーカさんは爪を噛み、目つきを鋭くする。

「……確かめるっきゃねーな」


 思い出すのは、アーバインさんの情報。

 クリス君の死体は埋葬をロゼッタさんが確認した。しかしアーバインさんはどこにも見当たらない。

 もしも、その死体にレリクセンが目をつけたなら。

 つらい現実となりそうだ。

 ……その時は、僕が一瞬でケリをつけよう。

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